第二話
「どこかでパーティが開かれているのでしょうか? 音楽が聞こえてきます」
「『平原の宝石』と呼ばれるこの街は『音楽の都』でもあるらしいですよ、姫様。ストリートミュージシャンでしょう」
「すとりーと? みゅーじしゃん? とはなんだ、サトル?」
「あー、通じなかったか。大通りや広場で演奏する音楽家のことだ。パーティ用の演奏にしては楽器が少ないだろ?」
サトルたちは大通りの石畳を歩いていた。
どこからか聞こえてきた音楽に、馬上のソフィア姫はキョロキョロと音の出所を探している。
ベスタは何が楽しいのか、音に合わせて歩法を変えてカカッと蹄を鳴らしていた。喋らなかったのは人目があるからだろう。
遣東使として旅をはじめて五ヶ国目となるポルスカ共和国。
ゆるやかな丘陵地帯を越えて、サトルたちは『平原の宝石』と呼ばれる首都にたどり着いた。
石畳が敷かれた首都の大通りは、道行く人であふれていた。
街中には水路が張り巡らされて、いくつもの橋が市街地を繋いでいる。
通りに面した建物の外壁は白く塗られて、窓枠や屋根にオレンジや赤が多いのは塗料の関係か。
ダナビウス国の無骨な建物とは違って装飾が施され、一つ一つの建物が豪奢な印象だ。
「モンスターが少なくて農業がしやすい。だから余裕があって、音楽も発展したそうだ。有名な作曲家や演奏家にもこの街の出身者が多いらしい」
「サトル、いつの間にそんな情報を、っと、そうか、サトルには【分身術】があるんだったな」
「ああ、ここまで戦闘もなかったからな。余力はあったから先行させて、さっき追体験しておいた」
サトルのスキル【分身術】は戦闘にも役立つが、こうした情報収集にも効果的だ。
先行させて聞き込みをして、吸収または遠隔解除すれば、分身が集めた経験をサトルが追体験できる。
初めての街なのに落ち着いていて街に詳しいのは、「初めての街ではない」からだった。
もっとも「同じ顔の人がいる」とバレないように、小さな街や村では自重するか、深くフードをかぶり顔を隠して先行させている。不審人物に見られるため、集められる情報には限りがあった。
「音楽は、例の水棲種族の銅像がある広場から聞こえてきますね。屋台も出ているようですし、寄っていきましょう」
「はい! わたくし、音楽も屋台もたのしみです!」
「初めての街で興奮する姫様のなんと美しいことか! 姫様とともに遣東使になれたことを神に感謝しなくては! いや待て姫様が神の化身なのでは!?」
「落ち着けプレジア、派閥が違うっていってもまだ『教会』の勢力圏内なんだ。目をつけられるようなこと言うな」
大通りを歩いていくと、やがて川に面する広場に出た。
野球ができそうなほどの半円形の大きな広場で、周囲の建物も大きい。
「サトルさん、あれは教会でしょうか? ティレニアの教会とは少し形が違うようですが……」
「宗派が違いますからね。このあたりからは教会の中でも『東方教会』と呼ばれる宗派が主流のようです」
「むっ、東方だと? 東の果ての国はまだまだ東ではないか?」
「『教会の聖地であるティレニアから見て東』ってことらしいぞ。宗派が違うんだし、これで妨害がなくなるといいなあ」
広場に面した建物の中でひときわ目を引くのは、巨大な教会だった。
いくつもの尖塔が天に伸びて、外壁は色とりどりのステンドグラスで幾何学模様に彩られている。
雨風に晒された石の風合いは歴史を感じさせる。
だが、荘厳な教会の前にもかかわらず、広場に重苦しい雰囲気はなかった。
「なんだか人がいっぱいですね。今日は祝祭が行われているのでしょうか?」
「これが日常だそうですよ、姫様。ああ、音楽の出所はあそこですね」
教会と川に挟まれた広場には軽やかな横笛の音色が流れ、一角には屋台が軒を連ねている。
立ったまま談笑する者、屋台前のベンチで楽しげに食事する人たち、演奏を聴きながら川面を眺めるカップルもいる。
ポルスカ共和国の首都は平和で、余暇を楽しむ余裕さえあるようだ。
「むっ、姫様、あちらからいい匂いがします! これは調査が必要なのではないでしょうか!」
「ふふ、そうですねプレジア。店員さんにお話を聞くために商品を買わないといけませんね」
差し出された手を取って、ソフィア姫がひらりと馬を下りる。
