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第三話

 ポルスカ共和国の首都を出て三日。

 サトルたちはまた、川沿いの道を歩いていた。

 首都で聞いた音楽が耳に残っているのか、ソフィア姫はメロディを口ずさみ、ベスタは蹄でリズムを取る。


「さすが姫様、天使も羨む歌声です! 足が弾んであっという間に東の果てにたどり着きそうだなサトル!」


「はいはい、そうだといいな。モンスターとの遭遇もないし、とりあえず隣国までは順調に行けそうだけど。……人魚には遭遇したいんだけどなあ」


 ご機嫌なソフィア姫につられて、護衛のプレジアもノリノリで歩を進めている。

 ただ一人サトルだけは、いつもと変わらず周囲を見渡していた。

 首都で美しい人魚の銅像を見てからやたらと川を気にしているが、きっと水棲モンスターを警戒してのことだろう。


 ダナビウス国を源流とする大河は、ポルスカ共和国を北東に流れていく。

 首都の近辺では麦畑だったが、このあたりまで離れるとただ草花が生える平原が広がっていた。

 ウサギやキツネ、時おり見かけるオオカミもモンスターではなく、ただの獣だった。


「平和な国ですね。サトルさん、なぜこの国ではなくティレニアを選んだのですか? サトルさんは平和で安全で安定した生活を求めて山岳連邦を出たと言ってましたが……」


「もちろん選択肢には入ってたんですけどね。ただ、ティレニア王国の方が魔道具が発展していました。安全で安定してても、清潔じゃない暮らしはちょっと」


「サトルはキレイ好きだからな! 魔道具(マジックアイテム)の水洗トイレは本当に助かっている!」


「それに、この国はダンジョンがないしモンスターが少ないって噂は聞いてました。そうすると、もしお金に困っても楽に稼げないわけで」


「サトルさんのレベルとスキルを考えたら、ティレニアの方が都合がよかったわけですね」


「一人でドラゴンを相手にできるほどなのだ、冒険者に戻ればサトルはいくらでも稼げるだろう!」


「あの、お金に困ってもアタシ狩られないですよね? 非常食や、いざって時に換金するために連れてきてるんじゃ」


「心配するなベスタ、あの時言った通り、白馬のつぐないをしてもらうだけだ」


「安心しましたサトル様! アタシ、馬の代わりにがんばります! あれ? でも馬ってモンスターにブレスを吐いたり戦わないような」


「ところでベスタはドラゴンなのに馬や人に変化できるだろ? じゃあドラゴンの時に鱗や爪や牙を抜いても、馬や人に変化したら問題ないんじゃないか?」


「えっ」


「いや待て、ずっと馬でいるならドラゴンの鱗や爪や牙は全部いらないような」


「へ? や、やだなあサトル様、冗談、冗談ですよね? でもその、サトル様にやってもらえるなら鱗や牙の一つ二つなら……イタ気持ちよさそう違うぞアタシ騙されちゃダメだ」


