第七話
山が燃えている。
『聖火焔』は山々を燃やし、モンスターや悪しき心を持つ者、信者じゃない者だけを燃やす教会の儀式魔法らしい。
そんな都合のいい魔法があるのかと山のふもとまで確かめに行ったサトルたち。
試したところ実際にサトルは燃えて、プレジアとベスタも熱を感じた。
無事に通れそうだったのはソフィア姫だけだ。
「昨日泊まった町で聖火焔が消えるまで待つ、戻って迂回する、修道院に行って消してもらえないか頼む、ティレニアまで戻って王宮と教会で話をつけてもらう」
このまま通り抜けられない。
サトルは、小さな町で示した四つの選択肢をあらためてソフィア姫とプレジアに示す。
「姫様の邪魔をする教会など粉砕するべきだ! 修道院に行くぞサトル!」
「粉砕って。そりゃ俺たちは異端審問官に狙われたわけで、行ったら戦いになる可能性もあるけど」
姫様ラブすぎる護衛騎士は、ソフィア姫の望みを妨害する教会自体におかんむりらしい。
「俺は東の果て、日の本の国に興味があるし行ってみたい。でも一度戻って王宮と教会で話をつけてもらった方がいいんじゃないかと思ってる。教会の勢力圏を出るまでずっと妨害されるのはなあ」
サトルは王都まで戻って、妨害してくる教会と遣東使を派遣する王宮、それぞれ話し合って妥協点を探してほしいらしい。
サトルが言ったところで教会は妨害工作を認めなかったかもしれないが、サトルたちは異端審問官に放り込まれたダンジョンで、遣東使たちの遺品を見つけている。
王族のソフィア姫の証言もあれば、無下にされることはないだろう。
それにしてもサトル、高レベルでチートくさいスキルを持っているのに小心者か。
さすが安全と安定と清潔さを求めて冒険者を引退して小役人していただけのことはある。
「わたくしは……」
きゅっと拳を握ってうつむくソフィア姫。
言うか言うまいか、迷っているようだ。
やがてソフィア姫が顔をあげる。
その目には決意が宿っていた。
「わたくしは、お母様の手紙を日の本の国に届けたいです。お母様が生まれ育った地を見たいです。日の本の国と交易ができるようになれば、お母様が寂しく思うことも減るはずです」
サトルを、プレジアを見つめてソフィア姫が言う。
まだ8歳なのに健気で賢い。
「それに……交易ができて、お母様に『うしろだて』ができれば、お母様はもっとお父様に会えるようになると思うのです」
ソフィア姫の母親は、日の本の国出身で、過去の遣東使とともにティレニア王国に嫁いできた。
だが現在、ティレニア王国と日の本の国を結ぶ安全な行路は開拓されていない。
日の本の国に行って帰ってくる任務を負った遣東使の死亡率は、99.9%である。
とうぜん、トモカ妃に実家の後ろだてはない。
ほかの妃と違って。
ソフィア姫は健気で賢く、その望みは純粋だった。
遣東使という過酷な任務を引き受けるほどに。
「だから、わたくしは、戻りたくありません。戻ったら、また遣東使ができるかわからないのです」
ソフィア姫は王宮から出ることさえ、この遣東使の旅がはじめてなのだという。
その心配は当然かもしれない。
「修道院の方にお願いできないでしょうか。わたくしは、日の本の国に行って帰ってきたいだけなのです。その、修道院の方にお話しして、わかっていただければ」
サトルとプレジアを見上げて言うソフィア姫。
自然と上目遣いで目がウルウルしている。
「行きましょう姫様! 純粋すぎる姫様の願いを断るなどありえません! 教会だろうが修道院だろうがわかってくれるはずです!」
ソフィア姫の言葉に、プレジアは迷うことなく賛成なようだ。聞くまでもない。
「……行くだけ行ってみましょうか。これが教会の妨害工作だって確定したわけじゃないですし」
サトルも頷いた。
もっとも、そのあとで「まあ戦いになっても負けないだろうし」とぼそっと呟いていたが。
「ありがとうございますサトルさん、プレジア!」
二人の同意を得て、ソフィア姫は花が綻ぶような笑みを浮かべた。プレジアはデレデレである。
ちなみにベスタはほっと安堵の息を吐いていた。「聖火焔の中を燃えながら歩け。ドラゴンなら行けるだろ」という無茶ブリを想像していたのかもしれない。不憫か。




