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第十五話

 教会の刺客を倒しても、旅路を阻む『聖火焔』は消えなかった。

 山のふもとでサトルたちは頭を悩ませる。

 太陽が半ば稜線に姿を隠した頃、ソフィア姫が顔をあげて行動をはじめた。


「サトルさん、ちょっと失礼します」


「え? どうしたんですか姫様?」


「んんっ、よいしょっ」


「姫様? いくら見せかけと言っても、大型リュックはそこそこの重さで」


 下ろしていたサトルの大きなリュックに手をかけて、ソフィア姫が持ち上げようとする。

 8歳の女の子の腕はぷるぷる震えていたが、なんとか背負った。小学校に入学したての女児が背負うランドセルのようにサイズ感がおかしい。


「サトルさん、マジックバッグと『水洗トイレ』をお借りするワガママをお許しください」


 リュックの重さに負けそうになりながら、ソフィア姫がぺこりとサトルに頭を下げた。


「姫様、まさか」


「サトルさん。短い間でしたけど、本当にありがとうございました。サトルさんがいなければわたくしはここまで来られなかったでしょう。サトルさんがティレニア王国に戻っても大丈夫なようにプレジアに説明させますね」


 微笑みを浮かべてサトルに告げるソフィア姫。

 幼い王族は涙目で、それでも笑っていた。


「姫様? どうされたのですか、そんな、サトルと別れの言葉のような……」


「プレジア。わたくしが幼い頃からお世話になりましたね。わたくしを信頼してくれて、いつでも元気なプレジアにはわたくしの方が救われていたのですよ。ティレニア王国に戻ったら、お母様に報告してください。この旅のことを。わたくしのことを」


「だ、そんな、姫様! 私は何をしても、どんなことがあっても姫様と一緒です! 姫様をお守りします!」


 プレジアも、ソフィア姫が何をするつもりなのか悟ったのだろう。

 だーっと泣きながら、よろけるようにソフィア姫に近づく。

 だがソフィア姫は、後ずさって聖火焔が燃える中に足を踏み入れた。

 三人と一頭のうち、熱を感じず燃やされないのはソフィア姫ただ一人だ。


「ベスタさん。白馬はかわいそうなことをしましたが……わたくしたちについてきてくださってありがとうございました。プレジア、ベスタさんが罪に問われることがないよう報告をお願いします」


「えっ? いいの? アタシもう馬にならなくていいの姫様? でもいままでみたいに最強なアタシに乗ったっていいんだよ?」


 白馬を喰い殺したつぐないのために馬に変化したドラゴンのベスタ。

 ソフィア姫はその罪を許すつもりのようだが、なぜかベスタは馬のままで乗ってもいいとアピールしている。

 わずかな期間で懐いたのか、それともサトルが「許す」と言っていないからか。


 二人と一頭に別れを告げて、ソフィア姫は後ろ向きに足を進める。

 儀式魔法『聖火焔』が山肌を燃やす範囲の中へ。


 青い炎は1メートルほどの高さだ。

 まだ8歳のソフィア姫の身長は130cm前後しかない。


「わたくしは、遣東使をするのです。お母様が寂しくて泣かなくてもいいように。お母様とお父様がもっとお話しできるように。わたくしのもう一つの故郷を見られるように」


 肩まで青い炎に包まれて、ソフィア姫は笑った。


「わたくしは、遣東使をするのです。たとえ一人だって!」


 ぐっと拳をにぎって、ソフィア姫は泣いた。


「サトルさんもプレジアもベスタさんも、ありがとうございました。わたくし、いってきます!」


 別れの寂しさや心細さに口をへの字にしたソフィア姫が、別れたくない気持ちを振り払うように前を向く。

 山々は『聖火焔』で青く染まり、その範囲内にはモンスターも悪しき心を持つ者もいない。


「姫様姫様姫様ァ! なんとかならないのかサトル! くっ、こうなれば我が身が燃えようとも! 全速力で突っ切ればもしかしたら!」


「落ち着けプレジア」


「サトル! だが姫様がお一人で行かれようとしているのだぞ! あんなにか細い体で自分と同じぐらいの大きなリュックを背負って! 日の本の国ははるか遠いのにお一人で健気に!」


「わかってる。ああ、わかってる。だから……奥の手を使う」


「…………は?」


「姫様、立派な覚悟を見せてもらいました。戻ってきてください」


「サトルさん? どうしたのですか?」


「プレジア、忘れ物はないな? ベスタ、このまま行けるな?」


 足を止めたソフィア姫を見て、サトルはプレジアとベスタに声をかけた。

 よくわからないながらも、サトルが何かをしようとしていることはわかったのだろう。

 一人と一頭が頷く。


「はあ。これだけはやりたくなかったんだけどなあ」


 夕暮れの空を見上げて、サトルがぼやいた。



 ボーデン公国の小さな町から冒険者街道を進んだ先。

 『聖火焔』山のふもと。

 一人でも遣東使を続けると、絶望的な旅路を決意した小さな女の子のために、サトルも覚悟を決めたようだ。


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書籍版発売記念の連続更新は今回でいったん終了となります。次回更新は7月28日(土)です。

連載版ともども、応援よろしくお願い申し上げます!

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