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第三話

 サトルがティレニア王国の王都を旅立ってから間もなく二ヶ月。

 一行は抜けてダナビウス国を進んでいた。

 山岳連邦内の国を一ヶ国と数えると四ヶ国目である。


 『森と大河の国』と呼ばれる通り、ダナビウス国の領土の大半は森林に覆われている。

 街や村を繋ぐのは森の合間を縫うような細い道で、馬車や荷車を使う者は少ない。

 ダナビウス国の物流は、陸運ではなく水運が多くを担っていた。

 船を使って、二つの大河で人と物を運ぶのだ。

 大河の一つは国の西の森からはじまり南東へ、もう一つは同じく西の森からはじまり北東へ。

 大きな街はほぼすべて、川のほとりにあった。

 水量が多く川幅も広い大河が農業・水運の要となっていることを考えれば、川に沿って発展するのは当然のことだろう。


 サトルたちがたどり着いた二つ目の街もまた、大河のほとりに位置していた。

 街のすぐ横を流れる大河は、川幅400mほどもあるだろうか。

 まだ上流にもかかわらず、すでにかなりの川幅である。

 サトルたちはこの街で石橋を渡り、大河の東側を進む予定だった。

 元々の予定では。


「はあ。まさか橋が落ちてるなんてなあ」


「気を落とさないでくださいサトルさん。ほかに川を渡る方法を探しましょう」


「姫様はなんと前向きなのか! そうだぞサトル、ダメなら次の手段を探せばいいのだ! 姫様に危険がないよう石橋を叩いて渡るほど慎重にな!」


「その石橋が落ちたんだって。叩いてないけど」


「むっ、ではほかの手段で押し通すのだ! 姫様は私が守ろう!」


「この場合は通せない、いや、通れないだろ猪騎士。はあ、分身を先行させてれば早めにわかったのに」


 街の宿屋の食堂で、サトルはため息を吐いた。

 本来はこの街にある石橋を渡るはずだったのに、肝心の橋は水棲モンスターによって破壊されたのだという。

 サトルたちが到着する二日前に、噂となっていた水棲モンスターによって。

 魔力を回復したばかりで長時間の【分身術】を控えていたサトルの痛恨のミスである。

 まあ事前にわかったところで、どうしようもなかったかもしれない。


 ちなみに南東へ流れる大河の河口は内海で、岬に設置された防衛網で強力な水棲モンスターの侵入を防いでいる。

 北東へ流れていく大河は、下流に水棲種族と共存する国があり、そのため海から強力なモンスターが遡上してくることはないのだという。

 ダナビウス国の水運は、地理に恵まれて発展したのである。


「渡し舟は襲われる。泳いで渡ろうとしても襲われる。でも正体は不明。地元の冒険者も苦戦中、と。はあ」


 サトルのため息は止まらない。


 ダナビウス国にも冒険者ギルドは存在する。

 山岳連邦と違ってダンジョンの数が少ないため、森でモンスターの討伐や狩猟、採取を行うか、船の護衛がこの国の冒険者の主な仕事だった。

 だが、大河を主戦場にする冒険者たちでも、噂の水棲モンスターの正体はわからないらしい。

 石橋を破壊したことから大型か、単に強力なモンスターのどちらかと考えられているが、その姿を捉えた者はいない。あるいは見た者はすべて殺されたか。

 いずれにせよ、いまだに正体は不明だった。


「これなら石橋じゃなくて、早いうちに川を渡っちゃった方がよかったかもな。ベスタに頼んで」


「ベスタさんに、ですか? ああ、なるほど」


「ポンと手を打つ姫様可愛いです! そうか、馬のベスタではなく人のベスタでもなく」


「いまだってそれで渡れるだろうけど、渡河の途中で水棲モンスターに襲われたらなあ。俺はなんとかなるとしても……」


 サトルは二人の女性にチラリと目を向けた。


 ソフィア姫。

 先日確認したところ、8歳の美女児は「泳げる」と自己申告していた。

 ただし「お風呂でお母様に教わった」だけらしく、実際に泳げるかどうかは怪しい。


 プレジア。

 騎士の必修として水練があったため泳げるそうだが、現在の装備はプレートメイルと両手剣とタワーシールドである。

 普段の装備で浮けるだろうか。


 サトル自身は泳げる。

 なんせ元の世界では、高校まで水泳の授業があったのだ。

 服を着たまま泳げるかはサトルも怪しいが、最悪、分身を犠牲にすればなんとでもなるだろう。あとで溺死を追体験することになるのだが。


 水を苦にしないのは、正体がドラゴンのベスタだけだった。


「いっそベスタを川に流して戦わせるか」


「はい、お待ちどおさま! これがウチの宿の名物料理だよ!」


