第十三話
「これから俺は、50人分の疲労とダメージを引き受けることになるんです」
「あっ、おいサトル! 姫様を歩かせて自分は馬に乗るとは何事――ああ、そうか」
姫様を差し置いて、馬のベスタにひらりと乗ったサトル。
注意しようとしたプレジアは、途中で言葉を止めた。
霊廟から出てくる人影を見たのだ。
ダンジョンボスの広間から黒いモヤが開いたゲートを通って、サトルたちがゾロゾロと。
「今回は一人も死んでないからまだ楽だと思う、楽だといいなあ、楽だって信じてる」
分身を吸収する前からサトルはうなだれて、馬上で楽な体勢を模索する。
「すまん俺! ボス鎧を押さえ込もうとした時に腕が折れてる!」
「俺は丸三日寝てないからなあ。がんばれよ俺」
「俺たちが休んで体力回復できれば軽減されるんだろうけど」
「寝ても休んでも体力も魔力も回復しないスキルの謎!」
「じゃないとチートすぎるからな。しょうがないだろオレイレブン」
口々に言いながら、サトルたちは騎乗したサトルに触れる。
サトルに触れたサトルが消えて、馬に乗ったサトルの疲労の色が濃くなっていく。
サトルのスキル【分身術】。
自分と同じレベルで同じ装備の分身を無数に生み出すスキルは強力だ。
とつぜん放り込まれたダンジョン『異端者の地下墳墓』では、最終的には50人のサトルが投入された。
レベル64の猛者が50人。
だからこそ、三日間という短い時間でダンジョンを踏破できた。
だがデメリットは大きい。
分身は無数に生み出されるが、回復魔法やポーションでも傷は回復しない。
魔力も回復しないし、休んでも寝ても体力も回復しないらしい。
減った分の体力や魔力、負ったケガは、分身を吸収するサトルが引き受けるのだ。
今回、サトルは一人も死ななかったが、3日間・50人分の疲労とケガの記憶である。
「あー、これきっつい」
サトルは馬にのったままグデッと体を倒した。
鞍に座って馬の首に抱きつく格好である。
首に腕をまわされて馬が硬直している。絞められるかもと思ったのだろう。サトルにその気はない。とりあえず、いまは。
「がんばれ俺! あと40人分!」
「そうそう、中には一日しか活動してない俺もいるから。がんばれ俺!」
「あ、ごめん、俺ばったりゴーストと遭遇してちょっと漏らした」
「疲れも痛みも恐怖も恥ずかしさも不快感も追体験! ファイトだ俺」
霊廟から出てくるサトルは途切れない。
そして記憶を吸収する以上、分身が体験したことも追体験するらしい。
「あああああああおおおおおお」
サトルは馬の首に身を預けて、奇妙なうめきを上げるだけだ。
馬はまだ硬直している。
「俺、いつも通り俺は残るから」
「あー、オレイチ、俺も残るよ。異端審問官とか教会の使いを警戒しなきゃだし」
「がんばれよ、オレイチ、オレニー。俺は大人しく吸収されます」
サトルがサトルに触れて、どんどんサトルが消えていく。
使い物にならないサトルのかわりに、二人のサトルが道案内と護衛として残るつもりらしい。
「だ、だいじょうぶですかサトルさん? わたくしが新しく覚えた魔法なら回復できるのでは」
「無理です姫様、冒険者時代に頼みましたー」
ソフィア姫を見ることなくボソリと呟くサトル。
分身の体力やケガが回復しないか、すでに10年以上前の冒険者時代にいろいろ試したようだ。
「でもぜんぶダメだったんです。上級の治癒は使い手がいなかったんでわかりませんけどねー」
ダメだったらしい。
チートくさいサトルのスキル【分身術】は、デメリットも大きかった。
「お待たせしました姫様、俺のことは気にせず行きましょう」
「よし! あとは斥候と護衛役の俺たち二人だけだからな! ゆっくり休めサトル!」
一人のサトルがざっと山を駆け下りて、一人のサトルが馬の手綱を引く。
サトルたち遣東使の一行は、旅の二カ国目・ルガーノ共和国で異端審問官と遭遇した。
転移系のマジックアイテムで予期せずダンジョンに放り込まれたものの、三人と一頭は無事に突破した。
少々寄り道をするようだが、用事が片付けばすぐにまた旅に出るのだろう。
ぐったりしたサトルを乗せた馬は、サトルを揺らさないようにそっと歩き出した。
遣東使たちの旅は続く。
寄り道が終われば、次は三ヶ国目。
山岳連邦の一つ、ボーデン公国である。