プレジアとソフィア姫はそのまま歩き出す。
「食い意地方面限定で主従が賢くなってる。まあ俺も楽しみだけど……いや待ていまプレジアから姫様に触ったな。ナチュラルに戒めを破りやがった」
ボヤきつつ、サトルは香りに釣られてふらふら歩き出したベスタの手綱を取った。
ベスタの口元からポタリとヨダレが垂れる。
遣東使の一行は、三人と一匹とも食道楽らしい。
生でもイケるベスタはそれほど味にこだわりはないようだが。
「もちもちした皮は小麦を練って茹でたのでしょうか? ひき肉、潰したじゃがいも、キノコも入っているようですね。具材が調和して深い味わいを生み出しています」
「姫様、こちらは茹でたあと焼いたそうですよ! 食感が変わってこれもまたなかなかです!」
「まあ! 同じ料理なのに味わいも調理法も変わるのですね。不思議なもので、はふっ」
「無邪気についばんだら熱くて慌てる姫様の姿が可愛すぎて脳に焼き付けたいほどです! 姫様、落ち着いてこちらの水を」
広場に並べられたテーブルで、ソフィア姫とプレジアは舌鼓を打っていた。
賢い馬だねえなどと言われながら、ベスタもテーブルの上の料理を味わっている。
一行が食べているのは、ポルスカ共和国ではよく食べられている「ピエロギ」と呼ばれる料理だった。
生地で具材を包んで茹でた料理で、「大振りの餃子」のような見た目だ。
同じ名前の料理なのに屋台によって生地も具材も調理法さえ違うようで、テーブルの上にはいくつものピエロギが並んでいる。
ソフィア姫が熱々のピエロギを口にして慌てるというハプニングこそあったものの、二人と一頭はご機嫌な様子で食べ比べを楽しんでいた。
二人と一頭は。
サトルは頭を抱えていた。
「おおおおお、騙された。見た目に騙された。ジャンボ餃子っぽいのに食べてみたら甘いって。中身がフルーツって」
ブツブツ言いながら頭を抱えていた。
「デザートだってわかってたらこれはこれで美味しいんだけど。甘いと思ってないところにコレって、想像と違いすぎて頭が混乱してる」
最初に食べたのが、デザート用のピエロギだったらしい。
なんとなく想像していた味と違いすぎたことが受け入れられなかったようだ。
「パウンドケーキかと思って食べたらキッシュだった」時と同じ衝撃である。
「気を確かに持てサトル! ほら、探していた水棲種族の銅像も見られただろう?」
うじうじするサトルの肩を叩いて励ますプレジア。
サトルが顔を上げて、広場の中心にぼんやりと視線を送る。
川と教会に挟まれたこの広場は、ポルスカ共和国の繁栄に貢献する水棲種族を讃えるために造られたものであるそうだ。
広場の中心には、記念として銅像が建てられていた。
大理石のような質感の台座だけで1メートルほど、銅像本体は2メートルほど。
モンスターがはびこるこの世界では、誰でも出入りできる広場に石材と金属をふんだんに使った芸術品を置くことは珍しい。
だからこそ、広場は賑わっているのだろう。
共存する水棲種族の銅像、それも胸像ではなく全身像。
ぐったりしていたサトルが、あらためて銅像を見て目を輝かせる。
「共存する水棲種族。国外には詳細が聞こえてこないし、道中で聞いてもみんな口ごもってはっきり教えてくれないし、何かと思ったら……」
ウェーブのかかった長い髪、耳はヒレのように象られている。
人と同じ顔つき、それどころか、わずかな布で隠された豊かな胸もくびれた腰つきも、まるで人間のようだ。
下半身さえ見なければ。
腰から下は魚の下半身となっていた。
「人魚。なるほど、国外や旅人に内緒なのは、好事家に狙われるのを避けるためか」
めずらしく、サトルがデレっと相好を崩す。
人魚の銅像をエロい目で見てしまったようだ。さすが30歳の素人童貞である。
「街にはいないらしいけど……旅してるうちに見られるかなあ」
ピエロギに夢中のソフィア姫とプレジアとベスタをよそに、サトルはニマニマと笑っている。
サトルたちが遣東使として旅に出てから五ヶ国目、ポルスカ共和国。
共存する水棲種族は、人魚であるらしい。
なぜか、屋台の店員さんに「共存してるのは人魚なんですね」と聞いても歯切れが悪かったが。
少なくとも、銅像は人魚であった。




