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第九話

険しい山道の先、いまにも崩れそうな崖の突端に修道院が建っていた。

 崖の手前、わずかばかりの畑の間を三人と一頭が歩く。


「なんというか、予想以上に荒れてるな。畑も放置してしばらく経つようだし」


「人の気配が感じられません……誰もいないのでしょうか」


「そんなはずはありませんよ姫様! 修道院の手の者が、私たちの旅路を阻む『聖火焔』の儀式魔法を使ったと町の者は言っていたのですから!」


「アタシもう二度とあの道は歩かな、ひひん」


「よしよし、よく黙ったベスタ。人がいてもおかしくないからな」


 遣東使として旅をするサトル、ソフィア姫、その護衛騎士のプレジア、馬に化けたドラゴンのベスタである。


 三人と一頭は左右に広がる荒れた畑を眺め、修道院に視線を向ける。


 修道院の崩れた石垣の内側には石造りの教会と、石を積み上げて作った平屋がいくつか並んでいる。

 教会の外壁にはツタが絡み、手前の平屋は屋根が落ちている。


 手入れする者も訪れる者もなく、朽ちかけた無人の修道院に見える。


「プレジア、警戒してくれ。ひょっとしたら町で聞いた情報は、俺たちをここにおびき寄せる罠だったのかもしれない」


「なんだとサトル! 姫様、私の後ろに! この身に代えても姫様をお守りいたします!」


 警戒しながら修道院の敷地に足を踏み入れて、一行は教会の扉の前にやってきた。

 腐りかけた木の扉に、サトルが手をかける。


「準備はいいな? 開けるぞ」


 一声かけて、サトルは扉を押し開けた。


 薄暗い前室には誰もいない。

 礼拝堂と前室を仕切る扉の隙間から光が差し込んでいる。


 サトルの後ろでは、プレジアがタワーシールドと両手剣を手にソフィア姫をかばっている。

 ベスタは扉の外から中を覗き込んでいた。


 サトルが扉を押す。

 ギイッと軋んで、木の扉が開いていった。


 大小や豪華さの違いはあれど、教会内部の造りはどこの教会でもほとんど変わらない。

 この宗教組織がただ『教会』と呼ばれている由縁である。

 中央には通路があり、その左右に信者が座るための木製のベンチが並ぶ。

 外壁には貴重な色ガラスがはめられて、礼拝堂に色とりどりの光を落としている。


 そして、入り口から最も離れた奥。

 数段のステップの先に祭壇があった。


 一人の男が立っている。

 色ガラスからこぼれる色鮮やかな光が、教会の法衣である白い服を染める。

 透けるように白い肌も白い髪も、色とりどりの光を浴びていた。

 灰色にくすんだローブも巡礼者の木の杖も、腰にあったひょうたんも()()()持っていないようだ。

 紅く輝く瞳がサトルたちを見据える。


 異端審問官・ロッソ。

 かつてルガーノ共和国で、マジックアイテムを使って三人と一頭をダンジョンへ送り込んだ男である。


 ロッソはサトルたちを歓迎するかのように、大きく両腕を広げた。


「ようこそ、忘れられた修道院へ」


 穏やかな口調だが、サトルやプレジアの警戒は解けない。

 プレジアに守られたソフィア姫は、タワーシールドの陰からロッソを覗き見ている。

 ベスタは最後尾で足を踏み鳴らした。礼拝堂に入ってきたらしい。馬なのに。まあドラゴンなのだが。いや、ドラゴンも礼拝堂に入っていいものではないだろう。


「わたくしたちは、冒険者街道を通りたいのです。『聖火焔』を消していただけませんか?」


 タワーシールドの陰から出ようとしたソフィア姫はプレジアに止められた。

 それでもソフィア姫は訴えをやめなかった。

 前回の遭遇で、相手はサトルたちをダンジョンに無理やり送り込んだのに。


「おや、どうしてでしょう? 『聖火焔』は浄化の炎。神を信じる正しき者であれば燃やされることなく通れるはずですが?」


 異端審問官は微動だにせず言葉を返す。

 まるで「普通に通れるのに」とでも言うかのように。


「ぐっ。教会の神はともかく、神の存在自体は信じてるのになんで俺は通れないのか。姫様は通れるのに」


 悪しき心を持っているからである。

 いや、教会がそう言っているだけで、実際の判断基準は不明なのだが。


「通れないのであればそれすなわち異端者ッ! 異端審問官である私が異端者の願いを聞くことなどありえないッ!」


 目を血走らせてロッソが叫ぶ。

 あいかわらず沸点が低い。


「審問どこいった。姫様、狂信者には何を言ってもムダなようです」


「ですがサトルさん……」


「下がってください姫様。相手はもうやる気のようですよ」


 いまだ説得を諦めていないソフィア姫を下がらせるサトル。

 ソフィア姫は、すっぽりとプレジアの陰に入った。


「異端者どもよ! 神とはなんたるか、信仰とはなんたるかを教えてやろう! 悔い改めながらここで死ねッ!」


「ええ……? それ教える気も改めさせる気もないじゃあん……」


 異端審問官ロッソのテンションにサトルはドン引きである。

 むしろ「いままで教会に近づかなくてよかった」と確信を抱かせた。


「神よ、我に奇跡を示したまえ! 『聖者召喚(コールセイント)』!」


 異端審問官が両腕を広げて、全身で聖印を形作る。

 色ガラスの光が揺らいで、まるで立ち昇る魔力を目視しているように見える。


「【召喚魔法】? 【神聖魔法】以外のスキルも持ってたのか。みんな、警戒を」


 サトルたちがいる入り口付近からロッソがいる祭壇までは距離がある。

 召喚を阻止できないと判断したサトルが、一行をかばうように前に出た。


「ぐッ、ぐうッ! があああああああ!」


 ロッソが叫ぶ。

 胸元の聖印から、半透明の何かがずるりと出現した。

 徐々に大きくなっていくソレは、ロッソの隣で実体となる。


 銀糸で刺繍された白い法衣。

 手にした杖には大きな宝玉が輝いている。

 サトルは知らないが、その豪奢な衣装は枢機卿が着るものだ。


 だが。


「異端審問官がアンデッドを呼び出した、だと?」


 杖を掴む手は肌も肉もない白骨。

 しゃれこうべに眼球はなく、眼窩には熾火のような赤い火が光る。


 現れたのは、豪奢な服を着たスケルトンだった。




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