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第五話


 遣東使に任命された翌日。

 侍女に案内された王宮の一室で、サトルはまた跪いていた。


「財務局王宮財務部の官吏、サトル・マゴノと申します」


 サトルの執務室やお役所があるエリアよりも奥。

 貴族がお茶会や歓談に使う、応接室の一つである。


「わたくしはソフィア・キソ・ティレニアです! 直答を許します、あ、跪かなくていいですよ?」


 サトルの目の前にいる言い終わったあと、「ちゃんとできましたよね?」とばかりに護衛騎士と侍女の様子をうかがう。


 歳は8歳で、日本でいうと小学校二年生か三年生。

 日々の手入れの賜物か、さらさらと流れる金髪。

 日光を知らないかのような白い肌に、青い目は好奇心でキラキラと輝いている。

 美少女よりは幼く、美幼女というには歳を重ねている。


 美女児とでもいうんだろうか。

 金髪碧眼でめっちゃお姫様っぽい。

 サトルはそんなことを考えていた。

 現実逃避である。


 なにしろ相手は、()()()()()と家名を名乗ったのだ。

 サトルが暮らすこの国は、()()()()()王国である。


 つまり、ソフィア・キソ・ティレニアは王族であった。

 サトル、二日連続で王族からの呼び出しである。


「さすが姫様、完璧です! サトルとやら、私はプレジア・サングリエだ!」


 王族であるソフィア姫の後ろに控えた女性が名乗る。

 室内だというのにプレートメイルを着込んでいるのは、ソフィア姫の護衛なのだろう。


 ウェーブがかった赤茶の髪に、女性にしては長身でがっしりしている。

 王族の護衛だけあって、見た目では小役人にすぎないサトルよりも強そうだ。レベルとスキルがあるこの世界では一概には言えないのだが。


「はっ。それで、その……本日は、どういったご用件でしょうか」


 ソフィア姫からは「跪かなくていい」と言われたが、サトルは姿勢を崩さない。

 昨日会った国王より下とはいえ、相手は王族なのだ。賢明な判断である。だてに10年も小役人していない。


「わたくし、事前に顔を合わせておいた方が良いと思ったのです」


「はあ」


「なんと言っても、わたくしたちはこれから長い時間を過ごすのですから!」


「はあ。……は?」


「サトルさん。()()使()として、これからよろしくお願いします!」


「……はい?」


「おおっ! さすが姫様、立派なご挨拶です! サトル、私からも頼んだぞ! 姫様の身は私が守るがな!」


「は、はあ……え? はい?」


 ソフィア姫はニコニコと微笑みを浮かべ、護衛のプレジアはふんす、と鼻息も荒く張り切っている。

 状況を飲み込めないのはサトルだけだ。

 あるいは頭が理解することを拒んでいるのかもしれない。


「遣東使? いま遣東使とおっしゃいましたか? その、姫様も遣東使に任命されたのでしょうか?」


 数秒遅れて理解したサトルが問いかける。

 失礼かもしれないだとか、不敬かもしれないということは頭から飛んでいた。

 それよりも脳裏に警鐘が鳴り響いていたのだ。


 わざわざサトルを呼び出して、自らが遣東使であることを告げたお姫様と、その護衛。

 自分も昨日、遣東使に任命されている。

 不吉な予感に、つーっと汗が落ちる。


「はい! わたくしは、日の本の国に行って帰ってくるのです! プレジアと、サトルさんと一緒に、遣東使として!」


「……一緒に?」


「おおっ、姫様、なんと凛々しい! 姫様のことはこの身に代えてもお守りいたします!」


「ダメですよプレジア。みんなで一緒に帰ってくるのです!」


「なんとお優しい……姫様……」


 なんだか涙ぐむ護衛をよそに、サトルの脳内にぐるぐるとソフィア姫の言葉がリフレインする。


 プレジアと、サトルさんと()()()


「姫様。その、俺と同じ組ということでしょうか?」


「うむ、そうだサトルとやら! 私たちの組はこの三人で『東の果ての国』を目指すのだ!」


 動揺のあまりじゃっかん崩れたサトルの質問に応えたのは、護衛騎士のプレジアだった。


 ()()()()()


