第六話
サトルの手が聖火焔に触れた。
「あちっ! フツーに熱いんですけど俺!」
「本当だったのか……オレイチ、もうちょっと進んでみよう」
「は? つまり俺に燃えろってことか俺!?」
「いや、熱いだけでガマンすれば通れる可能性もあると思って。がんばれオレイチ」
「俺が非情すぎる! 俺の熱さもどうせ俺があとで体験するんだし、そこまで覚悟してるなら行きますか」
一度は手を引っ込めたサトルが、今度はひと息に聖火焔の中に飛び込んだ。
「あちっ! あちっ! ガマンすれば通れるかも、熱を感じるだけかも、行ける、行けるぞ俺、きっと行ける」
ブツブツ言いながらサトルは聖火焔の中を進んでいく。
一歩、二歩、三歩。
サトルのブーツが燃え出した。
四歩、五歩、六歩。
炎がズボンにも燃え移り、サトルが引き返してくる。
「あああああ! 熱い! 燃える! これ無理だ俺!」
「ダメか……ちょっと待ってろ、いま水かけるからがんばれオレイチ!」
マジックバッグに手を突っ込んだサトルが、水が入った樽を取り出す。
15リットルは入る樽をサトルは軽々と持ち上げて、駆け寄るサトルに向かって投げつけた。
「ふんっ!」
聖火焔の中で燃えるサトルが、飛んできた樽を割る。
バシャッと中の水がサトルにかかる。
炎が消えたか確かめることなく、サトルは聖火焔の範囲から飛び出した。
そのまま、ゆるやかな山道をゴロゴロと転げ落ちる。
炎は消えていた。
「山の炎に水をかけても消えなかったのに、範囲から出ると消えた。燃え移った火も物理現象じゃないのか。ほんと魔法って意味がわからない」
「だ、だいじょうぶですかサトルさん! わたくしの回復魔法で」
「ありがとう姫様。でも俺、回復しないんだ」
「サトル、気を確かに持て! この程度の火傷なら命を落とすことはない!」
冷静なサトルをよそに、一度は下半身が炎に包まれたサトルを介抱するソフィア姫とプレジア。
分身のサトルには回復魔法が効かないし、分身のサトルが死んでもサトルが死ぬことはないのだが、二人とも動転しているらしい。
「信者じゃないから燃えたのか、そうだよな俺が悪しき心を持ってるわけないし。よし次はベスタ」
「ひっ!? ひひん!」
「馬のふりしても逃がさないから。大丈夫、熱いかどうか確かめるだけでいい。あんなに聖火焔の範囲に入らなくていい。ちょっと、ちょっとだけだから。な?」
「ひひん……」
諦めたようにうなだれる馬。
チラチラと振り返りながら、ベスタは聖火焔に近づいていく。
馬の鼻先が青い炎に触れた。
「熱い! 熱いですサトル様もう戻っていいですかいいですよね熱いですもんアタシにはムリですすみませんすみません」
「ベスタもダメか……まあ馬に化けてるけどドラゴンだしな」
「えっ、そんな当たり前みたいに頷かれたらアタシがんばったのにサトル様ちょっとひどくないですかいえなんでもありませんすみません」
「サトル、ダメだ! 私も熱を感じるぞ!」
「それ以上行くなプレジア。火傷して姫様に治してもらおうとか考えてるだろ。下がれって」
サトルに続いて試したベスタも護衛騎士のプレジアも、『聖火焔』は通さなかった。
ベスタはドラゴンで、プレジアはサトル同様教会信者ではないからだろう。
あるいはプレジアはモンスター枠か悪しき者枠かもしれないが。あと全部か。
だが。
「ひ、姫様? お下がりください! 姫様の美しく滑らかなお肌が火傷してしまったら!」
「あの……わたくし、熱くないのですけれど……」
ソフィア姫は、『聖火焔』の範囲に入っても平気なようだった。
熱は感じず、燃やされることもない。
「姫様、教会の信者ではないと言ってましたよね?」
「はい。ですからわたくし、手をかざしてみたんですけど熱くなかったもので、思い切って」
「わかりましたから戻ってください姫様! さあ私の胸の中へ!」
「信者じゃなくても熱くない。姫様は【回復魔法】の使い手だから? あるいは教会の神じゃなくて八百万だけど『神』を信じてるから?」
顎に手を当てて考え込むサトル。
ソフィア姫はサトルとプレジアとベスタの元へ戻ってきた。
「実は『聖火焔』で燃やされる対象って、信仰は関係なくて『モンスター』と『悪しき心を持つ者』だけだったりして」
サトルはチラッとベスタを見る。
馬に変化しているが、元はドラゴンだ。
プレジアを見る。
人間とオークのハーフであり、半分はモンスターの血が流れている。あと姫様に邪な欲望を抱いているっぽい。
我が身を省みる。
モンスターではないし罪を犯してないし横領もしていないし小役人だが、「悪しき心がない」とは言い切れないだろう。あと後輩に遣東使の物資を一部横流ししてもらった。
「……ありそう。信者でも燃えたら『悪しき心の持ち主だからです!』とか言い張って。教会ならやりそう」
自分の思いつきに納得したように頷くサトル。
だが、問題はそこではない。
「どっちにしろ通れないのは変わらない、か。どうするかなあ」
聖火焔を実体験したことで、範囲内を通れないことが確定したようだ。
遣東使として東の果て、日の本の国を目指す旅路。
サトルたちは、ふたたび苦境に立たされていた。