第五話
「『細長かった』って目撃情報もあったけど……そうか、伸ばした首だけを見たのか」
「な、なんという大きさでしょう。たくさん食べればわたくしもあれぐらい大きく」
「驚いて少しズレた発言する姫様かわいいです!……これほど大きな姫様……見たい……」
「サトル様、コイツと戦うにはアタシ元に戻った方がいいと思うんですけどいいですか? コイツよりちっちゃいけどアタシだって大きくなれば、そうだ、元の姿ならサトル様の次に最強なんだ、さいきん馬だったからで!」
サトルの犠牲を出しながらも、サトルたちは噂の水棲モンスターをおびき出すことに成功した。
川原に現れたのは、幅10mを超える甲羅を持った巨大な亀だった。
三階建てのアパートサイズの大亀である。
ゴツゴツと頑丈そうな甲羅を支える四肢は丸太のように太い。
強靭で鋭い顎だと示すかのように、口の端にはサトルの右腕がぷらんとぶら下がっていた。
先ほど水中に赤い花を咲かせたサトルの一部だろう。
「デカくて硬そう。これは相性悪いっぽいな俺」
「怯むな俺氏! オレジューの仇を取るんだ!」
「おーい、人間の言葉わかるか?」
「返事なし! オレジューも殺されたし殺してよし!」
「水棲モンスターっていうから仲間入りを期待してたのに! 俺の気持ちを弄んだ責任を取ってもらうぞ!」
「ベスタといい、水場に嫌われてんのかなあ俺」
「ひっ。許してくださいアタシは人間を襲おうとしたわけじゃなくて馬が美味しそうでサトル様たちを襲ったわけじゃなくて」
大亀の甲羅の上部は、岩のような形状と色合いだった。
これまで人間に見つからなかったのは、川底や浅瀬で岩場に擬態していたのだろう。
のそっと足を踏み出すが、陸上ではその動きは遅い。
「よし、囲め俺たち! 川に逃さないよう後ろを念入りに!」
サトルの指示を受けて、サトルたちが動き出した。
ザッと散開して小山のような大亀を取り囲む。
同時に、次々とサトルが増えていく。
ソフィア姫の護衛を含めて十二人では足りないと思ったのだろう。
わらわらと大量のサトルたちが動き出し、大亀は黒い瞳を丸くしてギョッと驚いたような雰囲気だ。
爬虫類の表情などサトルにはわからないが、なんとなく。
包囲が終わると、サトルがいっせいに動き出した。
「かってええええええ! 甲羅はダメそうだ俺たち!」
「足だ、足を狙え!」
「了解、俺サン! 右後ろ足は任せろ!」
「いつも通り囲んで押さえてボコろうにもこのデカさじゃなあ」
「グダグダ言ってないで動けオレジューク!」
「ふっ。囮役も必要だろう?」
「調子にのってすぐ殺られるなよ俺十三!」
フードをかぶって顔を隠したサトルが後ろ足にニョイスティックを叩きつけ、サトルが大亀の顔の前でうろちょろして注意を引き、サトルは甲羅に取り付いて弱い箇所がないかガンガン叩いて探る。
レベル65の身体能力を活かした攻撃も、大亀に効いている様子はない。
ゆっくりと足を動かして前に進んだのは、あるいは鬱陶しいと思っての行動かもしれないが、それだけだ。
「チッ、物理攻撃に強い大型モンスターか。俺にはほんと相性悪いんだよなあ……ベスタ」
ボヤいたサトルが、包囲の外側でぼーっと戦況を見つめていたベスタに呼びかける。
それだけで察したのか、ベスタは馬の姿のまま蹄を爪に変えた。
「ご指名ありがとうございますサトル様!」
「ノリがおかしくなってるぞベスタ。馬の姿のままでブレスを頼む」
「くふっ、くふふ。サトル様に頼られた、サトル様の攻撃が通じない相手にブレスをぶつけてくれって、これはつまりサトル様に認められたということで! よーし、やるぞ、アタシッ!」
「テンションもおかしくなってるぞベスタ。……日々のコミュニケーションを見直すかなあ。ちょっと追い込みすぎたかも」
変化させた爪を川原に食い込ませて、ベスタが息を吸い込む。
