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第二話

「サトル、ここは私に任せてくれ! 姫様の護衛を頼む!」


 プレジアの勇ましい声が森に響く。


 ダナビウス国の大河に沿って進む一行は、次の街を前にモンスターと遭遇した。

 サトルは分身を先行させていなかったらしい。


 サトルと、馬に乗ったソフィア姫の前に、タワーシールドを構えたプレジアが進み出る。

 視線の先、木立の間には2mほどの大きなシカがいた。

 いまにも突っ込もうとアピールするかのように、後ろ足で土をかいている。

 サトルたちに向けた大きく複雑な形状の角は、バチバチと音を立てて光っていた。

 

雷角鹿(サンダーディア)、推定レベル25。プレジア、雷をまとった突進に注意しろよ」


「気をつけてください、プレジア。もしケガをしたらわたくしが治します」


「アイツは村のまわりで見たことあります。サトル様、アタシも戦っていいですかね? アイツはちょっとピリッてするけどおいしいんです」


 モンスターと意気込むプレジアを前に一人だけ感想がおかしい。

 人化できるから一人とカウントするべきか、いまは馬なので一頭というべきか、あるいはドラゴンなので一匹か一体というべきか。

 ともあれ、ドラゴンであるベスタは、レベル25程度の雷角鹿(サンダーディア)は単なるシカ肉に見えるようだ。


「ケガをすれば姫様が治してくださる……ダメだぞ私、姫様に余計な心配をさせては! さあ来い雷角鹿(サンダーディア)!」


 一瞬ためらったものの、プレジアは気を取り直して盾の下方を地面に突き立てた。

 両手剣を右手一本で持ち、ガンガンと盾に打ち付けて挑発する。


 雷角鹿(サンダーディア)はぐっと頭を下げて駆け出した。


 走るスピードは速くない。

 プレジアは腰を落として、体を盾の陰に隠した。

 角を前面に押し出した突進をタワーシールドで受け止めるつもりなのだろう。


「あっ、おい、突進に注意しろって、なんならピッチフォークを使って距離を取りながら――」


 サトルの注意も虚しく、両者が激突する。

 護衛騎士の無事を祈るソフィア姫の両手に力が入る。


「んぐっ! だがこの程度! てやあっ!」


 プレジアは一瞬びくっと体をすくませたが、すぐに動き出した。

 タワーシールドで角を横に弾き、見えた首元に両手剣〈オーク殺し〉を叩き込む。


 木漏れ日が照らす森に、血飛沫が舞った。


 首を半ばまで断ち切られた雷角鹿(サンダーディア)が倒れる。

 プレジアは油断することなく、もう一度剣を振り下ろしてトドメを刺した。


 けっきょく、雷角鹿(サンダーディア)は一度突進しただけであっさり仕留められた。


「まあプレジアはレベル38だしな。推定25レベル程度の相手ならこんなもんか」


「これほど簡単に倒すなんて、すごいですプレジア。強くなりましたね」


「くふ、くふふ、ありがとうございます姫様」


 遣東使として王都を旅立った時、プレジアはレベル32だった。

 モンスターの討伐やダンジョン踏破、アンデッド枢機卿の討伐を経て、現在はレベル38まで上がっている。

 旅のはじめに戦った殺人熊(マーダーグリズリー)と同レベル帯の相手でも、いまではケガひとつ負うことない圧勝だった。


「レベルを上げるより、『八つの戒め』を守って強化され続けた方が強くなりそうだけど」


 ソフィア姫に褒められてニヤつくプレジアを見ながらサトルがボヤく。

 プレジアのスキル【八戒】は、自身が決めた『八つの戒め』を守り続けると、次第に身体能力が強化されていくのだという。

 つい先日、プレジアが「姫様の湯浴みにご一緒しない」という戒めを破らなければ、戦闘はもっと楽になっていたかもしれない。


「姫様の護衛は私なのだ! 強くなって、サトルに頼らずとも姫様をお守りできるようにならねば!」


「むむっ、じゃあアタシはサトル様の次に最強になる! 鎧もアンデッドもブレスで倒せなかったし、その、サトル様に勝てるようになる気はしないけどその次なら」


 プレジアがお褒めの言葉にデレデレしたのはわずかな間だけで、ぐっと拳を握って宣言した。

 つられたのか、ベスタも鼻息荒く宣言する。だが目指すのはサトルの次らしい。大量の分身に囲まれてボコられた経験はベスタのトラウマなのか。


「わたくしはみんなを癒やせるようにがんばります。いまはレベル28ですけど、レベルを上げてサトルさんの分身も癒やせるように」


 続けてソフィア姫も、小さな手をきゅっと握って決意を告げる。

 スキル【回復魔法】を持つソフィア姫は、二人とは違う役割を担うつもりなのだろう。

 サトルと出会った時はレベル11だったことを考えると、この旅で一番伸びたのはソフィア姫だ。


「いやあ、それはどうですかね、姫様。分身が回復できたらスキル【分身術】のデメリットが減って、そうとうチート(ずる)になりそうな」


 とはいえ、サトルは「分身の回復」に期待していない。

 レベル65のサトルがスキル【分身術】を使えば、レベル65のサトルが大量に現れる。

 もし回復できるなら分身が死ぬことも減るため、分身の経験を追体験するというデメリットはかなり小さなものになるだろう。

 サトルは、自分のスキルをそこまで都合のいいものとは考えていなかった。


「あのサトル様それでコイツはどうするんでしょうか食べてもいいですか?」


「待て待てベスタ。解体して、シカ肉は少し時間を置いた方が美味しいぞ。それに、この国なら肉を焼くだけじゃなくてたぶん加工品の名物が――」


「よしサトル! すぐに解体して街に向かうぞ! 遠くに見えるアレが街なのだろう?」


「焦るなプレジア、よだれを拭け。姫様もめっちゃ目が輝いててそんな食いしん坊キャラでしたっけ」


 女性陣の剣幕に、サトルは引き気味だ。

 勢いに負けたのか、プレジアとベスタに手伝わせるだけでなく、けっきょくサトルは分身を出して手早く解体を済ませた。

 雷角鹿(サンダーディア)の肉や売却できる素材をマジックバッグに入れて、二人と一頭の視線に押されるように、ひと休みすることなくすぐに出発する。


「ベスタ、速歩(はやあし)になってるぞ。慌てるな、街はもう見えてるんだから」


 放っておくと走り出そうとするベスタの手綱を引いて、サトルたちは大河に沿って森を歩く。

 森の切れ目からは、大河のほとりの街と白亜の城が見えていた。


 襲ってきたモンスターをあっさり撃退して、ダナビウス国の旅路は順調だ。

 予定では次の街で大河を渡り、北東に続く街道を探すことになっていた。


 だが、街に到着してすぐに、サトルたちは予定通りにいかないことを知る。


 ティレニア王国を出発してから四ヶ国目。

 ダナビウス国も、すんなりとは通過できないらしい。


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