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第七話

 ダナビウス国の大河のほとり、石橋で有名な街は湧き立っていた。

 どこもかしこもお祭りのように賑やかで、時おり屋台や飲食店の中から「乾杯」の声が聞こえてくる。

 とある宿屋兼食堂も、街の喧騒を持ち込んだかのように騒がしかった。


「名を明かさぬ冒険者たちに!」

「冒険者たちに!」

「乾杯!」


 店内の客は一斉に立ち上がり、陶製のジョッキを掲げて唱和する。

 何度も行われた乾杯は、常に一つのテーブルに向けて行われた。


「かんぱい!」


「何度も付き合って乾杯する姫様の可愛さに乾杯ッ!」


「趣旨変わってるぞプレジア。はあ、これいつになったら終わるんだろう。ベスタがうらやましくなってきた」


 サトルとソフィア姫と、プレジアがいるテーブルに向かってジョッキが掲げられる。

 ちなみにベスタは馬屋でのんびりエサを食べている。

 山岳連邦で古馴染みに歓迎された時とは違って、宴会に巻き込まれたサトルはぐったりした様子だ。


「ほんとありがとねアンタたち。ほら、これは持ち込みを調理した『川魚のフリット』だよ!」


「おおっ、ありがとう! さあ姫様食べましょう! 私が仕留めてきた魚たちを!」


「ふふ、ご機嫌ですねプレジア。……サトルさんは、大丈夫ですか? やはり休んだ方が」


「あー、気にしないでください、姫様。短期決戦だったんで疲労はたいしたことないし魔力も使ってないし、ただ追体験がキツかったって精神的なものですから」


 サトルたちは、街の名物「だった」石橋を破壊した水棲モンスターを討伐した。

 いま、戦場となった川原では、冒険者ギルドから派遣された冒険者による解体作業が行われている。

 解体作業の監督も、解体を待つ間にプレジアがはじめた魚突き漁もそこそこに、サトルたちは一足早く街に戻ってきたのだ。

 戻らされた、とも言う。

 主役がいなくては宴は始まらない。


「アンタたち、ほんとによかったのかい? 領主さまのお城に行けばご馳走が食べられたのに! それに『名前は明かさない』って、冒険者は名を売るのも仕事じゃないのかい?」


「ご心配ありがとうございます。ですが、わたくしたちは旅を続けますから、名声は必要ないのです」


「くうっ、姫様のお澄まし顔は額に入れて飾りたいほどだ! いずれどこかの街で持ち運べる小品(しょうひん)を依頼して」


「なるほどねえ。そんじゃ小さな旅人さんに、アタシたちからお礼だよ! お代はいらないからたーんと食べておくれ!」


「女将、これは?」


 宿屋兼食堂の従業員のおばちゃんは、テーブルに突っ伏すサトルの前に、ドンっと大皿を置いた。

 川魚のフリットを口に放り込んでいたプレジアは手を止めて、フリットを両手で持ってはむっとかじりついたソフィア姫は目を輝かせて新たな大皿料理を見つめる。

 サトルはチラッと目を向けて、口に手を当てた。


「ウチの街じゃ川魚が名物料理だけどね、コイツはこの国の名物料理さね! 『腸詰め肉(ソーセージ)の盛り合わせ』だよ!」


 おばちゃんが宣言すると、食堂内はおおっとざわめいた。

 続けて、いくつかのテーブルから腸詰め肉(ソーセージ)をオーダーする声が聞こえてくる。

 盛り合わせは高価らしく、ほかのテーブルでは安めの腸詰め肉(ソーセージ)が売れているようだ。


「色とりどりでとてもきれいですね。つやつやしています」


「姫様の髪の方がツヤツヤしていますよ! どれ、では私が毒味を……むっ、これは! パリッとした歯ごたえ、中から溢れ出る肉汁、香草が風味を加えて! 美味しいぞ女将!」



「プレジアまで姫様みたいにグルメ評論家みたいなことを……肉汁、腸にミンチを詰めて……」


「ははっ、騎士様は気に入ってくれたようだねえ。一つ一つ味が違うからね、気に入ったのがあれば追加で言っておくれ」


「こちらの赤みが強いものも同じ腸詰め肉(ソーセージ)なのでしょうか?」


「ああ、それは血も入れたヤツさね。ちょっとクセが強いから、お嬢ちゃんの口に合うかどうか」


「血……ブラッドソーセージ……血とミンチ……うっぷ」


「うん? どうしたサトル?」


「サトルさん、どうされましたか? やはり休んだ方が、いえ、いま回復魔法を」


 宿屋兼食堂のおばちゃんが好意で振る舞ってくれた腸詰め肉(ソーセージ)の盛り合わせを見て、サトルが口を押さえる。

 先ほどまで疲れた様子を見せていただけなのに、いまは顔が青白い。


「なんでも、なんでもないんです姫様。ただちょっと、いまはソーセージがキツイだけで」


 テーブルの上の大皿から目をそらして、サトルは俯いた。

 宿屋兼食堂のおばちゃんは怪訝な顔をしながらも、厨房から呼ばれてテーブルを離れる。

 サトルは手探りで陶製のジョッキを探し当てると、ゴクゴクとエールを喉に飲み込んだ。


「ぷはっ。エールを胃に流し込んでちょっとはラクになったか……胃に、流し込んで、うっぷ」


「そうか、先ほどの戦いだな! サトルは大亀(ヒュージタートル)に飲み込まれて体内で暴れて、血肉を撒き散らして血液とともに吐き出された分身の記憶を追体験したから!」


「おい止めろプレジア、詳細を語るな、思い出してヤバイ」


 ついにサトルがえづき出す。

 ソフィア姫は俯くサトルの背中をさする。

 プレジアは「しまった」という顔をしてサトルに謝るものの、もう手遅れだ。プレジアがそんな顔をしたのはサトルに思い出させたことを申し訳なく思ったからで、「そうすれば姫様に触ってもらえたのか」と気づいたからではない。たぶん。


「はいよ、次は『ひき肉の固め焼き(ハンバーグ)』だ、これも名物でね、旅に出る前にウチで食べてってもらわないと!」


「おおっ、これもまた美味しそうな!」


ひき肉の固め焼き(ハンバーグ)、またミンチ……」


 続けておばちゃんが持ってきた料理を、サトルは見ようともしなかった。

 ソーセージもハンバーグも嫌いなわけではない。

 ただ単に、今日は食べる気になれないだけだ。

 なにしろ先ほど、自分がひき肉になったので。


「くそ、せめて胃の中で明かりの魔道具を使ってなければ……俺、この国と相性悪いのかもしれない……すまん、先に部屋に戻る」


 心配そうなソフィア姫とハンバーグを口に入れてもごもごするプレジアに言い置いて、サトルは席を立った。

 限界だったらしい。


「アンタたち、旅に出るのは少し待ったらどうだい? モンスターがいなくなったから、しばらくしたら川下りの船も出るはずだよ!」


 おばちゃんがソフィア姫に教えた情報を背中で聞きつつ、サトルはふらふらと部屋に戻るのだった。



 ティレニアを出てからおよそ二ヶ月。

 四ヶ国目の『森と大河の国』ダナビウス国は、旅に出て初めて「サトルの苦手な国」となったようだ。

 教会からの妨害もなく、そこそこ順調な旅路とは裏腹に。



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