「おおっ! サトル、前方に村が見えてきたぞ!」


「よく見つけましたねプレジア。サトルさん、今日はここまでにしますか?」


「そうですね、あの村で泊めてもらいましょう。宿があればいいんですが」


「ね、ねえサトル様、さっきのは冗談ですよね? アタシは非常食でも宝物庫でもないですよね?」


 ベスタの問いに応える声はない。


 サトルたちがポルスカ共和国の首都を発ってから三日。

 一行は北東へ流れる大河に沿って進み、このペースで行けばあと一週間ほどで隣国にたどり着く。


「……一回ぐらい、人魚を見られるかなあ」


 順調な旅路で、サトルはそれだけが気がかりなようだ。

 ファンタジー種族がいない世界で育った男としては、人魚への憧れは当然のことかもしれない。




 川と平原の間に作られた村は、申し訳程度の木の柵で囲われていた。

 首都と同じく村中に水路が張り巡らされている。

 大小の水路は農業用水兼防衛のための堀なのだろう。

 ポツポツと家屋が並ぶ中を、サトルたちが進んでいく。

 村の入り口を見張っていた自警団の青年が言うには、村にはいちおう冒険者ギルドがあるらしい。

 宿はないそうで、サトルは情報収拾のために、ひとまず冒険者ギルドに向かう。


「教会はないのに冒険者ギルドの支部がある、と。何かやましいことでもあるのか」


「サトル、それは違うはずだ! 教会こそやましいことをしているぞ! 姫様を狙うなど万死に値する!」


「あー、まあ確かに。姫様もそうだけど、そもそも遣東使が狙われて殺されてるわけで。……教会がないってことは、狙い目かもな」


 ぼそりと呟きながら、サトルは歩みを進める。

 すぐに自警団の青年が言った建物が見えてきた。


「……ここ、でしょうか?」


「あの絵は冒険者ギルドの看板です。これまで旅してきた中で最小の冒険者ギルド支部ですね」


 ソフィア姫が首を傾げるのももっともだろう。

 冒険者ギルドの看板が掲げられた木造の建物は小さかった。

 小さな倉庫程度の大きさしかなく、木の壁は三方にしかない。

 開いた一方は、木製のカウンターになっていた。

 カウンターの手前は野外である。

 依頼を受けるにも依頼するにも、冒険者側は屋根から伸びるひさしの下、野外で話すことになるらしい。


「その鎧に武器、まさか冒険者さん!? ついにここにも村人以外の人が……ようこそ冒険者ギルドへ!」


 カウンターの内側、ウサギの解体の手を止めてニコニコと声をかけてきたのは、人の良さそうな青年だった。


「あー、まあ冒険者だけど、依頼を受ける気はないんだ。ちょっと聞きたいことがあって」


「なんだ、そうですか……」


 ギルド職員らしき男はガックリと肩を落とす。

 平和なポルスカ共和国の、小さな村の冒険者ギルド支部はずいぶん来客が少ないらしい。


「宿はないと聞いたんだが、泊まれる場所はないか? 空き家かどこか軒下か、なければ野営していい場所を教えてほしい」


「はあ、宿泊場所。ウチでもいいんですけど男所帯ですし、行商人なんかは広場に泊まってますね」


「なるほど。じゃあ俺たちも広場に――」


「待たれい、冒険者のみなさま。ウチの孫が失礼した」


「爺ちゃん?」


「大河から引き込んだ水路の横に水車小屋があってのう。この時期は使っておらん。みなさまがよければそちらを使ってはどうかのう? 野外よりはよかろうて」


「まさか爺ちゃん、この時期にあそこに人を泊めるなんて、しかも男の冒険者さんもいるのに」


「お主は黙っておれ。お嬢ちゃんもいるようだしのう、野営よりはその方がよかろう?」


 冒険者ギルド支部の小屋の裏手から現れた老人と、ギルド職員がなにやら言葉を交わす。

 老人は自警団の青年あたりにサトルたちの来訪を聞いたのだろう。

 顔見知りしかいない小さな村の情報伝達速度は速いものだ。


「お気遣いありがとうございます。サトルさん、お言葉に甘えてはどうでしょうか?」


「さっきの会話、どう考えても厄介ごとの臭いがするんだよなあ」


 聞こえていたギルド職員と老人の会話を思い起こして、サトルはぽりぽりと頬をかく。

 プレジアは意見を口にする気がないのか、ソフィア姫の横で控えていた。

 ベスタは口を開かない。人前では喋らないとしっかりしつけられている。


「水車小屋に泊めてもらえるならありがたいが……何があるんだ? 正直に言ってくれ」


「なあに、たいしたことではないわい。この時期、夕方あたりに水妖が出ることがあってのう」


「充分たいしたことだろ。水棲種族と共存してる国なのに水妖が出るって。やっぱり厄介ごとで」


「い、依頼! 村長である儂から、冒険者ギルドを通して依頼しよう!」


「うーん、この村で依頼を受ける気はなかったからなあ。いくら村長でも、小さな村じゃ報酬は期待できないだろうし」


「た、頼む、受けてくれんか? 村中で困っておってのう、どうか……」


「サトルさん、その、受けてあげられないでしょうか? 回復魔法しか使えないわたくしが言うのは申し訳ないのですけれど、みなさま困っているそうですし……」


「姫様の慈悲は大地の裂け目より深いに違いない! 受けるぞサトル!」


「はいはい、プレジアは黙ってような。村長さん、ギルド職員さん。ここで新規の冒険者登録はできるのか? ギルドカードの更新は?」


「あ、はい、できます。この前、成人したパヴェルにギルドカードを作ってやったことが」


「なるほど。んじゃ、報酬は一人分の新規登録と俺たちのギルドカードの更新でいい。ただし、誰にも口外しないと約束してもらおう」


「サトルさん? 誰の新規登録を……あっ」


 ソフィア姫は、サトルの意図に気づいたようだ。

 そっと手を伸ばして馬の首を撫でる。

 ドラゴンが変化した、馬のベスタの首を。


「うむ、コッソリ登録することを孫に約束させよう! もちろん儂も秘密を守るとも!」


「爺ちゃん……ありがとうございます、冒険者さんたち」


「うむうむ、ちょうどいい時期に男の冒険者が来てくれたのう! これで万事解決じゃ!」


 サトルの条件をあっさり受けて、ギルド職員は深々と頭を下げた。

 その祖父にして村長の老人は、あからさまに喜んでいる。


「あー、これ早まったかな。……まあなんとかなるか。水妖を倒したら人魚さんが喜んで出てきてくれるかもしれないし」


 ボソリと呟いたサトルの声に、二人の村人はさっと目をそらした。



 ポルスカ共和国の首都を越えて、国境まであと一週間ほど。

 サトルたちは、小さな村で少し寄り道することになるようだ。

 入国以来、モンスターとの戦闘さえなかったポルスカ共和国で、初めての冒険者活動である。


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