第十二話
「ここはどこでしょう?」
「コテンと小首を傾げる姿がかわいすぎます姫様! サトル、ここがどこだかわかるか?」
「姫様ラブからの温度差がすごい。んんー、山の形に見覚えがある。ルガーノ共和国とボーデン公国の国境付近だと思う」
「パッと見ただけでわかるなんて、サトルさんはすごいですね。わたくしも、もっといろいろ勉強しなくては」
「引退先を探す時に、ボーデン公国も見に行ったことがあるんですよ」
ダンジョンボスを倒した際、また黒いモヤが生まれた。
初踏破のドロップアイテムを回収すると、黒いモヤは今度はダンジョンの外に繋がった。
サトルたちはダンジョンを踏破して、無事に脱出したのである。
チラッと背後に目をやるサトル。
そこには朽ちかけた霊廟があった。
おそらく、それがダンジョン『異端者の地下墳墓』の本来の入り口なのだろう。
「異端審問官はいないか。やっぱり強制転移させるアイテムだったんだろうなあ。それも思ったより短距離の」
「そうだ! 姫様を危険なダンジョンに送り込むとは! 異端審問官ロッソだったか、次に会った時には私の剣の錆びにしてくれよう! 代々受け継がれてきた魔剣『オーク殺し』の!」
「だからオークに受け継がれてきた剣がその名前でいいのか。まあそうだな、次は問答無用で殺そうか」
「ひっ。ア、アタシの話じゃないよなサトル様? アタシがんばったしこれからも馬としてつぐなうからアタシは大丈夫だよな?」
殺気を感じ取ったのだろう。
自分に馬具をつけるサトルをベスタがチラ見する。
元のドラゴンの姿でサトルと戦った時にボコられたのがトラウマになっているようだ。
卑屈なドラゴンである。最近ではそれが気持ちよくなってきたようだが。マゾドラゴンらしい。水龍系だがビッチではない。
「サトル、この後はどうするのだ? 次に向かうのはボーデン公国なんだろう? このまま行くか?」
霊廟は高台にあったようで、山をくだった先に獣道が見える。
プレジアは獣道を指さしてサトルに問いかける。
サトルがさっき言った「ルガーノ共和国とボーデン公国の国境付近」という言葉を覚えていたのだろう。
三人と一頭の旅程を決めるのは、だいたいサトルだった。
いちおうサトルが提案してソフィア姫が承認する、という形ではあったが。
「……もし姫様さえよければ、最後に立ち寄った街まで戻りませんか?」
「サトルさん? 忘れ物でもありましたか?」
「街によっては冒険者ギルドと教会が繋がっています。でもあの街の冒険者ギルドはおっさんがギルドマスターだし、顔なじみもいて信頼できますから」
「ああ、珍しくサトルが楽しそうに話し込んでいたな。だがなぜ戻るんだ? しかも信頼できるかどうかが大事なのか?」
「教会が遣東使を狙っていると、ティレニア王国に知らせましょう。冒険者を使って俺か姫様が信頼できる人に直接連絡できれば教会にバレることもないかと」
「おおっ、なるほど! そうだな、それはやった方がいいだろう! むっ、王宮内で姫様以外に信頼できる者か……」
「わたくしのお母様なら! そうすればお父様にも報告していただけるはずです」
「それと……身元がわかる人には、遺品を送ってあげたいんです」
大型リュックをポン、と叩くサトル。
中にはマジックバッグである肩掛けカバンが入っている。
その中には、今回のダンジョンで倒したアンデッドが残した品々が納められている。
「サトルさん……ええ、戻りましょう。きっと、亡くなられた方のご家族も喜んでくれるはずです」
そっと微笑むソフィア姫。
スキル【回復魔法】の使い手は、サトルの思いつきに賛成なようだ。
「姫様の慈悲深さに心が洗われるようだ……よし、すぐ行くぞサトル!」
姫様の賛成を受けて、護衛騎士で姫様ラブ過ぎるプレジアもためらいなく寄り道を決めた。
即断即決の猪騎士である。
ベスタの言葉はない。
白馬を殺したつぐないに馬に化けたドラゴンは「サトル様の言うことは絶対!」状態らしい。大丈夫か。
「やる気充分みたいだな、プレジア。そのやる気を頼って任せたいことがあるんだが……」
「むっ、なんだサトル?」
「『ダンジョンを出た後に本気を出してくれ』って言ったろ? 姫様、申し訳ありませんがダンジョンと同じように歩いていただいてもよろしいですか?」
「はい、わたくし、がんばります! でもどうしてでしょうサトルさん?」
ソフィア姫はサトルのお願いをあっさり受けた。
王族で、本来は外を行く時は箱馬車に乗って移動する身分なのに。
長く厳しい旅をする遣東使として覚悟をしてきたのだろう。
ただ、理由がわからない。
遺品や初踏破のドロップアイテムはまるごとマジックバッグに入れられているため、荷物が増えたということもない。
ソフィア姫はコテンと首を傾げた。
馬具をつけたサトルがヒラリと馬に乗る。
サトルに乗られたベスタがビクッと体を震わせる。
「これから俺は、50人分の疲労とダメージを引き受けることになるんです」
そう言って、サトルはうつむいてため息を吐いた。
できればやりたくない、と言わんばかりに。




