第十話
「異端審問官がアンデッドを呼び出した、だと?」
「これぞ神の奇跡ッ! 死を超越せし敬虔たる神の信徒であるッ!」
『ふン。何かト思えバたかが異教徒か。〈聖火焔〉の魔力も回復してないものヲ』
豪奢な服を着たスケルトンから乾いた声が聞こえてくる。
サトルも、タワーシールドを構えるプレジアも目を見はる。
「なんたることだ! 教会の、異端審問官がアンデッドを召喚するなんて!」
「アンデッドが喋るのか。ベスタより意外だな」
「なんかアタシ失礼なこと言われた気がするけどでもサトル様なら何を言われてもむしろ軽く罵ってほしいというか」
「待っててくださいサトルさん、いまわたくしが『ターンアンデッド』の魔法を」
『ふム。なるホド、異教ノ神より〈回復魔法〉ヲ授かってイルのか。なかなか罪深キ異教徒ダ』
騒ぎ出したサトルたちを冷静な目で観察するスケルトン。目はない。
コツコツと骨音を鳴らして、異端審問官の横に並んだ。
「さあ、古の聖者よ、不死なる枢機卿よッ! 異教徒どもを殺せッ! ほかの遣東使どもの末路と同じように!」
血走った目でサトルたちを睨みつけて、異端審問官ロッソが叫ぶ。
スケルトンは横に手を伸ばし、ロッソの首に触れた。
『〈魔力強奪〉』
「せ、聖者よ、なにを? な、魔力が」
『〈聖火焔〉ヲ使ったバカりで魔力が回復してないのダ……ちと足らヌか。〈生命強奪〉』
「そんな、なぜ、聖者が神の僕たる私を」
異端審問官ロッソからスケルトンへ、ほのかに光る何かが移動していく。
朽ちる過程を逆まわしにしたように、スケルトンに皮が、肉が生まれる。
反対にロッソから生気が失われていく。
一瞬でやせ細り、目は落ち窪んで死相が浮く。
「ぐ、ぐああああぁぁぁぁ、バカな、そんなバカな…………」
『ふむ。魔力と生命力を奪ってもこの程度とは。信仰が足りぬのではないか? まあよい、矮小なる存在が偉大なる枢機卿の力になれたことを感謝するがいい』
首に手をかけられて、ロッソは宙づりとなっていた。
白い肌は黒ずみ、紅い瞳からは光が失われる。
ロッソは朽ち果てたミイラのような姿に成り果て、苦悶の声を残して息絶えた。
最後は皮さえも消えて、まるでスケルトンのような白骨へ。
聖者と呼ばれたアンデッドが手を離すと、ロッソの白骨はがしゃがしゃと乾いた音を立てて崩れ落ちた。
「サトルさん……わたくし、なんだかロッソさんが可哀想で……」
「私たちを殺そうとした異端審問官にまで慈悲を向けるとは姫様が天使すぎる! どうしよう! どうしようサトル!」
「黙って守ってろプレジア。アイツはヤバい。『魔力強奪』『生命強奪』は高位の【神聖魔法】だ。『聖火焔』は知らないけど、あんな広範囲の魔法を使ったのもアイツらしいし」
「【神聖魔法】にこのようなおぞましい魔法があるなんて……」
「なあサトル、おかしくないか? アイツは異端審問官に召喚されただろう? 召喚主に逆らって、しかも召喚者が死んだのにそのままって」
「ああ、だからヤバいんだ。召喚された側が召喚者より高レベルなら従わないこともある。つまりアイツは、一人で活動する異端審問官より強いアンデッドってことだ」
手にしたニョイスティックで祭壇のアンデッドを示すサトル。
その言葉を聞いて、プレジアもソフィア姫も表情を引き締めた。
ベスタは特にリアクションがない。馬のままだ。
ほかの遣東使を亡き者とし、かつてルガーノ共和国でサトルたちをダンジョンに送り込んだ異端審問官・ロッソがあっけなく死んでも、サトルたちはノーリアクションだった。
心を痛めたのは世間擦れしていないソフィア姫だけである。
サトルはこの世界に来て12年になる。
敵が惨めに死んでも、心を痛めないほど擦れたらしい。恋愛に対してはピュアだが。
「さあ異教徒どもよ! 死者の王にして枢機卿たるこの私が直々に相手してやろう! 冥府で悔い改めるがよいッ!」
魔力と生命力を強奪したアンデッドは、いまやスケルトンの姿ではない。
豪奢な法衣を肉でぷっくりとふくらませ、微笑みを湛えて両腕を広げる。
まるで信者を導くように。
だが、その目は赤い熾火のままだった。
「教会の教えって死んだら冥府に行くタイプなんだ。初めて知った。あとコイツも悔い改めさせる気ないなコレ」
サトルはポツリと呟いた。余裕か。
山々に『聖火焔』を放ち、サトルたちの旅を妨害したアンデッド。
荒れ果てた教会で、死者の王にして枢機卿と自称する高位のアンデッドとの戦いがはじまる。




