第三話
黒狼とゴブリンを倒して旅を続けたサトルたちは、今日の目的地に到着した。
ユークリア王国の小さな湖のほとりにある、大きめの村だ。
湖がある方向を除いて、村は丸太を地面に突き刺した木の柵で囲われていた。
村の中にも農地があるらしく、サトルたちは畑の間の土の道を歩いていく。
ポツポツと建つ家屋は丸太を組んだ木造だ。
家畜もいるのか、どこからか独特の獣臭が漂ってくる。
「この村の家は、木をそのまま使っているんですね」
「ログハウス、まあ丸太小屋ってヤツですね。おそらくこの村は森を切り拓いて作ったんでしょう」
「うふふ、こんなに水場が近いなんて素晴らしい村なのかしら。いかがですかサトルさん、このあと水場でしっぽりと」
「しません。姫様、この村には宿があるそうです。そちらに向かいましょう」
どこか牧歌的な風景に、ソフィア姫やシファは喜んでいた。
ユークリア王国には大きな街はなく、こうした村落が点在するのみだった。「辺境」と呼ばれる由縁である。
南方には国王がいる「王都」も存在するが、ティレニア王国やダナビウス国、ポルスカ共和国の首都と比べるとさほど大きな街ではないらしい。
自給自足を基本として、基本は近隣の村との交流のみ。
時おり訪れる旅人や冒険者、行商人は情報源として歓迎される。
ユークリア王国で訪れたいくつかの村で実際にサトルたちは歓迎されたし、道中で人とすれ違うことはほとんどなかった。
「こうなると、防衛戦力はどうしてるか気になるな。モンスターは普通に出てくるし、でも冒険者ギルドもなくて門のところにいたのは自警団で」
「そうですねえ。わたしたちの気配もありませんもの」
サトルの独り言に反応したのはシファだ。
平和だったポルスカ共和国は、水棲種族と共存している。
水棲種族はポルスカ共和国内を流れる大河や水場で、あるいは人化して街や村の中に住んで、水場に近づくモンスターを退治していたのだという。
サハギンは人間にとっての防衛戦力を提供して、サハギンに求められた人間は子をなす手伝いをする。
たがいの繁栄のために手を取り合った「共存」である。決して人身御供ではない。
「村人が戦えるのではないか? 山岳連邦ではそうだったろう?」
「どうだろうなあ。ルガーノ共和国とボーデン公国の人は明らかに体つきがよかったけど、この辺はそうでもないし」
サトルは、農作業からの帰りらしい村人たちにチラッと目を向ける。
ひさしぶりの旅人として歓迎されているようで、村人たちは笑顔で手を振ってきた。
プレジアがぶんぶんと手を振り返し、馬上のソフィア姫も控えめに手をあげる。
「……さすが、元の世界で『美人が多い』って言われてたあたり。この世界でもやたら美男美女だらけなんですけど」
「サトルさん? ポルスカ共和国でもそのようなことを言っていませんでしたか? 美しい女性が多いと」
「あー、たしかに言いましたけどあれは」
「たいてい、わたしたちが人化した姿ですわ。そう、サトルさんはわたしたちを美しいと。うふ、うふふふふ、これはもっと積極的にアピールするべきかしら」
「やめてくださいたしかにキレイだと思いますけど正体はサハギンって知っちゃったんで」
両手を頬に当ててヒジでむにゅりと双丘を押しつぶして、シファはくねくねしている。
やたらエロい美女を見ないように、サトルは視線を外してため息を吐いた。
「ってことは、この国の美男美女もモンスターが人化してるだけの可能性が……? ああもう、サハギンのせいで見た目を信じられなくなってきた」
異世界の不条理にサトルは頭を抱える。
ポルスカ共和国で美女に言い寄られた事件は、サトルの心に深い傷を残しているらしい。
まあ、シファがいるため現在進行形なのだが。
重い足取りのまま、サトルは湖を目指した。
やがて見えてきたのは、やはり木造の丸太小屋だった。
村唯一の宿にして居酒屋であり、祭りの時には宴会料理を作る調理場となるらしい。
「この飲み物はなんでしょうか。香草茶のような風味と甘さ、それに少ししゅわしゅわします」
「くうっ、姫様の表現のなんと可愛らしいことか! 今日からこれは『しゅわしゅわ』だ!」
「甘い麦茶の微炭酸って感じかなあ。これ俺は苦手だわ」
「うふふ、人間はいろいろ工夫して、本当におもしろいものですわ」
村唯一の宿の一階は土間で、村人たちも利用する食堂になっている。
客室は二階にある大部屋一つだったが、ほかに宿泊客がいないためサトルたちの貸切だ。
宿に着いたサトルたちは、一度二階にある部屋にあがって旅装を解いた。
