第一話
大河の脇の土の道を、かっぽかっぽと馬が歩いていた。
先頭を行くサトルは、杖を手に周囲を見渡しながら進んでいる。
すぐ後ろの芦毛の馬は、手綱を引かれずともサトルについていく。
「静かに流れる大河と一面の麦畑……キレイな景色ですね」
馬に騎乗したソフィア姫は、のどかな景色に目を細めていた。
モンスターがはびこるこの世界では、見張りもおらず柵もない麦畑は珍しい光景だった。
少なくともソフィア姫が生まれ育ったティレニア王国には存在しない。
「はあ……風に吹かれてたなびく姫様の金髪、慈愛に満ちた微笑み、平和な光景……ここが天国か……」
「周囲の警戒はどうした護衛騎士。あと『八つの戒め』の三つ目は『姫様に見蕩れない』だっただろ」
「だ、だがサトル! ヒトが天使に見蕩れるのは仕方のないことだろう!」
「姫様ラブが過ぎる。わかったわかった、その調子で姫様を見守っててくれ」
馬の横を歩いていたプレジアは、前を見ることなくただひたすら、麦畑に見蕩れるソフィア姫に見蕩れていた。
護衛対象から目を離さない護衛騎士の鑑である。
遣東使として東の果て、日の本の国を目指す一行は、ダナビウス国を出て五ヶ国目に入っていた。
大亀を倒して以降、小舟での旅路は順調で、国境付近まですんなり進むことができた。
サトルたちはそこで舟を降りて、陸路で五ヶ国目のポルスカ共和国に入っていた。
「川もいいけど陸もいいですねサトル様! でももうちょっとモンスターがいてくれた方がアタシは最強だって実感できるし肉も食べられるんだけどなあ」
ソフィア姫を乗せた芦毛の馬が唐突に口を開く。
が、サトルもソフィア姫もプレジアも驚くことはない。
芦毛の馬の正体は、馬に変化したドラゴンのベスタだ。
大河を下る際はドラゴンの姿に戻っていたが、上陸して以降はまた馬としてソフィア姫を乗せ、荷物を運んでいた。
「白馬の償いをする」という約束通りに。
「たしかにこの国に入ってからモンスターが少ないな。大規模な麦畑は『見通しが悪くなる』ってティレニアでは柵で区分けたり、見張り台を建ててたのにそれもない」
「民に安全をもたらせる、平和な国なのですね。わたくし、いろいろ学んで参考にします」
「賢い姫様がさらに上を目指すとは向上心の化身なのかもしれない! そんな姫様をお守りできるよう私も強くならなくては!」
「水棲種族と共存しているから、モンスターの侵攻を川で妨害できるそうですよ、姫様。すべての川が天然の防衛線になると」
「止められなくとも、遅滞させて知らせを送れるわけですね。ティレニアにも水棲種族を呼べれば……」
「考え込む姫様もまた可愛らしい! どうなんだサトル、この国の水棲種族をティレニアに呼べないのか! むっ、待て、そもそもこの国に入って三日、まだその『水棲種族』とやらを見かけてないぞ!」
「そうなんだよなあ。国境で聞いても村で聞いても、『旅人には教えられない』ってみんな口をつぐんでるし。国を守る機密って考えたら当然かもしれないけど」
サトルたちは暢気に言葉を交わす。
ポルスカ共和国に入ってから、一行はモンスターに襲われることもなく、旅を続けていた。
まるで、サトルが元いた世界のように平和な旅路だ。
「サトル、水棲種族の姿もないのだし、これなら舟で進んでもよかったのではないか? 放棄するのは早計だったのでは?」
「姿が見えないだけで、川を進んだら襲われてもおかしくないだろ。こっちにはドラゴンもいるんだぞ」
プレジアの言葉に、チラッと馬に目をやるサトル。
ビクッと反応するベスタを無視して、サトルは話を続けた。
「小舟はマジックバッグに入らないし、それなら教会の追っ手を混乱させるのにちょうどいいしな。もったいないけど貰い物だし、まあいいだろ」
「ですが、この国にも『教会』はあると聞いています」
「まだ勢力圏内ですけど、このあたりの『教会』は微妙に宗派が違うそうですよ。それで追っ手がいなくなればいいんですけど。もしくは容量のデカいマジックバッグあたりを持っててくれれば返り討ちにして」
サトル、盗賊の発想である。
元は平和な世界にいたのに、この世界で十二年暮らしたサトルはすっかりこの世界の常識に染まったらしい。
ソフィア姫も騎士のプレジアもサトルの発言を咎めなかった。物騒な世界である。
「ほんと、デカいマジックバッグがあればなあ。馬車をしまえる容量のヤツが手に入ったら、ベスタに馬車を引かせられるのに。元はドラゴンなんだ、それぐらい余裕だろ?」
「もちろんですサトル様! アタシは白馬のつぐないをするって決めたから馬みたいに引くし最強のアタシなら馬より速く歩けるしムチで叩いてもらえたら走れます!」
「よしよし、わかってきたなベスタ」
ぶるるっと鼻息荒く同意するベスタに、サトルはにこやかに笑いかけて首元を撫でた。
調教はすっかり進んでいる。
ソフィア姫とプレジアがドラゴンのベスタに勝てない以上、上下関係を教え込むのは必要なことなのだ。
調教がサトルの趣味なわけではない。たぶん。
「サトルさん、街が見えてきましたよ!」
「おおっ! あれが『平原の宝石』と呼ばれる街か!……普通だな?」
「プレジア、よく見ろ。なんで石造りの街並みや尖塔がここから見えるんだ? ティレニアでも山岳連邦でもダナビウス国でもそんなことはなかっただろ?」
「どういうことだサトル?」
「わたくし、わかりました! 外壁がないのですね?」
「そうです姫様。川を引き込んでぐるりと外周を囲んで、街中には水路が張り巡らされているそうですよ。もし水棲種族の協力がなかったとしても、モンスターも人間も街を攻めるのは難しいでしょう」
「そうですかサトル様? アタシだったら川も水路も関係なくて、はっ! これはつまりアタシは最強、いえなんでもないですサトル様そんな目で見ないでくださいゾクゾクします」
緩やかな丘を登ると、遠く街が見えた。
その美しさから『平原の宝石』とも呼ばれる、ポルスカ共和国の首都である。
「けっきょく、共存するっていう水棲種族は見かけなかったなあ」
「ふふ、サトルさん、首都の広場にあるという銅像を楽しみにしましょう」
「くうっ、ワクワクしてらっしゃる姫様の笑顔はなんと輝かしいのか! あの街が『平原の宝石』ならば、姫様はさながら『神々の宝石』と言えるだろう!」
「おい待てプレジア。信仰はオークのお父様から教わったって言ってなかったか? その『神々』は大丈夫な神々なんだろうな? 邪神じゃないよな?」
サトルのツッコミに応える声はない。
サトルたちが遣東使として旅に出てから、間もなく三ヶ月となる。
五ヶ国目となるポルスカ共和国の旅路は、モンスターの襲撃や教会の刺客に妨害されることもなく順調だ。
三人と一頭? 一体? は、のんびりと道を進む。
向かうのは『平原の宝石』とも呼ばれる、ポルスカ共和国の首都。
そこでサトルは、共存する水棲種族の姿をようやく知ることになるのだった。




