第四話
木の柵で囲われた、ポルスカ共和国の小さな村。
小さな村の小さな冒険者ギルドから依頼を受けて、サトルたちは水車小屋にいた。
大河から引いた水路には、粉挽きのための水車が設置されている。
「男の冒険者に依頼したかった、ねえ。怪しすぎるんだよなあ」
小屋の入り口にもたれかかって、サトルはぼんやりと水路を眺めている。
サトルたちを水車小屋まで案内した村長から、いくつか追加の情報を聞いたらしい。
いわく、冒険者が来てくれて助かった、水妖の相手は男にお願いしたい、と。
「だいたい、革鎧で杖の俺よりも、プレートメイルでタワーシールド背負って大剣を担いだプレジアの方が強そうに見えるはずで」
「ふふん、なにしろ私は姫様の護衛騎士だからな! 強そうだし強いし、もっと強くなりたいのだ!」
「頼りにしていますよ、プレジア」
「姫様の微笑みと期待の言葉に応えるべく、このプレジア、死力を尽くします! さあ来い水妖とやら!」
「落ち着けプレジア、俺が相手しないといけないらしいから」
入り口にもたれかかったサトルの背後、水車小屋の中にはソフィア姫とプレジアがいる。
やる気に満ち満ちて外に出ようとするプレジアを、サトルは腕を伸ばして止めた。
冒険者ギルドを通した村長の依頼は、サトル一人に向けられたものであったために。
ベスタは我関せずとばかり、土間で腹ばいになってのんびりしている。
「水妖、水妖か。『水棲モンスター』とも『水棲種族』とも言わなかったのが気になるところだなあ。水棲種族と共存してるはずなのに、水妖が出るってことも」
夕暮れを受けてきらめく水路をぼんやり眺めながらサトルがひとりごちる。
それでも依頼を受けたのは、高レベルゆえの余裕か。
サトルは、暢気に寝そべるベスタをチラッと振り返った。
「ゆるそうな冒険者ギルドに、後ろめたいところがあるっぽい依頼。こっちの無理めなお願いを聞いてもらう条件は整ってるし、まあがんばるか」
「サトルさんは優しいですね」
「そんなことありませんよ姫様。ここでうまいこと登録できれば、人化させても問題は減るわけで。俺たちの旅の自由度を上げるために」
「ふふ、そういうことにしておきましょう」
サトルの言葉を聞いて、ソフィア姫は澄まし顔で頷く。
8歳の女児に微笑ましい目で見られる30歳のおっさんよ。
ベスタは聞こえているのかいないのか、土間に生えていた雑草をもぐもぐと食んでいる。
「何事も起きなくても新規登録してくれるって言質はとったし、まあ気長に……おっ」
「サトルさん? どうしましたか?」
「サトル、水妖とやらが出たのか? 姫様、念のためお下がりください」
タワーシールドを構えて、プレジアがソフィア姫の前に出る。
入り口に近づいて、サトルの肩越しに外を覗いた。
サトルとプレジアが見ている前で、幅5メートルほどの水路の中央がごぼりと盛り上がる。
魔法でも使われているのか、水面は山のように盛り上がって白波を立てた。
ザブッと水音がして波が割れ、一匹のモンスターが躍り出た。
その姿は、二足歩行する魚のようだった。
ぬらぬらと光る鱗は全身を覆い、頭頂部から後方へ伸びるヒレは装飾のようだ。
どこを見ているかもわからない黒い目玉、尻尾の手前、下腹のあたりから日本の足が伸びて、歩くたびにビチャリと湿った音がする。
水かきのある手には、先端が三叉にわかれた槍のようなものを持っていた。
「な、なんだこのモンスターは……なんだか冒涜的な……」
「オークの父親から信仰を教わったプレジアの『冒涜的』ってなんだよ」
「だ、だがサトル、こんなモンスターは初めて見たぞ! 騎士団の座学でも教わったことはない!」
「魚人系のモンスター。サハギンってヤツかな。はあ、人魚じゃないのか」
ビチャリビチャリと湿った音を立て、岸辺からサハギンらしきモンスターが近づいてくる。
どこか宇宙的な見た目に、プレジアの腰は引けている。
プレジアは隠れるようにタワーシールドを構え、名状しがたいモンスターの姿を目にしないようソフィア姫の前を塞いだ。
サトルの反応は薄い。
モンスターがいない世界で育ったサトルにとって、モンスターがおぞましい見た目でも思うところはないようだ。
サトルにとってはアンデッドの方がよっぽど冒涜的に思えるのかもしれない。
「いちおう保険はかけておくか。分身の術ッ!」
杖を横に構えてポーズを決めるサトル。
と、サトルが増えた。
一人だったサトルが二人に。
「ここは任せたぞ、オレイチ。村の中だし、俺は顔を隠しておくから」
「了解、俺。んじゃいっちょやりますか!」
水車小屋の前にいたサトルは深くフードをかぶって、サトルはニョイスティックを構えてサハギンに近づいていく。
サトルと相対して、サハギンは歩みを止めた。
ぬらぬらした鱗が夕日に光る。
