第十一話
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「さあ異教徒どもよ! 死者の王にして枢機卿たるこの私が直々に相手してやろう! 冥府で悔い改めるがよいッ!」
荒れ果てた教会の祭壇で、アンデッドの枢機卿が叫んだ。
ステンドグラスからこぼれる色とりどりの光が豪奢な法衣を輝かせる。
「話は通じないみたいだな。やっぱり戦いになるか」
ぼそりと呟くサトル。
もともとサトルたちは、旅路を妨げる『聖火焔』を消してもらうためにこの修道院にやってきた。
だが、待ち構えていた異端審問官も召喚されたアンデッド枢機卿も、聞く耳を持たないようだ。
「姫様、下がってください。プレジア、護衛は任せた」
「了解だサトル! この身に代えても私が姫様を守ろう!」
「サトルさん……申し訳ありません。私がワガママを言ったばっかりに、戦いに」
修道院に行って説得しようと主張したのはソフィア姫だ。
どうやら責任を感じているらしい。
「まあ気にしないでください。それに、勝てば言うことを聞いてくれるかもしれませんしね。……ベスタみたいに」
「サトル様アタシは何をしましょうか、サトル様の次に最強のアタシが手伝いますからアタシはボコらないでくださいね?」
「とりあえずベスタも姫様を守るように。まずは様子見で俺が行く」
馬に変化したドラゴンは、かつてサトルに囲まれてボコられた時のことを思い出してしまったようだ。
ぷるぷると身を震わせてサトルに手伝いを申し出る。プライドはぽっきり折れてるらしい。
「よし、行くぞ俺! 分身の術ッ!」
杖を横に構えてポーズを決めるサトル。
と、サトルが増えた。
一人だったサトルが20人に。
スキル【分身術】の効果である。
増えたサトルも本体のサトルと同じ格好をしている。
ちなみにポーズを決める必要はない。厨二病の残滓である。
「いきなり20人とは気合い入ってるな俺!」
「敵は【神聖魔法】の使い手だ! 散開しろ俺たち!」
「中央の通路から行くぞ俺サン!」
「じゃあ俺は左から近づくわ。死ぬなよ俺氏」
「右は任せろオレセブン! 俺、コイツに勝ったら美味しい料理食べるんだ」
「フラグがしょぼいぞオレジューク! んじゃ俺はベンチ越えて接近します!」
教会の入り口近くがサトルで埋め尽くされる。
サトルはサトルに指示しながら、すぐに散らばった。
正面の祭壇に立つアンデッド枢機卿に向けて左の壁際を走るサトル、右を突き進むサトル、中央を駆けるサトルにくわえて、木製のベンチの上を走るサトルもいる。
「神聖な教会を冒す異教徒どもめ、なんと面妖な術を! だが無駄なあがきよ!」
サトルがいきなり20人に増えたのに、アンデッド枢機卿に動揺した様子はない。
召喚の際に「古の」と言われていた枢機卿は、アンデッドとして長い時を生きてきたのだろう。
サトルのスキル【分身術】と同じではないだろうが、さまざまなスキルを見てきたのかもしれない。
アンデッド枢機卿が、大きな宝玉がはまった杖をサトルに向ける。
「一網打尽にしてくれよう! 『神滅の光』!」
アンデッド枢機卿の言葉とともに、宝玉が輝く。
生まれた光はゆっくりと広がっていく。
祭壇が吹き飛び、教会の床石をはがし、木製のベンチを打ち砕き、ゆっくりと。
「範囲魔法がくるぞ! 盾を構えろ!」
「密集陣形! 固まれ俺たち!」
「来い俺十三、俺十五! プレジアと姫様を守るぞ!」
「なあ神滅っておかしくない? 神の信徒なのに滅するの?」
「細かいことを気にするなオレニー、ホーリーすぎて死ぬんだよきっと!」
「攻撃こそ最大の防御! 伸びろニョイスティック!」
「オレーーーック!」
正面を走るサトルは左腕に固定した円盾をかざし、手にしたニョイスティックで突きを繰り出す。
サトルは後方に残ったサトルと協力して円盾を並べて密集陣形を作り、自分よりもレベルが低いソフィア姫とプレジアを守る構えだ。ベスタはいいのか。
礼拝堂に光が満ちた。
「サトル、無事かっ!?」
「サトルさん! 大丈夫ですかサトルさん!」
「俺たちはともかく、俺は大丈夫だ。俺は」
円盾を下ろして、サトルが礼拝堂を見る。
ただでさえ荒れていた礼拝堂は、無惨な状況になっていた。
「くっ。生きてるかオレイチ」
「なんとかな、俺氏」
「オレーック! 仇は取ってやるからなオレック!」
「範囲魔法か……相性悪いんだよなあ」
「それよりこの空間が厄介だ。いつもなら全包囲して死角から襲うんだけど」
「まあなんとかなるだろオレジューク」
祭壇や木製のベンチは破片となって床に転がり、壁の色ガラスは砕け散っている。
残骸の中で立っているのはサトルだけで、一撃で倒れたサトルもいる。
吹き飛ばされたのか、横の窓枠に引っかかるサトルもいた。
「推定レベル60オーバー、範囲魔法ありの魔法使いタイプか。普通の【神聖魔法】の使い手ならラクだったんだけどなあ」
「れ、冷静だなサトル。レベル60を超える敵など、悪夢のはずなのに……」
「サトルさん、なんとかわたくしをアンデッドの前へ近づけてください! わたくしの『ターンアンデッド』で」
「姫様、このクラスのアンデッドには弱らせないと効きませんよ」
「勝機はあるのかサトル? なければ私が突っ込もう! 姫様を守るために!」
「落ち着け猪騎士。いつもなら遠距離からニョイスティックを伸ばしてチマチマ削るか、もう一つのスキルを使ってなんとかするんだけど……」
「ほう、あの魔法を耐えますか。今度の遣東使は冥府へ送りがいがありますねえ」
アンデッド枢機卿は数段のステップの上、祭壇があった場所から動いていない。
余裕の表情でサトルたちを見下ろしている。
「いまは強力な遠距離攻撃があるからな。ベスタ、ブレスを頼む」
「えっ? その、サトル様、アタシはいま馬でドラゴンに戻らないとブレス吐けないけどここは狭いから戻れなくてですね」
急に振られたベスタが焦ったようにまくしたてる。
ドラゴンは巨体だ。
これまでのような川原やダンジョンボスの広間なら問題ないだろうが、礼拝堂は狭い。
アーチ型の天井の高さは充分だが、ドラゴンの姿では礼拝堂の柱が邪魔だろう。
「無理やり戻ったら柱が崩れるか。ただでさえさっきの魔法で危ないからなあ」
サトルの呟きに、ベスタはほっと息を吐く。
無茶ぶりされなくてよかった、とばかりに。
だが。
「よしベスタ、馬のままブレスを頼む」
「えっ」
サトルの無茶ブリに、ベスタが固まった。