大亀を包囲していたサトルは、慌てて射線を開けた。
「喰らえ! サトル様も認めた! 最強のアタシのブレス!」
張り切ったベスタが、馬の姿のまま口からブレスを吐いた。
変化しているが本性はドラゴンのベスタによる最強の攻撃、ドラゴンブレスである。
動きが遅く巨大な大亀は格好の的だ。
ブレスは狙い違わず、大亀に当たった。
大亀の、甲羅に。
水龍系らしいベスタの、水のブレスは甲羅に弾かれた。
「あっ。やば」
「ぐわあっ!」
「オレシチー! 油断するな、こっちに飛んでくるぞ!」
「退避、退避だ俺! 亀がちょっと動けば角度が変わ、ぐふっ」
「俺トゥエンティワン! くそ、亀に水のブレスってベスタも相性悪かったか!」
ブレスが弾かれた先で、サトルが弾き飛ばされていく。
高レベルのサトルはブレスを直撃しても即死することはなかったが、その場に留まることはできなかった。
激しい水の勢いに弾き飛ばされて、サトルがぼちゃぼちゃと川に落ちていく。
焦ったベスタがサトルに当たらないように狙いを変えるが、また甲羅に弾かれて違うサトルが吹き飛ぶ。
川原は阿鼻叫喚だ。
途中でブレスを止められないのか、ベスタは涙目である。
やがてブレスが止まると、ベスタはしょんぼりと首を垂らして、恐る恐るサトルに目を向ける。
「あー、まあしょうがない。プレジアと姫様に当てないようにしただけ上出来だ。俺が頼んだことだしな」
「サ、サトル様! 最強どころか役立たずのアタシに優しく、違う違うぞアタシ、これでクラっとするほどアタシは安い女じゃないそうだむしろちょっとなら叱られ、叱ってもらい」
「姫様の護衛はサトルが務めている。サトルの攻撃は効果が薄く、ベスタのブレスは効かない。ではついに私の出番だな! 姫様、どうか見ていてください! 私の活躍を!」
「応援しています、プレジア。もしケガしたらわたくしが治しますから」
「むおおおおおおっ!」
「あっおい、プレジア」
制止も虚しく、プレジアはサトルの包囲が乱れた隙間に走り込む。
両手剣〈オーク殺し〉を振りかぶって、プレジアが跳んだ。
振り下ろされたプレジアの両手剣は、大亀の甲羅に傷をつけた。
指一本分ほどの小さな小さな傷を。
「三日前に『八つの戒め』を破って強化が途切れたばっかりだろ。狙うならせめて首や足にしろ」
「くっ! 父様から受け継いだ魔剣〈オーク殺し〉の一撃を防ぐとは! このっ、このっ!」
「プ、プレジア、ふぁいとです!」
何度も両手剣を振り下ろすプレジアを、ソフィア姫が小さな拳を振って応援する。
が、狙いを足に変えてもたいした傷はつけられない。
ベスタとプレジアが攻撃するのを、サトルは黙って見ていたわけではない。
いまも大亀の正面で、一人のサトルはニョイスティックで目に突きを放ち、もう一人のサトルは大顎の噛みつきを回避する。
ベスタやプレジア、ソフィア姫が狙われないように、サトルは人間を丸呑みできそうな大亀の口の目前をうろちょろしていた。
丸呑みできそうな、というかサトルの一人はほぼ丸呑みされたのだが。
いわゆるヘイトコントロールはできているものの、有効打がない。
「物理が硬いなら魔法でってのが定石だけど、俺は【風魔法】しか使えないし、姫様は【回復魔法】だけ。ベスタのブレスは水系統で弾かれる」
ボヤきながら、サトルは顎に手を当てて考え込む。
サトルの指示を待ちながら、サトルは変わらず注意を引きつけ、サトルが執拗に足を叩き、プレジアはサトルに下がらされ、ベスタはいまだ立ち直れていない。
「攻撃が効かない硬いモンスターで、やたらデカい。やっぱあの手で行くしかないか」
サトルはようやく覚悟を決めた。
サトルにはサトルの戦い方があるらしい。
ボス蟻やボス鎧やアンデッド枢機卿を倒した時のように、囲んでボコるだけでなく。
通天河じゃないけど亀、大きすぎ!




