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第四話


 貴族である上司が跪いて顔を伏せる。

 続けてサトルも跪く。


 小役人で国王と顔を合わせる機会もないサトルだが、王宮で働く以上、基本的な宮中儀礼は教え込まれていた。


(おもて)を上げよ」


 許可が出て、サトルが顔を上げる。


 装飾が施されたテーブルの向こう。

 正面に座っているのは、ティレニア王国の国王その人だ。

 すぐ後ろには護衛として、プレートメイルを身につけた近衛騎士団団長が控えている。

 ちなみにサトルの背後、扉の脇にも二人の近衛騎士がいた。


 国王の右手にはサトルの上司の上司である財務大臣。

 左手には魔法省長官が立っている。


 小役人なサトルにとって、国王はおろか財務大臣も魔法省長官も近衛騎士団団長も、それどころか後ろに控える近衛さえ雲の上の存在である。

 サトルは平民で、ほかはみな大貴族なのだから。あと王族。


「お主がサトルか。直答を許す」


 許されたのは、謁見の間ではなくここが国王の執務室だからだろう。

 謁見ではなく、仕事なのだ。


 遠目で顔を見たことはあったが、サトルが国王から声をかけられるのは初めてのことである。

 サトルは、これから何がはじまるのか戦々恐々としていた。

 ダンジョン踏破者であり、逃げるだけなら余裕なはずなのに。小物である。


「サトルとやらは()()()()()に興味があるそうだな?」


 質問したのは国王だ。

 何と答えるか、いくつもの目がサトルをうかがう。


「はい。緑茶も米も口に合いましたので」


 この国の最高権力者を前に、サトルの声は震えていた。


「財務局での仕事ぶりも優れていると聞き及んでおる」


「ええ陛下。彼の上司から聞く限り、なかなかの事務能力です。平民なのが惜しいですな」


「ありがたいお言葉です」


 国王の言葉に同意を示したのは、サトルの上司の上司の上司である財務大臣だった。

 サトルの上司も財務大臣もサトルの仕事を評価しているらしい。

 必要に迫られてスキル【分身術】を使い、数人分の仕事をこなせることを考えたら当然か。能力として求められるのは読み書き四則演算レベルなのだ。


 と、魔法省長官がボソボソと国王の耳元でささやいた。

 サトルからは聞こえない。

 魔法省長官もほかの人に聞かせる気はないようで、財務大臣や近衛騎士団団長にさえ説明はない。また、居並ぶ重鎮が説明を求める様子もない。


「ほう? それはまことか?」


「うむ、この(ジジイ)の眼に曇りはないゆえな」


(じじ)を信用しよう。それにしても、こうも適役とは」


 サトルや上司、ほかの面々にはわからないやり取りだ。

 だが国王は、魔法省長官の言葉を聞いてなんだか満足げに頷いた。


「さて、サトルよ。お主を呼んだのは理由がある」


「はっ」


 当然である。

 平民の、たかが下級官吏が国王の執務室を訪れることはない。

 これから何が告げられるのかと緊張しながら、サトルは居住まいを正した。


「新年の祝賀パーティにて、今年も()()使()が発表される」


 サトルの脳内で警鐘が鳴り響く。

 どうか違いますように、予算やら支払いやら財務局が大変になるからがんばれとか、そんな感じでありますように、と祈るサトル。

 だが。


「ティレニア王国財務局王宮財務部の官吏、サトル・マゴノ。其方(そなた)を遣東使に任命する」


 国王から告げられたのは、サトルの予想通りの非情な言葉だった。


 サトルが顔を伏せる。

 儀礼に(のっと)ったためではなく、ショックで。


「謹んで拝命いたします」


 それでも断ることはできない。

 サトルのレベルが高く強かろうと、断ればティレニア王国で暮らしていけないだろう。

 サトルを遣東使に任じたのは、この国の最高権力者である国王なのだ。


「うむ。詳細は追って知らせよう。下がってよい」


 サトルの耳には、国王の言葉はどこか遠くから聞こえたような気がした。

 いつまでも動かないサトルは、上司の手で立たされる。

 そのまま、ふわふわとした足取りでサトルは国王の執務室を出た。

 きっとサトルは、財務部までどうやって帰ったか覚えていないだろう。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「はあああっ!? 先輩が遣東使!?」


