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第五話

 階段から見えない場所に陣取ったプレジアが、両手剣〈オーク殺し〉を片手で振りかぶった。


「はああああああッ!」


「ええ……? 父親がオークで、オークと人間の娘なのにためらいなくオークを殺そうとするのか?」


 プレジアの裂帛の気合いと、呆れたようなサトルの声。

 重なるように、もう一つの声が響いた。


「待ってください旅人さん! そのオークはいい方のオークなんです!」


「むっ!」


「…………は?」


 プレジアが振り下ろした両手剣は、階段から上がってきたフード付きローブを切り裂く直前で止まった。

 プレジアが止まり、フード付きローブの巨漢が止まり、サトルがフリーズする。

 バタバタと足音を立て、巨漢の横をすり抜けて、一人の男が二階に顔を出す。


 村唯一の宿の管理を任された、()()の村人である。


「姫様、いかがしましょうか? オークは斬るべきでしょうか?」


「まずは話を聞きましょう。宿のご主人さんは『いい方のオーク』だと言っていましたから」


「『いい方のオーク』ってなんだよ……あとプレジアは『オーク即斬』みたいになってるし……お父様はオークなんじゃないのか……」


 ソフィア姫の言葉に従って、プレジアは剣を下ろした。

 タワーシールドはそのままで、ソフィア姫とオークの間に立ちふさがっているあたり、警戒は解いていないのだろう。


 青い光に照らし出された客室に、サトルのボヤキが虚しく響く。

 ひとまず戦闘は回避されたようだ。




「はあ、オークには豚人と豚鬼の二種が存在すると。それで俺たちをさらおうとしたのは豚鬼で、駆けつけてきたのが豚人だと」


「旅人さんには姿を見せねえよう気をつけてるんですが、この村には『いい方のオーク』も暮らしてます。モンスターのオークは豚鬼のことで、豚人はよく似た別の種なんです」


 村唯一の宿の管理人は、そう言ってちらりと隣に座るオークを見た。

 オークがぺこりと頭を下げる。


 つられてサトルも会釈して、縛られて転がる五匹の豚鬼(オーク)に目を向ける。

 見た目の違いはほとんどない。

 ただ『いい方のオーク』だという豚人(オーク)は清潔で、あとは『悪い方のオーク』だという豚鬼(オーク)には額の両端に短い角が生えている。


「ややこしい……これ見分けられる気がしないんだけど……」


 薄汚れた豚鬼(オーク)豚人(オーク)を見比べる。

 明かりを灯した食堂では見分けられるが、暗い夜や森で遭遇したら、一瞬で見分けるのは困難だろう。

 村人によれば、ユークリア王国のこの辺りには、豚人も豚鬼もどちらも存在するらしい。

 旅の困難を思って、サトルは頭を抱えた。


 並んで座るサトルとソフィア姫とプレジアとシファを前に、食堂のイスに座った豚人は「申し訳ない」とでも言うように小さくなっている。


『アイツらが迷惑かけて申し訳ねえです』


『いや実際に言うのかよ』


 謝罪する豚人に、サトルは思わず突っ込んだ。

 態度から読み取ったのと同じタイミングで謝られたことに驚いたようだ。


『わたくしは気にしていませんよ、豚人さん。豚人さんと豚鬼が違う種族なわけですし、悪いのは襲撃してきたのは豚鬼ですから』


「姫様の御心はティレニア海より広いに違いない!『そうだぞ、悪いのはアイツらであってオークではないのだ!』」


 ソフィア姫とプレジアの言葉に、豚人は分厚い胸をほっと撫で下ろした。

 どこか愛嬌のある振る舞いも、豚鬼との違いだろう。

 よく似ているが違う種族だと旅人に理解してもらえたことで、宿の主人の緊張もほぐれる。


 襲撃者をどうするかサトルが話を進めようとしたところで、口を挟む者がいた。


「あの……みなさん、突然変な言葉を話しはじめてどうしたのでしょう? その『いい方のオーク』さん? の言語なのかしら?」


 シファである。

 人化状態のままピタッと密着してサトルの腕に胸を押し当てているシファである。


「は? 変な言葉? いや豚人は普通に人間の言葉を――」


「シファさんには『翻訳の指輪』を渡していませんでしたね。わたくし、うっかりしていました。プレジア」


「かしこまりました姫様!」


 首をかしげるサトルをよそに、プレジアは腰につけた小さなマジックバッグに手を突っ込む。

 サトルがダンジョン踏破の際に手に入れた肩掛けカバン型のマジックバッグではなく、ソフィア姫が持ってきた小さなタイプの方である。

 ソフィア姫やプレジアの衣類と身のまわりの品が入っているマジックバッグで、サトルは中身を把握していなかった。


