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第六話

 サトルたちを襲った豚鬼(オーク)を村長と自警団に引き渡して、深夜の宿の食堂で情報交換が続いていた。

 眠り薬を入れて豚鬼を手引きした裏切り者のチョスアは、別の場所ではじまっているらしい。

 村に一つしかない宿を任される主人は村内の中心人物だったようで、サトルたちに近隣の情勢を語って聞かせる。


 サトルが元いた世界のウクライナあたりにあるユークリア王国の北東部は、人間のほかに豚鬼(オーク)豚人(オーク)が住んでいるのだという。


「豚鬼どもは人間も襲えば豚人も襲う。アイツらはモンスターで(ケダモノ)なんです」


「俺たちが狙われたのはなんでだ? 村に侵入したんなら倉庫なり家畜小屋なり、もっと狙いどころはあったと思うんだが」


「あー、それはなあ」


「アイツらの狙いなんて単純だべ。狙いはオナゴだ。豚鬼は人間をさらって、その」


「おいやめとけ、お嬢ちゃんに聞かせる話じゃねえよ」


「ああ、やっぱ豚鬼(オーク)はそういう。ん? でも村にだって女性はいて、しかもモデル体型の美人さんだらけで」


「豚鬼どもは基準が違うんでしょう。お嬢ちゃんはともかく、そっちの二人はデカいから」


「プレジアは身長が、シファはいろいろな。なるほど、大きさが重要だと。襲撃してきた豚鬼はデカいしなあ」


 夕方に到着して村の中を通った時も、宿の食堂で話をした時も、村人はやけに美男美女、美中年に美魔女だらけだった。

 土地柄だけでなく、豚鬼と戦ってきた長い歴史の中で、大柄な女性や肉づきのいい女性が狙われてきたのだろう。ロクでもない淘汰である。


「豚人の方はコイツみたいに村で一緒に暮らすヤツもいれば、豚人の集落で暮らすヤツもいます。交易もしてるし、まあ良き隣人ってところですね」


「ポルスカ共和国は水棲種族と共存しているように、この国では豚人と共存しているのですね。わたくし、そうした国があることを知りませんでした」


「俺もですよ、姫様。まだ六ヶ国目なのに、世界は広いなあ」


 深夜にもかかわらず、8歳のソフィア姫はキラキラと目を輝かせて話を聞いていた。

 ティレニア王国の王宮を出たことがなかった女児は、初めて知る世界に興味津々なようだ。


「キラキラと輝く姫様の瞳はまるで宝石のようです! 人間とオークが共存している国があるなど、私は思いもしませんでした!」


「プレジアは思ってもよかったんじゃないか? お父様がオークでお母様が人間だろ? 家庭内で共存してるじゃん。豚人(オーク)が人間と共存してるなら、お母様が一目惚れしたって話もありえなくはないか」


 人間とオークの恋愛。

 サトルはようやく、プレジアの家庭事情に理解を示した。

 人間の、それも騎士の家系の女性がオークに一目惚れする。

 18歳まで違う世界で育ったサトルには、違和感が大きかったのだろう。


「……父親がオーク? オラたちと同じ?」


 サトルの言葉を聞いた豚人が、つぶらな黒目をプレジアに向ける。

 じっと観察して、豚人が目を見開いた。


「お、おめえ、まさか。な、なあ、その剣をちょっと抜いてみせてくれねえか?」


 おずおずと求める豚人に、プレジアはためらうことなく両手剣を抜いた。

 食堂が、〈オーク殺し〉が放つ青い光に染まる。

 オークが近づくと青く光る魔剣〈オーク殺し〉は、豚鬼にも豚人にも反応するようだ。


「そ、その剣、この光、ま、間違いねえ! おめえの父親は『追放されしオーク勇者』か!」


「なんだその二つ名。どこかの物語の主人公かよ。故郷を追放されたけど実は勇者で、放浪してる時に貴族の女性を助けて一目惚れされて結婚しました、ってホントに物語の主人公っぽいけども。オークって。オーク勇者ってなんだよ」