「ああ、さっき言われた」


「遣東使って! 死亡率99.9パーセント、この10年で100組1000人以上が任命されて一人しか帰ってこなかったあの遣東使ですよね!?」


「ああ、そうだ」


 ティレニア王国財務局王宮財務部の執務室。

 サトルを送った上司は逃げるようにさっさと立ち去り、ここにはサトルと後輩しかいない。


 サトルはぐでっと机に上体を投げ出していた。

 後輩の質問にも力なく答えるだけである。


「う、うわあ、マジなんですね……先輩が遣東使……()()なのに」


「ほんとにな。なんでこうなったんだろう」


 遣東使はここ10年、毎年派遣されている。

 出費を管理する部署として、サトルも後輩も過去の記録を見たことがある。

 先日、上司の説明に初耳なフリをしていたのは、やはり上司を乗せるための演技だったようだ。


 東の果て、日の本の国に100組1000人以上派遣されて、帰還者は一人だけ。

 それも騎士や兵士、魔法兵などの武官、雇い上げた冒険者を派遣しての結果だ。

 文官が任命された記録はない。


「俺、逃げちゃおっかなあ」


「えっ。ダメですよ先輩、国王から直接任命されたのに逃げたら、たぶん一族郎党皆殺しですよ? メンツを潰されたーって」


「いやほら、俺は独り身だから。こっちには親も兄妹もいないし」


「ああ、先輩は童貞でしたね。じゃあ迷惑をかける一族はいないと」


「どどど童貞ちゃうわ……相手はプロだけど」


 棒読みであった。

 サトルはお約束につい乗っただけなのだろう。

 あと後半の言葉は小声すぎて後輩に聞こえなかった。ささやかな見栄である。


「それでどうするんですか? 本当に逃げるんですか?」


「いやあ、無理だろ。独り身だからって逃げてうまく逃げ切れたって、二度とこの国に帰ってこられなくなる」


「え? 遣東使を引き受けても、二度とこの国に帰ってこられませんよね?」


「おい、俺が死ぬ前提だろそれ。帰ってくる。日の本の国まで行って帰ってくる」


 失礼な後輩にサトルが言い張る。

 だが、死亡率99.9%である。後輩の言い分も仕方のないことだろう。


「帰ってきたら英雄ですね! カタナをはじめとした武具防具を持ち帰って、トモカ妃を連れて帰った帰還者は、平民出身なのにいまや第三騎士団団長ですから!」


「カタナ、かあ」


「ちょうどいいじゃないですか先輩! 緑茶も米も、日の本の国の途中で手に入るんでしょう? 食べ放題飲み放題ですよ!」


「緑茶、米、まあなあ。それに日の本の国には、醤油や味噌もあるかもしれないし。それに」


 むくりと体を起こすサトル。

 死亡率99.9%の遣東使なのに、日の本の国に行って帰ってくるつもりらしい。

 確かにサトルは高レベルで、便利なスキルもある。

 それに。


「地形はほとんど変わらないんだよなあ。ここ()()()()()()だし。俺が転移してきた山岳連邦はスイスあたりだし。過去の遣東使より有利っちゃ有利か」


 この異世界は、サトルが元いた世界と地形がほとんど同じだった。

 もちろん、ただの高校生だったサトルが細かな地形まで覚えているはずもない。


 それでもサトルは日の本の国の場所を知っている。

 地理で教わるレベルのメジャーな情報はおぼろげに覚えている。

 以前の遣東使よりも、今回任命されるほかの遣東使よりも往還できる可能性が高いのは確かだろう。


「それで、先輩の組はほかにどなたがいるんですか? 騎士様? 魔法兵? それとも魔法省から誰か」


「いや、まだ聞かされてない」


「そっかあ。でもがんばってくださいね先輩。あ、そうだ!」


「どうした後輩?」


「引き継ぎ資料を作っていただきたいのと、机を整理しておいてください! 欠員を補充して、僕に後輩ができるはずなんで」


「…………俺の席は? 戻ってきた時の俺の席は?」


「そ、その時はほら、きっと出世しますから!」


「俺を戻ってこないものとして扱ってるんじゃないよな後輩?」


「は、はは、イヤだなあ、僕がそんなことを思うわけないじゃないですか! がんばってくださいね先輩」


 ごまかすように笑う後輩。

 サトルは頭を抱えている。


「はあ、遣東使。死亡率99.9%、『絶対に就きたくない役職ランキング10年連続No.1』で殿堂入りした遣東使。……俺が。遣東使。いやいやいやいや」


 グチったところで決定は覆らない。


 清潔と安全と安定を求めて小役人となったサトルは、絶対王政の国の小役人として断れない役職を任命されたようだ。


 冒険者より死亡率が高い遣東使。

 就職先選びは裏目、完全なる失敗である。

 この世界に転職サイトはない。


「前向きに。前向きに考えるんだ。米とお茶のほかにも日本っぽいものがあるかもしれないし。それにまあ……なんとかなるだろ」


 サトルは意外に「どうにかなる」と思っているらしい。

 さすが高レベルでチートくさいスキル持ちである。




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