 そのマジックバッグから、プレジアが指輪を取り出した。


「シファ、この魔道具(マジックアイテム)を指につけておくように! たいていの言語を理解できるようになる翻訳の指輪だ! 旅の必需品だな!」


「まあ、ありがとうございます。サトルさん、つけていただけますか?」


 プレジアから受け取った指輪を、シファはサトルに差し出した。

 サトルは受け取らない。


「そこは自分でつけてくれ、なんか変な気持ちになるから。じゃなくて。え? 翻訳の指輪? 旅の必需品?」


「はい、そうですサトルさん。山岳連邦ではティレニア語も通じますが、そこから先は通じません。ポルスカ共和国とユークリア王国はほぼ同じ言葉のようで、シファさんに渡し忘れ――」


「待って、待ってください姫様。俺、もらってないんですけど」


 就寝中に襲撃されて起き出したため、サトルたちは旅装ではない。

 ソフィア姫こそ着替えたが、サトルはラフな格好のままで手はむき出しだ。

 サトルの十本の指には、どこにも指輪が嵌っていなかった。婚約指輪も結婚指輪もない。そもそも相手がいない。その気になれば魚人と子をなせるが。


「え? で、ですが、サトルさんはこれまでどの国でも言葉が通じて、ですからわたくし、渡していたとばっかり」


「オロオロする姫様は小動物のようで可愛らしいです! 落ち着いてください姫様、通じているのだから問題ないではありませんか。サトルは博識なのだな!」


「あー、そっか、そういえば俺は最初から言葉が通じたっけ。文字は勉強したけど」


 18歳でサトルがこの世界にやってきた時から、サトルはこの世界の言葉を理解できた。

 日本語でも英語でもイタリア語でもドイツ語でもないのに、自然と。

 サトルのチートはスキル【分身術】だけではなかったようだ。「スキル」としての判別はない。


「……まあ、『言葉が通じないかも』って心配が必要なくなったから良しってことで。ポジティブに考えよう、うん、そうだ」


 虚空を見つめてサトルがボヤく。

 考えても理解できないことは棚に上げたらしい。

 さすが、帰還も冒険者生活も諦めて、異世界転移の謎もスキルの理不尽もすべてを棚に上げて、小役人として満ち足りた生活を送っていた男である。

 苦労性なのは旅に出ても変わらないようだが。


「言葉はそれでいいとして。それで、あのモンスターで『悪い方のオーク』はどうすればいいんだ? 村に任せていいか?」


 それた話を戻して、サトルは宿の主人に質問する。

 縛られた豚鬼はフゴフゴ鳴いているが、サトルには理解できない。

 翻訳の指輪をはめたソフィア姫たちも理解できないあたり、言語ではないのだろう。


「そうだ! アイツらついにオラたちの村に手を出しやがった」


「柵がない湖から侵入して迷わずこの宿を狙うなんて、村に裏切り者がいるに違いねえ」


 本題を思い出して、宿の主人と豚人がいきり立つ。

 同じ村で暮らしているだけあって、宿の主人は豚人の言葉がわかるらしい。


「しかも旅人さんが来てるからオラたちが出てこないはずだってわかってたっぺ」


「旅人さん、コイツらは俺たちに任せてくれ。裏切り者をあぶり出してやる」


「裏切り者ねえ。おっさんが料理に変なものを入れてないことは確認してたし……怪しいのは飲み物か?」


 これまでの旅の間、就寝中のプレジアは小さな物音でも目を覚ましていた。

 見張りを分身に任せきりだったサトルはともかく、訓練を積んだ護衛騎士のプレジアが襲撃に気づかないのはおかしい。

 サトルは眠り薬を盛られたのではないかと疑念を持っている。確信している。

 怪しいのは料理ではなく、壺で提供された独特な風味の飲み物だ。

 ちなみにサトルの「変なものを入れてないことは確認してた」は、こっそり分身で調理場を見張っていたゆえの発言である。


「くっ、すまねえ旅人さん。あの微炭酸飲料(ワスク)は村人が自分で作ったものを持ち寄ったもんなんです。くそっ、どれだ、どいつが」


「オラ許せねえだ! 薄汚い豚野郎め!」


「ええ……? 豚人が豚鬼を前に『豚野郎』って、俺もう豚野郎が悪口なのか自信ないんだけど……」


 モンスターで悪い方の豚鬼(オーク)、人とともに暮らすいい方の豚人(オーク)、家畜の豚、罵倒の言葉らしい「豚野郎」。

 ユークリア王国における「豚」は複雑らしい。



 ティレニア王国を発ってからおよそ三ヶ月半、六ヶ国目のユークリア王国。

 この国もまた、人間以外の種族と共存して独自の価値観を築いているようだ。


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