ひと休みして食堂で夕食を済ませ、いまは食後にサービスで運ばれてきた飲み物を味見したところだ。
「そいつはライ麦やら麦芽を発酵させて作ったモンですよ、旅人さん。このあたりじゃよく飲まれてるんですがね」
「ああ、やっぱり原料に麦が入ってるのか。そりゃ麦茶っぽいよなあ。……待って、発酵? アルコール分は? おっさん、これを飲んでも酔わないだろうな?」
「心配ねえですよ。お嬢ちゃんがいることはわかってましたから、ちゃんと酔わねえヤツを持ってきました」
この世界では、少なくともティレニア王国では、年齢で飲酒が禁じられることはなかった。
経験則なのか、幼いうちからお酒を飲ませることは避けられていたが、法律はない。
とはいえサトルは、8歳のソフィア姫にお酒を飲ませるつもりはないらしい。
「『酔わねえヤツ』か。んじゃアルコール分が入ってるヤツもあるんだろうなあ」
サトルはまた木のコップに口をつけて、顔をしかめた。
麦茶に近いのに甘くて微炭酸で、違和感があるのだろう。
「それにしても、おっさんまでイケメンすぎる。これで耳が尖ってたら『実はエルフの里』って言われても信じるところだな」
サトルは、飲み物を運んできた男の背中を目で追った。
宿を仕切っているのはおっさんだが、ガサツな物言いが似合わない細身の美中年だった。
「なあ、旅人さん。よかったら旅の話をしてくれねえか?」
「俺からも頼む! 村にゃ娯楽が少なくてなあ」
「なに、旅人さんにとっては普通の話だっていいんだ。俺たちは知らねえことだからな」
サトルたちが食事をしている間は気を遣っていたのだろう。
ほかのテーブルで飲み食いしていた男たちが、遠慮がちにサトルに話しかけてくる。
「あー、まあ少しなら」
サトルたちがこうして話をせがまれるのは初めてのことではない。
モンスターがはびこるこの世界では、旅は危険なものだ。
見慣れた行商人や徴税人とも違う旅人など、農村に訪れることは滅多にない。
「では私が! 姫様がなんと可憐で美しく賢く健気で勇敢なのか語ろうではないか!」
「……は? そのお嬢ちゃんは、姫様?」
「はは、やだなあ、本物の『姫様』じゃなくて愛称だ愛称。ほらおっさんたちだって自分の娘が小さい頃に『ウチの姫様は可愛いなあ』とか言ったことあるだろ?」
拳を振り上げて演説をはじめようとしたプレジアの口をサトルが手で塞ぐ。
ソフィア姫が立ち上がったプレジアの手を引いて座らせて、困った顔でぺこりと頭を下げた。
とりあえず、おっさんたちはサトルの言い訳に納得したようだ。
「そう、あれはサトルさんたちがポルスカ共和国を旅していた時のことですわ。わたしは、ひょんなことからサトルさんに戦いを挑みましたの」
「おいそっちも黙ってください。なんだこれヒドい」
うっとりと語り出したシファの口を、サトルがもう一方の手で塞ぐ。
口に触れた手のひらをねっとりと舐められて、サトルが「ひゃいっ」と変な声を出した。
食堂に並ぶ美男美女、美中年や美魔女は、サトルたちのやり取りに笑っている。
娯楽が少ない村では、つたない話術や掛け合いでも喜ばれるらしい。
「なんならプレジアとシファは上に戻ってたらどうだ? 俺はちょっとダナビウス国の大河にいた大亀の話でもして、この辺りの話を聞いて」
「わたくしはみなさんと一緒に聞きますよ、サトルさん」
「姫様が残るというのならば、護衛騎士たるこの私が残らぬはずがない!」
「設定、護衛っていう設定なんです。ほら、おっさんの子供たちもこういう感じの空想をしてたでしょ?」
「ではわたしは上で体を拭っておきますわ。サトルさん、今夜もお待ちしておりますね。湖から水を運んで」
「おいやめろ『今夜も』って昨日したみたいに聞こえるだろ。そんな日は来ないから待たなくていいです」
まだ話ははじまっていないし、サトルたちの会話をすべて理解したわけではないのに、集まった村人たちはやり取りに笑っていた。
サトルが旅の話をはじめると、食堂に人が増えてくる。
中には酔っ払って帰る者もいたし、入り口から食堂を覗いて去っていく者もいた。
時々ソフィア姫がサトルの話を補足して、『姫様と護衛騎士』を妄想だと思われたプレジアは残念な目で見られ、シファはニコニコと微笑むだけだ。
ベスタは宿の裏手の馬屋でのんびりしている。
サトルが話を終え、喝采を浴びながら二階の客室に上がったのは、夜が深まってソフィア姫がウトウトしはじめた頃である。
昼間は黒狼や小鬼と戦ったものの、村に着いてからは穏やかな、楽しい時間だった。
その夜、事件が起きる。




