第八話
聖火焔に包まれた冒険者街道から外れた獣道。
曲がりなりにも馬が通れる道となっている街道とは違って、山道は急峻だった。
「あー、先行させてロープを張ってもらうか。頼むぞオレニー」
「任せろ俺。でも命綱をつけた方がいいんじゃないか? 墜落死はキツイだろ?」
時に崖の出っ張りを歩き、時にいまにも落石がありそうな斜面を歩く。
危なそうな場所では分身を出しながら、サトルたちは修道院への山道を登っていた。
「おち、落ちるっ!? あの爪がないとけっこうキツイんですけど元に戻ってもいいでしょうかサトル様落ちたらアタシ死んじゃうんで」
「あれ? ベスタが食べた白馬のつぐないに馬になるんじゃなかった?」
「すみません許してくださいところでサトル様って疲れてる時や分身を解除したあとはなんだか厳しいですねすみませんアタシなんかがナマイキなこと言って」
ベスタ、真実に気づいてしまったようだ。
サトルのスキル【分身術】は、解除する際に分身の疲労を吸収して、ケガや死の記憶を追体験する。
拷問のようなデメリットを受けて、サトルはベスタの扱いに気をまわせなくなるのかもしれない。
ソフィア姫やプレジアにはがんばって対応しているようだが。
険しく細く、安定しない山道のため、ベスタはソフィア姫を乗せずに歩いている。
おそるおそるだが、そこはドラゴン。
元の能力が高いためか、なんだかんだ言いながらも余裕で山道を登っている。
「姫様、足を滑らせても大丈夫ですよ! 後ろにいる私が姫様を支えますから!」
「ありがとうございますプレジア。でも大丈夫です、わたくし、がんばります」
「落ちてきたら姫様に触れる! 助けるために仕方なく、これは仕方なくで!」
「欲望がだだ漏れだぞプレジア」
サトルが先行させる分身の努力もあって、ソフィア姫も険しい山道を登れている。
ソフィア姫が足を滑らせて、うしろで待ち構えているプレジアに助けられたことはない。いまのところ。
「見えてきましたよ姫様。目的地の修道院はあそこです」
「あんな崖の上に……生活に困らないのでしょうか」
「その厳しい生活も含めて修行だそうですね。まあ厳しすぎていまでは寂れているようですが」
山道の先、突き出した崖の突端に石造りの尖塔が見えた。
サトルたちが目指す修道院である。
「修道院の方はわかっていただけるでしょうか」
「心配はいりませんよ姫様! 姫様の純粋な想いに応えない人間などいるわけがないのです! 私だったらもう嬉しくてなんだってしますね! そう、なんだって! なんならこの身を」
「よし、口を閉じてような護衛騎士。誰だプレジアを姫様の護衛騎士にしようって決めたヤツ」
呆れたようにボヤくサトルの前に、ロープが垂れてきた。
「お待たせ俺! ここを登りきればあとは危ない場所はなさそうだ!」
「ああ、助かったオレニー。姫様、案ずるより産むが易しです。さあ行きましょう」
「……はい、そうですね」
サトルの励ましにソフィア姫は笑顔を見せた。
「まあ、確実に戦闘になるだろうけど。囲んでボコッて聖火焔を解除してもらえばいいだろ」
後に続いたサトルの呟きは、ソフィア姫とプレジアには聞こえなかったようだ。
ビクッ! と反応したのは馬だけである。
馬に変化したドラゴンは、馬と同じく耳がいいらしい。可哀想に。
「『聖火焔』で燃える山々か。さながら聖火焔山ってところだな。芭蕉の扇でもあれば話は簡単なんだけど」
「どうしたサトル? 行かないのか? 姫様のうしろは譲らないぞ?」
「ナチュラルにセクハラしようとするな。まあいいや、最後尾は任せたぞプレジア」
そう言い残して、サトルはロープを掴んでさっと山道を登っていく。
30歳のおっさん小役人だったのに、その姿は身軽だ。
レベルが65ともなれば、超人的な身体能力となるのである。
サトルたちは街道を外れて『教会』の修道院を目指した。
聖火焔が消えるのを待つのではなく、通れない山々を迂回するのではなく、教会の妨害を止めさせようと王宮を頼るのではなく。
自らの手で道を切り開くために。
鬼が出るか蛇が出るか、あるいは狂信者が出るか。
ソフィア姫は話せばわかってもらえるかもと期待しているようだが、サトルは戦闘を覚悟しているようだ。
『聖火焔』を放ち山々を燃やした元凶。
修道院はすぐそこである。




