第三話
ボーデン公国の小さな町でおいしい料理を食べて、心地よい眠りについた翌日。
サトルたちは朝から活動をはじめていた。
ちなみに、この世界では贅沢品の「新鮮なミルク」付きの朝食もおいしかったらしい。
「草木は燃えていないのに『山は燃えている』のですね……わたくし、そんな魔法があるなんて知りませんでした」
「博識な姫様も知らないとは! 落ち込まないでください姫様! 私も知りませんでしたから!」
「そこは胸を張って言うところじゃないだろ護衛騎士。まあ俺も知らない魔法だけど」
「おおっ、戻ったかサトル! それでどうだった? 情報は手に入ったか?」
石が積み上げられた外壁の前、小さな町の門前広場。
ソフィア姫とプレジア、それに一頭の馬はサトルが戻ってくるのを待っていたらしい。
モンスターや悪しきものだけを燃やす、『教会』の儀式魔法で『山が燃えている』。
サトルは朝から冒険者ギルドで最新の情報を集めてきたようだ。
分身を使わなかったのは、ここが小さな町で同時に目撃されかねないからだろう。
「外壁が低いからここからでも見えるか。プレジア、姫様、山肌が青いのがわかりますか?」
「えっと……」
「むっ。まあ言われてみれば青い、か?」
「あれが儀式魔法による『聖火焔』で、たしかに植物や獣は燃やさないと冒険者ギルドも確認しているそうです」
小さな町の外に広がるのは牧場だ。
モンスターではない牛や羊が飼われており、昨晩の夕食、今朝の朝食とサトルたちがおいしい料理を楽しめた理由でもある。
問題はその奥、サトルが指を差した先。
盆地にある小さな町の先の山々が、儀式魔法『聖火焔』が広がっているエリアだ。
「この先の『冒険者街道』は聖火焔の範囲内。抜け道も範囲内、だそうだ」
小さく首を振って報告するサトル。
ソフィア姫は肩を落とし、馬に化けたベスタはいまいちわかっていない。
「『聖火焔』で燃やされる対象はモンスター、犯罪者なんかの悪しき心を持つ者――」
「おおっ、ならば問題ないな! 私たちは通れそうだ!」
「最後まで聞けってプレジア。あとプレジアは人間とオークのダブルだし『八つの戒め』を破る悪しき心を持ってそうだけど」
問題なさそうだ、と喜ぶプレジアにサトルが突っ込む。
そもそもいまサトルが言った条件でも、プレジアとベスタは引っかかりそうだ。
「サトルさん、対象はそれだけではないのですか?」
「ええ、姫様。問題は……『教会』の信者じゃない者も、燃やされて通れない対象だそうです」
「そんな! ではわたくしたちは通れないということですか?」
「たぶんダメでしょうね」
サトルの顔は暗い。
ティレニア王国からはじまって山岳連邦のルガーノ共和国・ボーデン公国を通り、4000メートル級の山々を抜ける冒険者街道。
通れないとなれば、大きく迂回することになる。
「これは、やはり教会がわたくしたちを進ませたくないということでしょうか……」
ソフィア姫の顔も曇る。
ボーデン公国に入ってからは妨害に遭うこともなく順調に進んできた。
門前広場から見える山を越えれば、山岳連邦を抜けるまで残りわずかだ。
「くっ、姫様を悲しませるなどと! サトル、私はちょっと外すぞ!」
「待て、どこ行くんだプレジア」
「決まってる! この町の教会に直談判して『聖火焔』とやらを消させるのだ!」
「いや俺たちへの妨害工作だとしたら、俺たちが行っても意味ないだろ。それに、この辺の人や教会信者の行商人が助かってるのは確かなんだ」
行動に移ろうとしたプレジアをサトルが止める。
姫様の顔が曇ったことは、プレジアにとって行動する理由になるらしい。姫様ラブの猪騎士である。
「それに『聖火焔』の魔法を使ったのはこの町の教会じゃないそうだ。山奥にある修道院だって」
「むっ、ではそこに!」
「まあ待て。直談判も選択肢だけど、動くのはどうするか決めてからでいいだろう」
すぐにでも突撃しようとするプレジアを止める。
二つのダンジョンを踏破した経験があってレベル65になって強力なスキルを持っていても、サトルの気苦労は絶えないらしい。
馬に変化したドラゴンのベスタは、我関せずとばかりにぼーっとしている。
ドラゴンではあるが、ベスタはほとんど飛べない。
本来のドラゴンとしての体も細身で、背中に人を乗せて飛ぶことは無理らしい。
ボーデン公国の小さな町で、サトルたちの旅に障害が立ちはだかったようだ。




