第二話
「くっ、小さいけれど数が多い!」
「慌てるなプレジア。姫様はベスタに乗ってるし、こっちでフォローする」
「だがしかしサトル! 私は姫様の護衛騎士なのだぞ!」
「レベルを上げたいって前衛に出たのはプレジアだろ。ここは俺たちを……少なくとも俺を信用しろって」
「プレジア、わたくしは大丈夫です。こちらを気にせず戦ってください」
「かしこまりました姫様ぁ! むうっ、ちょろちょろと! そもそも小鬼がいなければ姫様を護衛できたのに!」
「何からだよ。小鬼がいなかったら戦闘になってないだろ」
ユークリア王国の丘陵に、喧騒が響いていた。
一人、モンスターと戦っているのはソフィア姫の護衛騎士であるプレジアだ。
レベルを上げるべく前に出たのに、モンスターの数の多さに手間取っている。
プレジアと戦っているのは、身長1メートル30センチほどで緑色の肌、額に小さなツノを持つ人型のモンスター。
小鬼である。
現れたのは、十匹を超える小鬼の群れだった。
「推定レベル10。一匹一匹は弱いけど、範囲攻撃ができないプレジアとはそりゃ相性悪いよなあ」
プレジアと小鬼の戦いを眺めながら、サトルが暢気に呟く。
いまのところプレジアは十匹のゴブリンの注意を引きつけて、後ろに逃がすことはなかった。
小鬼は黒狼よりも知能が低い、あるいは狩りが下手なのだろう。
まあ逃したところで、レベル10のモンスターなどレベル65のサトルはもちろん、ベスタやシファ、ソフィア姫でさえ楽勝なのだが。
プレジアが一人で戦っているのは「集団相手でも姫様を守りきれるようになりたい」という本人の希望だ。
いわば練習台である。
ゲギャグギャと騒がしい小鬼は、両手剣〈オーク殺し〉で斬り伏せられて一匹、タワーシールドでシールドバッシュされてまた一匹と数を減らしていく。
緑色の小鬼が横にまわる素ぶりを見せると、プレジアはためらうことなく突っ込んで切り倒す。
すぐに戻ってきて、ふたたび小鬼とソフィア姫の間に立った。
レベル差によるゴリ押しである。
戦いにくそうなプレジアが手間取ったものの、やがて十匹の小鬼はすべて倒れた。
戦闘を終えたプレジアがふうっと大きく息を吐く。
「まだまだだな、私は」
血に濡れた丘の上で、プレジアはがっくりと肩を落とした。
推定レベル10の雑魚モンスターを討伐するのに時間がかかったことを悔やんでいる。
「……なあ、騎士団じゃ一対集団の戦い方を教わらないのか? 護衛騎士なんだからそういう状況も訓練してそうだけど」
「サトルさん、一対集団になった場合、護衛騎士の使命は『対象を守りながら時間を稼ぐこと』です。そうすれば援軍が来ますから」
「攻撃は二の次だと。でも近くに援軍がいない時はどうするんですか?」
「その、わたくしが王宮から出ることはありませんでしたから……その場合は、複数の護衛がつくと思うのですけれど……」
第八側妃の娘だったソフィア姫がティレニアの王宮を初めて出たのは、遣東使として旅立つ時だった。
いかに立場の低い側妃の娘であっても、王宮内で襲われればすぐにほかの護衛も駆けつけることだろう。
ソフィア姫を守りながら時間を稼げれば護衛騎士の、プレジアの勝利である。
プレジアが「一人で守りながら集団を討伐する」訓練をしていなくても無理はない。
「あのアタシだったらブレスでなぎ払うかドラゴンに戻って尻尾でやっつけるんですけどサトル様はどうするんですか? ひょっとして群れとの戦いならアタシが最強で」
「ははっ、冗談がうまいなベスタ。俺なら? 【分身術】で、群れよりもっと大人数になってボコればいいだろ」
「ひっ。サトル様がいっぱいになってみんなで攻撃してそうだアタシは川原でそうやって痛くて死にたくなくてがんばって馬になってでも叩かれたのがちょっと気持ちよくて」
「まあゴブリン程度ならニョイスティックを伸ばすだけで倒せそうだけど」
ガタガタ震えだしたベスタをよそに、サトルは涼しい顔をしている。
ベスタはいまだに過去にとらわれているらしい。
サトルが時おり思い出させるような言動をするのは、ドラゴンであるベスタに反抗心を持たせないようにするためだろう。きっとそうだ。
「はあ、私も分身できればなあ。そうすれば姫様の剣になって、同時に姫様の盾になれるものを」
「【分身術】は固有スキルっぽいから無理だろうな。それにプレジアが複数って大変そうだ」
「分身して姫様の剣となり盾となり! 鎧となり服となり! いっそ姫様の肌ぎ――」
「妄想が漏れてるぞ護衛騎士。今回みたいに雑魚相手に手が足りないんだったら、盾を置いて両手剣とピッチフォークの二刀流? 二長柄武器流? にしたらどうだ?」
「姫様の護衛騎士である私の本分は姫様を守ることだ! この盾を置くなどとんでもない!」
「さっき姫様の身が危なくなりそうな発言してたけど」
「それにこの盾は、騎士の家系である母から受け継いだ盾なのだ! 騎士として、これで主を守るようにと!」
「父親から継いだ両手剣、母親から継いだタワーシールドか。……え、待って、プレジアの母親が騎士の家系? つまりオークと女騎士の夫婦……?」
「うむ、母様の一目惚れからはじまった純愛でな!」
「うんそれは聞いたけども。ええ……異世界どうなってんすか……」
プレジアはすっかり気を取り直し、今度はサトルががっくり肩を落とす。
18歳から12年間暮らしても、サトルは異世界の恋愛事情を理解できないらしい。
おかげでサトルは30歳にしていまだに素人童貞である。
「うふふふふふ。ほら、オークとヒトのメスが恋をするのです。ですからサトルさんがわたしといたしてもおかしくないのではありませんか?」
「いたしません。おかしいです」
肩を落としたままシファの誘いを跳ね除けて、サトルはトボトボと歩きだした。
慰めるようにベスタが鼻面をサトルに押し付けて、馬上のソフィア姫はなんと言葉をかけていいのかわからずオロオロしている。
キョロキョロと周囲を見渡したソフィア姫は、獣道の先の景色に目を止めた。
「ほ、ほらサトルさん、遠くに何か見えますよ、あれが今日の目的地の村ではないでしょうか」
露骨な話題転換である。
だが、サトルの気をそらすには充分だった。
丸まった背筋を伸ばして、サトルが獣道の先、ソフィア姫が指差す方向に目を向ける。
「ここからじゃ見えませんね。でもそろそろ見えてきてもおかしくないはずです」
馬上にいるソフィア姫はサトルより視点が高い分、遠くが見えたのだろう。
まだ見えないサトルも、気を取り直してスタスタと歩き出した。
ソフィア姫を乗せたベスタも、ブツブツ言いながらしきりに腕を動かして戦いを振り返るプレジアも、ニコニコとサトルを見つめるシファも後に続く。
ティレニア王国を出てからおよそ三ヶ月半。
湖水を渡った冷たい風がサトルのマントを揺らす。
いまだサトルに春は来ない。
レベルではないレベルを上げれば、特殊な春は来ていると言えるかもしれないが。




