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第四話

「サトルさん、けっきょくベスタさんの冒険者登録をしていないような」


 ソフィア姫はチラッと後方に目を向ける。

 話題にされていることも知らず、ベスタは暢気に草を食んでいた。もちろん馬の姿のままで。


 川魚のフリットを味わった翌日。

 サトルたち一行は、街から離れて川原にいた。

 街とその近辺は石積みの川堤となっており、二時間ほど歩いてようやく川岸に下りられる場所にたどり着いたのだ。

 大河にかかる石橋が名物だったダナビウス国有数の街は、きっちり護岸されていたようだ。


「緩そうな街の冒険者ギルドで登録しようと思ってるんです。この街はちょっとどうでしょうか」


 川原から斜め上に目を向けるサトル。

 街を見下ろす高台に、白亜の城が建っていた。


「平民が暮らす街を見下ろす白亜の城。緩そうな感じはしない、というかちょっと厳しそうなんですよね」


 ぼそりと呟いて、サトルは大河に向き直った。

 ベスタが人化した際の身分証問題はひとまず棚に置く。


「さて、謎の水棲モンスターをおびき寄せてみますか。姫様、護衛をつけるので下がっていてください」


「サトルさん、わたくしも協力を」


「ほら、俺たちには川原ってあんまりいいイメージないじゃないですか。ティレニア王国ではどこぞのモンスターに襲われて、白馬が犠牲になりましたし」


「ひっ。すみませんサトル様姫様も、アタシちゃんと馬をやりますアタシが食べた白馬の償いに」


 ベスタが草を食べていたのは、過去を思い出さないための現実逃避だったようだ。

 サトルと目が合うと、ベスタはぷるぷる震えながら後ずさった。

 川原でサトルとサトルの分身に囲まれてボコられたことを思い出したのだろう。


「大丈夫だ、ベスタ。いまは何もしないから。本当はドラゴンに戻って川を探索してほしいところだけど……まだ街からそんなに離れてないからなあ」


 石橋を壊し、渡河の障害となる水棲モンスターを討伐する。

 そう決めたものの、サトルはまだなりふり構わず倒しにいく気はないらしい。

 わざわざローブを着てフードを深くかぶり、顔を隠しているのはそのためだろう。


「じゃあやるか。分身の術ッ!」


 杖を横に構えてポーズを決めるサトル。

 と、サトルが増えた。

 一人だったサトルが三人に。


「川から離れた場所で姫様の護衛と周囲の警戒を頼む、オレイチ、オレニー」

「了解、俺」

「あー、街から近いからフードつきなのか。見られないよう気をつけるよ俺」


 一人のサトルを残して、二人のサトルがソフィア姫に近づく。

 ソフィア姫は不審がることもなく、フードをかぶった二人のサトルに護衛を任せる。


 サトルが増えたのは、スキル【分身術】の効果だ。

 スキル【分身術】は分身した時と同じ武器防具を持つため、サトルは分身前からフード付きローブを身につけていた。

 街からほど近いこの川原で、大量の同一人物(サトル)が目撃されないように。


 もしなりふり構わず水棲モンスターを倒しにいくとしたら、ベスタをドラゴンに戻して、サトルも大量の分身を生み出したことだろう。

 いまのところ、そこまで本気を出すつもりはないらしい。舐めプか。


「どうやっておびき出すか。川を渡ろうとする人を狙ってくるなら囮を……でも下手したら溺死か。キツイんだよなあ」


 ソフィア姫の安全を確保したサトルが、思案げに川面を見つめる。

 大河は静かに流れていた。

 怪しい影も、それどころか波もない。

 と、バシャバシャと水しぶきが舞った。


「せやっ! はっ!」


 マジックアイテムのピッチフォークを水面に突き入れるプレジアである。ソフィア姫の護衛はいいのか。きっとサトルを信頼しているのだろう。


「おいそのピッチフォークはいちおうマジックアイテムで、売ればそれなりの高値なんだけど」


「待っていてください姫様、いま私が美味しい魚を捕まえて、そうすれば『よくやりました、プレジア』とたおやかなお手で私の頭を撫で」


「妄想漏れてるぞプレジア。姫様は『川魚のフリット』そんなに気に入ってなかっただろ」


 名物料理を気に入ったプレジアは、ピッチフォークを銛がわりに魚突き漁をしているらしい。


「……ああ、でもいいかもな、それ」


 はたと思い当たって、サトルは自らの手元を見た。

 杖を構えて静かに分身する。

 今度はわらわらと、一人が十人に。


「よーし、任せろ俺! 行くぞオレック!」

「渡河が狙われるなら、渡河してる振りをすればいいじゃない!」

「まあ人が水に入らなくてもいいだろうし。ほら溺死は苦しいしね」

「伸びろニョイスティック!」


 川に近づくサトルをサトルが見守る。

 サトルは隣のサトルと息を合わせて、手にしたニョイスティックを伸ばした。

 伸ばしたニョイスティックを振り下ろして、バシャバシャと水面を叩く。


 静かな水面ものどかな川原も、にわかに騒がしくなった。


「川を渡る人が狙われる。川の水は見通せない程度には濁ってるんだから、音か魔力で判断してるはず。ならマジックウエポンで水面を叩けば……」


「さっきプレジアに『マジックアイテムで売ればそれなりの高値なんだけど』って俺が言ってたのに!」