「……ほ、ほかにどなたがいらっしゃるのでしょう?」


 理解を拒み、イヤな予感を押し殺し、震える声でサトルが質問を重ねる。

 背中がじっとりと汗ばんでいる。


()()()()()()()()です! お母様が来られた時と同じように、少数精鋭の組だそうです。がんばりましょうね!」


 小さな拳を握りしめて、ソフィア姫がやる気アピールする。

 プレジアは「姫様なんと可愛らしい」などと(おのの)いている。

 サトルはふっと気が遠くなった。


 王族であるソフィア姫と、護衛騎士一人と、自分。


 死亡率99.9%の遣東使で、三人だけの組。


「ウソだろ……ん? お母様が来られた時?」


「むっ、サトルは知らなかったか? ソフィア姫は、日の本の国出身のトモカ妃の愛娘なのだ!」


 どうだ! とばかりにプレジアが胸を張る。

 ここ10年で100組送られた遣東使は、1組1名だけ帰還を果たした。

 マジックバッグに詰め込んだ宝物と親書のほか、一人の女性を連れて。


 それがトモカ妃、東の果ての国の姫であった。

 国王の第八側妃である。


「ああ、聞いたことがあるお名前だと思ったら……そういえば、金髪碧眼なのにどこか日本人っぽいような」


 ソフィア姫は日本人、いや、日の本の国とのハーフらしい。

 まだサトルがこの世界に転移する前、テレビやネットで見かけたハーフの子のように、美人ながらも親しみがもてる顔立ちだ。もっともソフィア姫はまだ8歳の女児だが。


「わたくしはお母様のような強さはありませんが、回復の魔法が使えるんです。きっと旅に役立ちます!」


「おおっ、私やサトルを回復してくださるおつもりだとは! 姫様、立派な決意です!」


 考え込んだサトルをよそに盛り上がる主従。

 護衛騎士のプレジアは先ほどからソフィア姫を褒めるばかりである。持ち上げているのではなく、ひたすら姫様ラブらしい。百合か。


 ところでプレジアはすでにサトルを呼び捨てである。まあ「平民風情が」などと見下されないだけマシかもしれない。


「サトル! 私のスキルはたいしたものではないが、私は姫様の剣にして盾となるべく鍛錬に励んできたのだ! きっと旅の力となるだろう!……できることなら剣や盾ではなく姫様の鎧に、いや服に、いっそ肌着――」


「……護衛騎士様?」


「なんでもない、なんでもないぞ!」


「サトルさん! プレジアは、とっても力持ちなのですよ!」


 ぱっと腕を広げるソフィア姫。

 「とっても」を強調しているらしい。

 褒められたプレジアはデレッと鼻の下を伸ばしている。


 あ、これダメかもしれない。


 サトルが不安に思うのも当然だろう。


「サトルさん、わたくしは王宮から出たことがありません。旅に必要なものの手配をお任せしてもいいでしょうか?」


「サトルは財務局勤務なのだろう? 姫様と私とサトル、三人分の物資をお願いしたい!」


「……え? その、姫様は王族なわけで、馬車や服などは王宮から支給されるのでは」


「お母様はわずかな荷物だけでやってきました。それに習い、わたくしも特別なものは持たずに発つのです!」


「ああ、装備と服は用意しなくていいぞ! トモカ妃から小さなマジックバッグとともに預かることになっている! ただ容量が小さくてほかの物資は入らないから気をつけてほしい!」


 自慢げに告げるプレジア。

 いまだに跪いた姿勢のままだったサトルが、目線を下に落とす。

 首肯したのではなく、項垂れたのだろう。


 世間を知るわけがない王族の姫、姫様ラブがあふれ出る脳筋護衛騎士、文官のサトル。

 特別な支給品はなく、肉親からの餞別として装備と服と小型のマジックバッグ。


 悪意さえ透けて見えるような状況である。


「わかりました……急ぎ手配いたします。その、こちらで考える準備でよろしいでしょうか? 遣東使一組あたりに支給される金額では、とても姫様にご満足いただけるような準備は」


「もちろん、かまいません。お母様は泥水をすすることさえあったと言ってました。わたくしも覚悟はできています!」


「姫様、なんと立派な! サトルよ、姫様がこうした心持ちでいらっしゃるのだ、私も気にしないぞ!」


「は、はあ。ではさっそく、準備にかかります」


「うむ、任せたぞ!」


「お願いします、サトルさん」


 サトルは立ち上がり、ソフィア姫と護衛騎士、姫様付きの侍女に見送られて応接室を出た。


 王宮財務部の執務室に戻るべく、廊下の端を歩く。

 途中、サトルは毎朝使うトイレに寄った。

 この時間は利用者がいないことは把握している。


 保険のために作っていた分身を吸収して、サトルは頭を抱えた。


「はあ、無理だろこれ。姫様と護衛騎士と俺の三人だけって。捨て組だろ。姫様かお妃様が権力争いに負けて追いやられたか穏便な処分のパターンでしょこれ」


 ボヤく。

 ただでさえ死亡率99.9%の遣東使なのに、同じ組はソフィア姫と護衛騎士の二人だけだと知って。


「……戦力として護衛騎士をつけて、文官の俺は無邪気で世間擦れしてない姫様のかわりに諸々を手配する役だと。役割としちゃそれっぽく見えるけど」


 嘆く。

 たしかに最少人数で成り立ってるように思えると。


 新年祝賀パーティまで、同時にパーティ内で行われる遣東使の任命式典まであと二日。

 出発こそ各組ごとの自由だが、式典は迫っている。


 サトルに逃げる気はないらしい。

 とりあえず、いまのところ。




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