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第八話

 ダナビウス国の大河を、一艘の舟がゆったりと流れていく。

 帆もない小さな舟は、船尾に立つ男が川に突き立てる棒によって操船されているようだ。


 サトルである。


「川下りは思ったよりラクだな。このペースで国境近くまで行けそうだ」


「サトルさん、大丈夫でしょうか? 船は危険だと、わたくしたちは海路を避けたはずで」


「物憂げな姫様のなんと美しいことか! そうだ、大丈夫なのかサトル!」


 サトルの前にはソフィア姫とプレジアが座っている。

 大亀(ヒュージタートル)を倒した一行は、小舟で大河を下っていた。

 芦毛の馬に変化したベスタの姿はない。


「姫様の心配ももっともですが……この国ではあの大亀(ヒュージタートル)が例外だったという話ですし、岸から離れなければ大丈夫でしょう」


 そう言って、サトルはすっと川面に杖を突き立てた。

 抵抗を受けて舟の進路がわずかに変わる。


「いざとなれば姫様とプレジアは俺が岸まで運びますから。それに……」


 船尾から、チラリと前方に目を向ける。

 大河の水面に変化はない。

 二つ目の街から川を下ること二日、大河の川幅はさらに広く、水量も多くなっている。

 水深も深いのか、川底は見えない。


 と、水面にうっすらと影が浮いてきた。


 サトルもソフィア姫もプレジアも焦った様子はない。

 一度はティレニア王国の国境付近で、一度は三日前にこのダナビウス国で、川から現れたモンスターに襲われたのに。


 影は次第に大きくなり、このまま水面から飛び出すかと思われたところで止まった。

 様子を窺うように、そっと頭の一部だけを水面に出す。


 濃い藍色の鱗、爬虫類のような顔立ち、額から伸びる角、縦長の瞳孔がチラリとサトルの姿を捉える。


「よし、そうだベスタ、よく途中で気がついた。あのまま勢いよく飛び出たらどうしてやろうかと思ったぞ」


「うへへへ、サトル様に褒められた。ひさしぶりにドラゴンに戻ったアタシは最強なうえに賢いんです。ほら旅を通じていろいろ学んでこれもサトル様のおかげで」


 ドラゴンである。

 というか、ベスタである。


 小舟で川を下るにあたって、サトルはベスタに護衛を任せたようだ。

 サトルにはあっさり負けたが、当時レベル64のサトルがスキル【分身術】を使って集団で倒したほどのモンスターである。

 大亀(ヒュージタートル)を倒したいま、強大な水棲モンスターがほぼ存在しないダナビウス国では、ドラゴンのベスタがいれば水路でも安全だと判断したのだろう。


「ベスタさん、ありがとうございます。次の街までよろしくお願いします」


「味方になるとこれほど頼もしいとは! 知性あるモンスターとならば、人間は分かり合えるかもしれないな!」


「おい待てプレジア。お前オークと人間の娘だろ。ご両親が分かり合った結晶だろ」


「サトル様、まだ川を進みますか? アタシそろそろ魚は飽きて、この前の街でサトル様にいただいた肉料理が美味しかったし馬になって陸へ」


「分かり合えてないみたいだぞプレジア。ベスタ、このまま国境付近まで行くつもりだから諦めろ」


「それに陸路だとアタシは馬になるわけで気軽に叩かれ、叩いてもらえ、違うぞアタシ、そうじゃない」


 ブツブツ言いながらベスタが川の中へ沈んでいく。

 ベスタの「魚は飽きた」発言で思い出したのか、プレジアはピッチフォークを手に取った。


「姫様、また私が美味しい魚を捕まえます! サトル、今日もフリットを食べるぞ!」


「ふふ、楽しみにしておきますね、プレジア」


「水龍が肉を求めて、オークの娘が魚に夢中って逆じゃないのか」


 サトルのツッコミは届かない。

 プレジアは船べりから大河を見下ろして、ダンジョン踏破で手に入れたマジックアイテム・ピッチフォークを川に突き立て、バシャっと振り上げる。

 飛び散った水滴がキラキラと輝き、すくい上げられた魚が小舟に飛び込んだ。


「わあ、すごいですプレジア!」


「お褒めいただきありがとうございます姫様! ようやくコツを掴みました!」


「……まあ有用だし好きにさせておこう。マジックアイテムを釣りに使うなんて、ほかの冒険者に知られたら怒られそうだけど」


「でもその、サトルさんもマジックアイテムを操船に使っているような」


 遠慮がちに言うソフィア姫の言葉を無視して、サトルは手にした杖で川底をついた。

 大河の中流だけあって川は深いが、サトルには問題ない。

 ダンジョン踏破で手に入れたマジックウエポン・ニョイスティックは伸縮自在なのだ。


「……有用だから気にしないことにしましょう。旅は過酷ですから」


 貴重なマジックアイテム、マジックウエポンであっても、サトルは気にせず活用することにしたようだ。

 遣東使の死亡率は99.9%、過酷な長旅に臨むサトルたちには、使える物を温存する余裕はないのだ。


「サトル様、さっき国境付近まで行くって、そのあとはまた川下りですか? いやそのぜんぜん飽きてきたわけじゃなくて姫様を乗せたりサトル様に叩かれたりしたいわけでもないんですけどアタシは白馬のつぐないをしないと」


「よしよしベスタ、いい心がけだ。国境付近で舟を売って、そのあとはまた陸路を行こうと思ってる」


「どうしてですかサトルさん? 順調に進めていますから、このままでもいいのでは?」


「そうだぞサトル! こうして川魚を釣りながら進めるのだし!」


「川の中にいればベスタは見つかりにくいだろうけど、次の国は水棲種族と共存してるらしいからなあ。ドラゴンが見つかったらさすがにマズイだろ」


「あっ」


「そう、ですね。人語を解して人間に味方するドラゴンは、冒険譚の中でしか聞いたことがありません」


 ダナビウス国の国境付近までこのまま大河を下り、陸路で次の国に入ってそのまま陸路を進む。

 サトルの方針とその理由に、ソフィア姫もプレジアも納得したようだ。

 川を進むドラゴンを見られたら、戦いになるだろうと。


「『大河と平原の国』ポルスカ共和国。遣東使として旅をはじめてやっと五ヶ国目かあ。次はダナビウス国と違って、俺と相性いいといいなあ」


「二ヶ月と少しでずいぶん来ましたね。この調子なら、日の本の国にもきっとたどり着けます!」


「きゅっと拳を握った姫様可愛いです! たとえ危険なことがあっても、この私が姫様の身をお守りいたします! もっともっと鍛えねばな!」


 まだ大亀(ヒュージタートル)にミンチにされた記憶が残っているのかサトルはやや気だるげに、ソフィア姫とプレジアは決意を新たに前方を見つめる。



 死亡率99.9%、ティレニア王国王宮で『絶対に就きたくない役職10年連続No.1』の遣東使たちの旅は続く。

 大河を下って、次は五ヶ国目。

 水棲種族と共存しているらしい、『大河と平原の国』ポルスカ共和国である。



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