「水辺で襲われるのは3回目か。ほんと、水辺と相性がよくないのかなあ」
「ベスタさんの時、ダナビウス国の大亀、そして今回ですね。ですがサトルさん、陸上でモンスターと遭遇したことの方が多いですよ? それにダンジョンでは何日もアンデッドと戦いました」
「姫様はなんと賢いのか! そうだぞサトル、要所要所で水場で戦っているだけで、むしろ陸やダンジョンで襲われたことの方が多いのだ!」
「あー、まあ確かに」
向かい合う一人と一匹を前に、水車小屋の三人はどこかのんびりと会話していた。
どん引きだったプレジアも、敬愛するソフィア姫の発言で元気を取り戻したようだ。
モンスターと聞いて、ベスタも起き出して中から水辺を覗く。
「ちょっと! いま俺いいところなのに暢気すぎるでしょ俺!」
サトルたちに突っ込んだサトルに反応したのは、サトルでもソフィア姫でもプレジアでもなく、サハギンだった。
べちゃりと踏み込んで、三叉の槍を突き出す。
サトルは手にしたニョイスティックであっさり受け流した。
「推定レベル30! 水中で戦ったらもうちょっと上かもだけど。追加はいらなさそうだぞ、俺!」
余裕の表情でサトルに報告するサトル。
一合交えたサトルの予想では、サハギンは推定レベル25の雷角鹿よりレベルが高い。
水車小屋の入り口に寄りかかったサトルはほっと安堵の息を吐き、ベスタが緊張を解く。いつサトルに命じられてもいいように、ベスタはブレスでも準備していたのだろう。
すっかり観戦気分になった三人と一体をよそに、サトルとサハギンの戦闘は続く。
レベル65のサトルを前に、サハギンは繰り返し三叉の槍で攻撃を仕掛けるが、ことごとくサトルに防がれている。
一方でサトルは三叉の槍をかわし、弾き、合間にニョイスティックを当てて着実にサハギンにダメージを与えていく。
劣勢になったサハギンが大きく後ろに飛び退いた。
サトルは追撃を仕掛けず、観察するようにニョイスティックを構える。
サトルに向けたサハギンの左手から、テニスボールほどの水の球がいくつも放たれた。
「種族特性なのか魔法なのか……まあこの程度なら俺には通じないんだけどね!」
サトルがニョイスティックを振りまわす。
ニョイスティックはサトルがダンジョンを踏破して手に入れたマジックウエポンだ。
ただの水なのか低位の魔法だったのか、水の球はニョイスティックに当たってあっさり吹き飛ばされた。
テンションが上がったのか、サトルはくるくると無駄に自分が回転する余裕さえある。
「あれほどあっさり弾幕を打ち破るとは……やはり私も鍛えなくては! 姫様を守るために!」
「さーて、そろそろ様子見は終わりでいいかな? コズミックはお呼びじゃないんだよ! お前を倒して人魚さんに会うんだ!」
プレジアの決意をよそに、サトルはニョイスティックを振りかぶってサハギンの前に飛び込んだ。
伸縮自在のニョイスティックゆえ飛び込む必要はないのだが、雰囲気なのだろう。
「サトルさん? 分身とサトルさんは同じなのですよね? サトルさんは『人魚さん』に会いたかったのですね」
「あー、いや、はは、男の憧れというかなんというか、そこはスルーしてください姫様。ほらいまいいところですよ」
ソフィア姫の無垢な瞳に見つめられて、サトルは苦笑いを浮かべる。
だが、三人と一体が余裕の表情でいられたのは、この時までだった。
「なんと強い男性なのでしょう」
サトルの顔が固まった。
いや、ソフィア姫もプレジア、ベスタも固まった。
ニョイスティックを叩き付けようとしたサトルも止まる。
「わたし、心を奪われてしまいました」
サトルと、サトルの分身と、ソフィア姫と、プレジアと、ベスタが目を見開いて見つめる。
「ああ、これが恋なのですね。この男性が欲しいと、わたしの体が疼くのです」
まるで楽器のような美しい声が川原に響く。
「…………は?」
「シャァベッタァァァァァァ!? おいこのパターン見たことあるぞ俺!」
「えっと、ドラゴンは人語を理解すると冒険譚にありましたが、このようなモンスターが話せるとは聞いたことがなく」
「冒険譚に書いてあることがすべてだと思ってしまう姫様かわいいです! ベスタの例があるんです、モンスターが人語を理解してもおかしくありません!」
「おい待て人間とオークの娘。挙げるのがベスタってお父さんとお母さんの会話は、ってこれ何度目のツッコミだよ! ああああああ!」
「落ち着いて俺、気持ちはわかるけど落ち着いて」
美声は、おぞましい見た目のサハギンっぽいモンスターから聞こえてきた。
サトルたち一行は、やはり水辺と相性が悪いのかもしれない。
あるいは相性がいいのか。
ポルスカ共和国の小さな村の冒険者ギルド支部で受けた厄介そうな依頼は、一筋縄ではいかないようだ。




