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第十七話

「そ、その、サトルさん、どうして風魔法で『聖火焔』を消せるのでしょうか? 風を当てたら火が強くなりそうな気が」


 サトルたちの苦闘により青い炎が消えた冒険者街道をゆっくり進んでいく三人と一頭。

 前方ではサトルたちの声が響き、ときおり魔力が尽きたサトルが座っているのが目に入る。

 目に入るが、三人と一頭はスルーである。サトル本人も。


「聖火焔は単なる火じゃなくて魔法の火です。違う魔法で魔力をぶつければ、その分の魔力は消せるんですよ」


「なるほど、魔法で魔法を相殺しているのか! 騎士団で習ったことがあるぞ!」


「ただ、俺はそんなに魔力量が多くありません。だから人海戦術で消すしかないわけで」


 すでに日は暮れたが、山が暗くなることはなかった。

 冒険者街道を歩くサトルたちは青い光にぼんやりと照らされている。


「推定レベル60オーバーのアンデッド枢機卿。尋常な魔力量じゃなかったみたいですね。異端審問官から魔力強奪(マナドレイン)して生命強奪(ライフドレイン)しても、魔力は回復しきれなかったんでしょう」


「なっ! 本当はあれより強かったというのか!」


「たぶんな。いまとなってはわからないけど」


 そんな会話をしながら三人と一頭は『聖火焔』が消された道を進んでいく。


 『聖火焔』の範囲外に出るまで、三人と一頭は夜通し歩き続ける。

 夜が白む頃、ようやく一行は山を越えて「山が燃えていない」場所まで出た。

 費やした魔力はサトル1000人分である。


「サトルさん、本当にありがとうございました。サトルさんがいなければ、わたくしは一人で旅を続けるところでした」


「そうだ、感謝するぞサトル! もし姫様が一人旅となれば下賎な者どもがこんなに可愛い姫様を放っておくわけがないからな!」


「まあそうだろうなあ。一人でも行くんだって覚悟は立派だったけど」


 教会の儀式魔法『聖火焔』の範囲を抜けて、三人と一頭は街道脇の小さな広場に腰を下ろしていた。

 妨害による絶望を乗り越えて、ソフィア姫とプレジアは安堵の表情だ。

 浮かない顔をしているのはサトルだけだ。

 ベスタは暢気に草を食べている。ドラゴン。


 小さな広場からは、街道の先を見下ろせた。

 もう何時間か歩けば小さな町にたどり着けそうだ。


「姫様、申し訳ありませんが、あの町までは歩いて行けますか?」


「わたくし、歩いて山を越えようとしていたんです。大丈夫ですよ、サトルさん」


 サトルの質問に「なぜか」と聞き返すことなく了承するソフィア姫。

 馬車移動が当然の王族なのに微笑みさえ浮かべている。


「サトルを信頼する姫様はなんと純真なのか! まさに天使、いや女神かッ!? それでサトル、どうした? ベスタに何かしてもらうのか?」


「プレジアの切り替えがすごい。まあな、ベスタには俺を運んでもらわないといけなくなる」


 そう言って、サトルは草を食むベスタに目を向けた。

 視線を感じてたらりと汗を落としながら、気付いてないフリをしてベスタは草を食べ続ける。


 と、『聖火焔』が消えた冒険者街道を、ぞろぞろと下りてくる者たちがいた。


 サトルである。

 はるか山頂付近までサトルが続いている。

 スキル【分身術】でサトルが生み出した1000人のサトルである。

 

「はあ。キツイだろうなあ」


「がんばれ俺! とりあえず教会で戦った俺たちから行くぞ!」

「でもけっきょく【風魔法】も使ったからな。魔力も減ってる」

「先にベスタに乗って体勢を決めておいた方がいいんじゃないか、俺」

「アンデッド枢機卿に殺された俺もいるからなあ」


 サトルのスキル【分身術】は、分身の疲労や魔力の減少も吸収する。

 ケガや死は追体験する。

 デメリットが大きすぎて、サトルは冒険者を引退したのだ。


「……まさか、サトルさん。スキル【風魔法】を使わなかったのは」


「分身は魔力も回復しないんです。つまり分身を吸収すると、分身が使った分の魔力は俺が肩代わりすることになるわけで」


「1000人分の魔力消費を肩代わりするだとッ!? 限界まで魔力を使うと気絶するほど苦しいのにか!?」


「そうだ、プレジア。だから本当に奥の手で、できれば使わないようにしてきたんだ」


 説明しながら、サトルはベスタの鞍を外す。

 サトルは、馬に変化しているベスタの背中に腹這いになった。

 馬首に対して横向きで、自ら縄で体を縛り付ける。

 高レベルの変態なわけではなく、落ちないようにしたのだろう。サトルは高レベルの素人DTおっさんだが変態ではない。たぶん。


「サトルさん……わたくしたちのために……」


「プレジア、ベスタ。俺はしばらく使い物にならなくなるから、あとは任せた。姫様を守って町まで行ってくれ。着いたら宿屋で俺を寝かせておく感じで」


「わかったサトル! 姫様の護衛は任せるといい! この私に!」


「最強のアタシがなんでこんなことって思うけどサトル様の方が最強だからしょうがない。アタシは馬だし。でもアタシは馬だから軽く、サトル様に軽くお尻を叩いて励ましてほしい気が」


「よし。準備OKだ。はじめるぞ、俺」


 サトルの言葉を受けて、サトルがサトルに触れる。

 流れ作業のように触れると、分身が次々と消えていく。

 そのたびにサトルは縛り付けた体をビクッと震わせる。


「ぐっ、ぐおおおおお! きっつい! これきっつい! もう二度とスキル【風魔法】を使いたくない!」


 サトルは自ら縛り付けた馬上でもがき、悲鳴を上げる。やはり高レベルの変態か。


「分身の吸収が終わったら! 俺を乗せたまま町まで行けよベスタ! あああああ! ちょっ、待って、死んだ俺はもうちょっと待ってできれば覚悟してから」


 サトルの反応を気にすることなく、サトルはサトルにサトルを吸収させていく。


 まだ日が出たばかりの、さわやかな朝の山の広場。

 そこで、自らを縛り付けたおっさんは馬の上で悶えるのだった。

 8歳のソフィア姫には刺激が強すぎる光景である。

 純粋なソフィア姫は「わたくしのせいでサトルさんがこれほど苦しむなんて」と涙を流していた。


 ともあれ。

 教会の妨害はサトルのチート(ずる)なスキルで打ち破った。

 絶望的な状況を越えて、サトルたち遣東使の旅は続く。


 ティレニア王国を旅立ち、山岳連邦のルガーノ共和国を抜けて、同じく山岳連邦のボーデン公国を出るまであとわずかだ。


 その先にあるのは、森と大河の国・ダナビウス国である。


「耐えろ、耐えろ俺。次の国にはお風呂があるから。木と水が豊富で湯船に浸かれるらしいから。あああああああ、頭痛い! 魔力欠乏はやっぱりキツイ!」



 安定と安全と清潔さを求めて役人になったのに、死亡率99.9%の遣東使に任命されたサトル。

 東の果て、日の本の国を目指すサトルたちの旅は続く。


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