 ボソリと呟いたサトルの声は、宿屋の従業員にかき消された。

 テーブルの上にドンッと置かれた木の大皿に、ほかほかと湯気をあげる料理が乗っている。

 ソフィア姫は「わあっ」と目を輝かせ、プレジアはいまにも手を伸ばさんばかりだ。ベスタは馬屋にいる。


 サトルはわずかに首を傾げた。


「……これは? ダナビウス国ってドイツあたりなわけで、雷角鹿(サンダーディア)の肉もいい値段で売れたから疑ってなかったんだけど、あれ?」


「おおっ、パリパリで美味しいな! どうしたサトル、食べないのか?」


「身は少ないですけれど、サクサクの衣が補っています。わたくしにはやや味付けが薄く感じられますが、好みの問題でしょうか」


 あいかわらずグルメ評論家めいた言いまわしはいいとして、ソフィア姫はこの旅で初めて、料理に辛めの意見を述べる。

 「名物料理」が想像とは違ったらしいサトルも、ひょいとつまんで口にした。


「川のそばなわけで、貴重な油で揚げた『小魚のフリット』が名物料理っていうのもまあ納得はいくけど……ちょっと泥臭い」


 いまいち口に合わなかったソフィア姫と同様に、サトルも好みではなかったらしい。


「はあ、中濃ソースがほしい。それか海の魚のフリットを食べたい」


 サトルのため息は止まらない。

 山岳連邦で冒険者を辞める決意をしたサトルが移住先を探す際、当然このダナビウス国も選択肢にあった。

 だがサトルは、「魔道具の普及で清潔な生活を送れる」という理由のほかに「食が発展している」ためティレニア王国を選んだ。

 街の名物料理である小魚のフリットを食べて肩を落とすあたり、その選択は正解だったのだろう。


「不味くはない、不味くはないんだ。ひさしぶりの魚料理だし。新鮮な川魚と油がないと作れない贅沢な料理で名物になるのもわかる。でも肉料理を期待してた分のギャップが」


「むっ、サトルの食が進まないのは珍しいな! ではその分、私が!」


 頭を抱えたサトルを前に、プレジアの手は止まらない。

 小ぶりの川魚のフリットを、ぽいぽい口に放り込んでいく。

 プレジアはバリバリと頭から、骨ごと咀嚼して満足げな笑みを見せた。


「もう。プレジア、お行儀が悪いですよ」


「ぷくっと頬を膨らませて怒る姫様可愛いです! 申し訳ありません姫様、では私もナイフとフォークを」


「別にいいんじゃないかプレジア? 姫様、この料理は手づかみでそのまま食べるようです。ほら、ほかのテーブルでも手づかみですから『郷に入っては郷に従え』ということで」


 プレジアを咎めたソフィア姫は、ナイフとフォークを器用に使ってフリットの身だけを食べていた。

 手元の皿には川魚の小さな頭と背骨が残っている。

 ただ、周囲を見たサトルが言うように、ここでは手づかみで丸ごと食べる流儀だったらしい。

 頭からバリバリいったプレジアが野蛮だったわけではない。

 プレジアはオークと人間のハーフだが、貴族でもあるのだ。野蛮なわけがない。


「まあ丸ごといくと、骨が口に引っかかる感じはあるけど。はあ、俺、この国と相性悪いのかなあ」


 遣東使として旅に出てからサトルがボヤくことは多かったが、ここまでテンションが低いのは珍しい。

 スキル【分身術】で大量の疲労を引き受けた時を別にすれば、だが。

 プレジアは気にした様子もなくマイペースに、ソフィア姫は心配そうな面持ちでサトルにチラチラと目を向けている。


「姫様、プレジアも。明日は大河のそばまで行ってみましょう。あわよくば噂の水棲モンスターをおびき出して、討伐する方向で」


「わかりました。わたくし、みんなの役に立てるようがんばります!」


「ああ、姫様はなんと健気でがんばり屋なのか……任せろサトル! 水棲モンスターなど、このプレジアが倒してみせよう! そしてレベルを上げて姫様を守りきれるようになるのだ!」


 ボヤいたところで、旅をやめられるわけでも事態が好転するわけでもない。

 サトルは、障害となっている水棲モンスターを排除する決意を固めたようだ。

 不確かな噂ではなく、二日前に石橋を壊されて、渡河する者はいまも狙われるという情報を得たからだろう。


 遭遇さえできれば、水中に逃げられなければ、確実に討伐できる。


 高レベルで強力なスキルを持つサトルは、そんなことを考えていた。

 いま、この時は。



 遣唐使として旅に出て、四ヶ国目となるダナビウス国。

 サトルたちは明日、大河に潜む正体不明の水棲モンスターに挑む。



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