第十四話
教会の儀式魔法『聖火焔』に行く手を阻まれたサトルたちは山の修道院に向かった。
異端審問官が倒れ、術者であるアンデッド枢機卿を倒したものの、青い炎は消えていない。
サトルの分身による捜索でも、修道院内には聖火焔を消す手がかりは見つからなかった。
アンデッド枢機卿との戦場になった礼拝堂の中にも、異端審問官ロッソの拠点らしき平屋の中にも。
険しい山道を下って、サトルたちは冒険者街道に戻ってきた。
陽は傾き、青く燃える山肌を夕陽が照らしている。
遣東使の旅路を阻む『聖火焔』は、やはり消えていなかった。
「消し方はわからない。でも術者が消滅した以上、待てば消えるはずだ」
「サトルさん。消えるまでどれぐらいかかると思いますか?」
「アンデッド枢機卿は推定レベル60以上で、しかも本職の【神聖魔法】使いでした。ソイツが枯渇するまで魔力を篭めた『聖火焔』です。町で聞いた通り一ヶ月で消えるのか、早まって一週間やそこらで消えるのか。あるいは、それ以上でもおかしくないでしょう」
サトルたちの空気は重い。
山奥の修道院に向かう前、振り出しに戻ったのだ、それも当然だろう。
いや、「教会に直談判して炎を消してもらう」という選択肢は潰れたのだ。
状況としてはさらに悪くなっている。
「炎が消えるまでどれだけかかるのかわからない。それでも待ってみるのが一つ目の案」
ぴんと人差し指を立てるサトル。
小さな町で話し合った時と同じポーズである。
だが、以前よりサトルの顔は暗い。
サトルの提案を聞くソフィア姫とプレジアの顔も暗い。
「『冒険者街道』を諦めて、ぐるっと迂回するのが二つ目の案。陸路で行くならルガーノ共和国まで戻って旧モンターニャ街道を使うか、ティレニア王国まで戻って西マーレ街道から迂回するか」
人差し指に続いて、サトルは中指を立てた。
ティレニア王国の王都を出てからここまで、一行は一ヶ月近くかかっている。
旧モンターニャ街道を使うにしても、かなりの日数が徒労に終わったことになるだろう。
「元々の三つ目の案、直談判はダメだった。最後の案は、ティレニア王国の王都まで戻って、王宮と教会で話して折り合いをつけてもらうことだ。今後の妨害も予想されるからなあ……」
サトルはぴっと親指を伸ばす。
ソフィア姫もプレジアも、眉間にシワを寄せて真剣に考え込んでいた。
どの案を取るにせよ、ここまで順調だった旅路が大きく後退するのは間違いないだろう。
「俺、いちおう街道なんだしそろそろ吸収した方が」
重い空気にやられたのか、サトルが恐る恐るサトルに声をかける。
サトルはまだ分身を吸収していなかった。
70人のサトルの疲労とケガと死を吸収すれば、動けなくなるだろう。
今後の方針を決めてから吸収するつもりだったようだ。
「くっ! 信者になれば通れるなら私はお父様から教わった信仰を捨てるべきか! そうすれば姫様と二人で旅……ふた、二人旅だと!?」
「プレジアのお父様ってオークだよな? その信仰は大丈夫なのか? むしろ捨てた方がいいヤツだったりしないか?」
プレジアは頭を抱えて葛藤している。
もっとも、教会信者になったところで『聖火焔』の対象外になるかはわからない。
異端審問官もアンデッド枢機卿も、問答無用すぎて確かめることはできなかった。
分身のサトルが修道院に残された書物をチェックしても、それらしい記述はなかったらしい。
プレジアの葛藤は消えないが、大きな声は止まった。
三人と一頭と大量のサトルはふたたび沈黙し、重い空気が継続する。
「サトルさん。ほかに方法はないのでしょうか」
「ほかの方法か……ベスタが飛べれば話は早いんですけどね」
「ひっ。すみません飛べないドラゴンですみませんサトル様だからその、崖を見上げるのは止めてもらえないでしょうか」
我関せずでぼーとしていたベスタがびくっと反応する。
馬に化けたドラゴンの扱いがあいかわらず不憫である。
「俺には思いつきません。姫様、一度昨日の宿に戻って考えませんか? 青い炎のせいで明るいですけど、そろそろ陽が落ちます」
「そう、ですか……」
サトルの言葉を聞いたソフィア姫はうつむいた。
そのままじっと地面を見つめ、何かを考えているようだ。
沈黙が続く。
サトルの分身が所在なげにサトルを見つめ、サトルが「今日は宿に戻ろう」ともう一度声をかけようとしたところで。
うつむいていたソフィア姫が顔をあげ、行動をはじめた。
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