 ガタッと立ち上がって叫ぶ豚人を前に、サトルは頭を抱える。

 理解を示したばかりなのにやっぱり理解できなかったらしい。


「むっ、父を知っているのか?」


「ああ、間違いねえ! その剣、それにおめえにはあの人の面影がある!」


「いやないだろ。プレジアはどう見ても人間だろ」


「ふふ、母もよく私は父似だと言っていたからな! 力も父譲りなのだ!」


「お母様の目もふし穴でらっしゃるのか、それとも俺がおかしいのか。なんだこれ」


 わかり合う豚人とプレジアをよそに、サトルの悩みは深まっていく。

 ソフィア姫はうれしそうな二人を見てニコニコと笑顔を浮かべ、シファは黙って話を聞いている。ベスタは馬屋でお休み中だ。


「オラ、子供の頃に見たことあるだ。その剣を振るう『追放されしオーク勇者』の戦いはそれは見事でなあ」


「父がこの剣を持つと青く輝いてキレイだったのだ!」


「そりゃお父様はオークだもんね。光りっぱなしだろ」


「だが私が持っても〈オーク殺し〉は光らず、魔剣の能力を引き出せず悔しい思いをしたものだ!」


「プレジアは人間要素が強いもんね。俺が見た感じだけど。豚人に言わせれば面影があるらしいけど」


「だがこの地なら! 〈オーク殺し〉の能力を引き出せるだろう!」


「豚鬼と豚人、オークだらけだもんね」


「サトル、姫様をさらおうと企んだ豚鬼どもを殲滅するぞ! 代々受け継いできた魔剣〈オーク殺し〉の真価を見せてくれよう!」


 ふんすと鼻息も荒く立ち上がって、プレジアが両手剣を掲げた。

 青く輝く〈オーク殺し〉を、豚人は憧憬の目で見つめている。振り下ろされて〈オーク殺し〉で殺されるとは微塵も思っていない。豚人(オーク)なのに。


「おお、おお……オラたちの危機に勇者が、勇者の血族が帰ってきただ……オーク勇者の帰還だべ!」


「人間だけど。人間だよなプレジア? ん? 待て、危機ってなんだ?」


 勝手に感動してだーっと涙を流す豚人と、目を潤ませる村人に、サトルは冷静に問いかけた。

 わたくしの護衛騎士はすごいのです! とばかりに誇らしげだったソフィア姫も、豚人と宿の主人に向き直った。


「このところ、豚鬼は勢力を増してるんです。王国北東部の森から、ヤツらは徐々に縄張りを広げてきました。この湖の向こう側は、もう豚鬼の縄張りになったんでしょう」


「オラたちはそこから逃げてきて、この村に移住したんだべ。でも残るって決めた群れとはもう連絡がつかねえだ」


「村に侵入されたのは今日が初めてのことでした。これからどうなるのか……」


 ユークリア王国北東部の現状を語る豚人と宿の主人の顔は暗い。


「俺たちはその北東部を抜けて次の国に向かいたいんだけど、道は通れるのか?」


「旅人さんは豚鬼五匹に寝込みを襲われても無傷で捕らえられるほどの凄腕ですが……何度も襲われることになるでしょう。あるいは数百の豚鬼に狙われるか」


「まあ、突破できないこともないかなあ。いざとなれば湖や川を行くって手もあるし」


 事態は、サトルが思っていたよりも深刻なようだ。

 暗い顔をして言う村人を前にサトルの反応は軽い。


「旅人さんはお強いんですね……なら、ひょっとして」


 そう言って、宿の主人は横目でちらっと隣の豚人を見た。

 豚人は、イスから下りて土間に両膝をつく。


「お、おねげえだ! 出ていったオーク勇者にも、いまはもう関係ねえオーク勇者の娘さんにこんなこと頼めねえのはわかってる! でも、どうか、どうか!」


 巨体を縮めて腰を折り、豚人は地面に額をこすりつけた。


「豚人を、村人を、人間たちを助けてくだせえ! おねげえします、青き光の〈オーク殺し〉を持つ新たなオーク勇者さま!」


「私にか? たしかに私は姫様をさらおうとした豚鬼どもを殲滅してやるつもりだが」


「おおっ、では!」


「ありがとうごぜえます! ありがとうごぜえますオーク勇者さま!」


「待て待て待て、ご主人も豚人も落ち着け。プレジアもうかつなこと言うな。あと『新たなオーク勇者』を自分のことだと認識するな人間の護衛騎士」


 明らかな面倒ごとに巻き込まれかけたところに、サトルが「待った」をかける。

 レベル65で【分身術】を使えるサトル一人であれば、オークがどれだけ群れようと問題はない。

 モンスターである豚鬼の数次第では多数の分身が必要で、その後の疲れでしばらく動けなくなる可能性はあるものの、討伐自体に問題はない。


 だが。


「俺たちの目的は東の果て、日の本の国に行って帰ってくることだ。プレジアは護衛騎士なんだろ? 旅するためにどうしても必要ならともかく、姫様を余計な危険に晒していいのか?」


 サトルは一人ではないし、モンスターの討伐依頼を引き受ける冒険者でもない。

 日の本の国を目指す遣東使で、旅の仲間にはレベル28でまだ8歳のソフィア姫もいる。


「むっ、それは……」


「豚鬼さん、ご主人、話はわかったからいったん考えさせてくれ。あと深夜に起きることになってさすがに眠い」


「あ、ああ、すまん。ゆっくり休んでくれ」


「すまねえ、オラ興奮してたみたいだ。オーク勇者はこの地を離れたってのにオラたちに都合いい考えを持っちまった」


「仮眠をとってから話し合って、あとで報告にくる。またな。行くぞプレジア、姫様も」


「うふふ、仮眠を取られるのでしたら、スッキリしてからお眠りになってはいかがですか? いい夢が見られると思いますわ」


「ぜったい悪夢見るだろ。シファはもう客室じゃなくてそこの湖でのんびりしてたらどうだ?」


 シファに冷たい視線を送りながらサトルは立ち上がった。

 促されてソフィア姫とプレジアも立ち上がり、ぺこりと軽く礼をする。



 ユークリア王国の中央部を過ぎて、北東部も間近な湖のほとり。

 深夜の襲撃からはじまった夜は終わり、鎧戸から朝の光が差し込む中、サトルはふたたび眠りについた。

 物騒な話を聞いても眠れるのは、何があっても切り抜けられるという自信ゆえか。


 ティレニア王国を発ってから六ヶ国目も、すんなりとはいかないらしい。


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