「匂いで察知してるかもしれないけどね、俺!」

「言うなオレッパチ。とりあえずなんでも試すことが大事なんだ」

「……足を水につけるぐらいイケる。大丈夫大丈夫、これだけ俺がいれば俺は気づく、気づくはずだ」

「がんばれ俺氏!」


 口々に言いながら、サトルたちが水辺に喧騒をもたらした。

 フードを深くかぶって顔を隠した男たちが、集団で水面を叩く。

 異様な光景である。


 ピッチフォークで魚突き漁をするプレジアの声はもはや聞こえない。

 ソフィア姫の護衛を含めて十二人のサトルを前にベスタの声も聞こえない。

 やや離れた場所にいるソフィア姫は「何かあればわたくしが【回復魔法】を」と言わんばかりに、きゅっと拳を握っている。


 異様な光景はしばらく続いた。

 目撃者がいなくて何よりである。


「プレジア、サトルさん! 川に影があります! ベスタさんの時よりも小さいですけれど」


「おお、また最初に見つけるとはさすが姫様! サトル、魚影はどんどん大きくなっているぞ!」


 川の中に何かを見つけたのか、ソフィア姫の警告がサトルの耳に聞こえてくる。

 続けて、プレジアの声も。


「よし、俺、あの影の周囲を狙え。釣り上げるんだ!」


「俺はずいぶん無茶なこと言うなあ」

「エサ……エサ……俺を犠牲に」

「まあ待てオレゴ、それは最後の手段にしよう。ほらニョイスティックを突きだせって」

「あ、あれ? 影がやけに大きくなってない? ベスタの時より大きいような」


 川に現れた黒い影の周辺の水面を、サトルたちがニョイスティックでバシャバシャと叩く。

 中には、影の持ち主がいるだろう水中に向けてニョイスティックを伸ばすサトルもいた。

 徐々に浮上しているのか、川面の影はどんどん大きくなっていく。

 1メートル、2メートル、丸い影が大きく、やがてかつてのベスタが姿を現したよりも大きく、さらに大きく。


 川から離れたソフィア姫は目を丸くして、ベスタは後脚で地面をかいて歯を剥き出し、プレジアは漁をやめてタワーシールドを構える。

 川辺のサトルはあいかわらずバシャバシャやっている。


「かかったッ!」

「よくやったオレジュー!」

「待って、あのデカさでどうする俺? みんなで引く?」

「ははっ、忘れたかオレッパチ! ニョイスティックは伸ばすだけじゃないってことを!」


 マジックウエポン『ニョイスティック』を川に突き込んでいたサトルの手が止まった。

 溺れる人間とでも思われたのか、正体不明の大きな影に食いつかれたらしい。


「そういうことだ! 縮めニョイスティック!」


 ()()()()のニョイスティックを両手で掴んでサトルが叫ぶ。


 ニョイスティックを縮めて、川の中で先端に噛み付いた大きな影の持ち主を引き込もうと思ったのだろう。

 まわりのサトルとベスタとサトルとプレジアとサトルとソフィア姫と護衛のサトルが、影の動きをじっと見つめる。


 影は動かない。


「わっ、ヤバっ」


 バシャッと音がした。


「…………え?」

「あっ。ほらニョイスティックを縮めたから」

「オレジューーー!!」

「いやわかるだろ。石橋を壊したぐらいだし明らかに謎の水棲モンスター力持ちだろ」


「サ、サトル、大変だ! サトルが水の中に引き込まれて! どうしようサトル、サトルが食われてしまう!」


「サトル様が水の中にアタシ行くべきだろうかでもまだサトル様の指示がないし勝手なことして怒られたらそれにサトル様は分身できるしでもやっぱり」


 サトルは水辺からあっさり川に落ちて、水中に引き込まれる。


 影の近くの水が赤く染まった。


「落ち着けプレジア、ベスタも。俺が一人死んだだけで俺は無事だ。ほら俺たち、俺の犠牲を無駄にするな。有効っぽいし続けるぞ」


「俺の俺扱いが酷すぎる件」

「まあまあオレシチ。なんでもない顔してるけど、どうせ俺は死を追体験するんだし」

「オレジューの仇! ほらこっちに食いつけモンスター!」

「今度は油断しないでみんなで引っ張るぞ俺たち!」

「レベル65の俺に力負けしないのか。けっこう強いモンスターなのかも」


 目の前でサトルが死んだのに冷たいサトルの指示に、サトルたちはぶーぶー言いながら作戦を続ける。

 狂気じみた光景だが、もはやプレジアもソフィア姫もベスタも、慣れたらしい。


「サトルさん、プレジア、その……影が、大きすぎではないでしょうか?」


 ソフィア姫は、サトルの死ではなく川面に浮かんだ影の大きさに注意が向くほどに。


 川を赤く染めた影は、水面に、水辺に徐々に近づいて、いまでは10メートルを超えた。

 ふたたびサトルのニョイスティックに食いついて、今度は大量のサトルが綱引きのように引っ張る。

 プレジアもニョイスティックを掴み、ベスタが馬の姿のままニョイスティックを咥えて。



 サトルたちは、ようやく噂の水棲モンスターの正体を見た。



「またベスタの時みたいにややこしい相手かと心配してたけど、そんなことはなさそうだな。石橋を壊し、人間を襲い、俺を食い殺した。遠慮せず討伐させてもらうぞ、人喰い亀!」



 相手は亀であったらしい。

 10メートル超の、大亀(ヒュージタートル)である。


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