第四話
「そんでどうした? 冒険者に復帰するのか? サトルなら歓迎するぞ?」
「いや、旅の途中で寄っただけだよ。遣東使に任命されたんだ」
「はあっ!? サトルが遣東使? そいつはまた……安全と安定と清潔さを求めてティレニアに行ったヤツが、遣東使、なあ」
「まあ便利な魔道具もあるし日の本の国にも興味あるし、安全にやってくつもりだから。それより、おっさんが引退? ギルドマスター? 生涯現役って言ってた『傷だらけの禿頭』が?」
「ああ、まあちっとダンジョンでドジ踏んでな。こうなっちゃ冒険者はできねえよ」
ギルドマスターが右手を上げてひらひらと振る。
中指と薬指の間から鋭利な刃物で斬り裂かれたかのように、指と手の一部が欠けていた。
利き手の薬指と小指をなくしたら、戦いに身を置くのは難しいだろう。
異世界に来て二年を過ごした街で、サトルは顔なじみの元冒険者と会話していた。
同じ冒険者だったのに一方は遣東使となり、一方はギルドマスターになったらしい。
「こうして生きてるし、日常生活にゃ問題ねえからな。それになんだかこっちに才能があったみたいでよ、いまじゃギルドマスターなんだぜ?」
「おっさん……回復の魔法で治らないのか?」
サトルがチラッと後ろに視線を送る。
ソフィア姫は眉を寄せて、悲しそうな顔で首を振った。
「申し訳ありません。高位の【神聖魔法】なら治るそうですが、わたくしの【回復魔法】では……」
「あー、気にするな嬢ちゃん。いまじゃ楽しくギルマスやってっから。それに、この前来た遣東使の中にいたレベル高そうな聖職者さんも治せないって言ってたしな」
初対面なのに治せないことを謝るソフィア姫に、おっさんは笑ってひらひらと手を振った。
プレジアは姫様の優しさに涙ぐんでいる。
「んでサトル、用件はなんだったんだ?」
サトルたちの重い空気を振り払うためだろう。
おっさんはなんでもないように話題を切り替えた。
「おっさんがギルドマスターならちょうどいい、いろいろ頼もうかな。俺の冒険者証を復活させたいのと、あとは倒したモンスターも買い取ってほしい。本題はこの辺の情勢や地理、モンスターに変化ないか、ほかの遣東使のことを聞きたかったんだけど。あと、その聖職者についても」
「おし、昔のよしみだ、任しとけ。んじゃ別室に行くか」
冒険者としての再登録。
とうぜんサトルのレベルとスキルがバレるが、そもそもおっさんにはレベルはある程度、スキルは二つとも知られている。
モンスターの素材の売却。
サトルはソロでダンジョンを踏破しているため、マジックバッグを持っていてもおかしくない。サトル自身、おっさんは薄々気付いてただろうと考えていた。
それと、本題である周辺の情勢と地理。
遣東使としての当然の情報収集である。いつもは分身を先行させて街で情報を集めていたのだが、昔なじみがいるこの街では直接聞くことにしたようだ。
ほかの遣東使の情報が入っていないか確かめるのもいつものことである。
話に出た以上は聖職者の情報も見逃せなかった。
日の本の国は、ティレニア王国の国教である『教会』とは宗教体系が異なる。
教会は遣東使自体に反対しており、聖職者は潜在的な敵となりうる。
しかもソフィア姫はスキル【回復魔法】持ちなのだ。
教会いわく「回復の魔法を使えるのはスキル【神聖魔法】持ちのみで、それこそが神から授かった奇跡であり、神の存在証明」なのに。
このことが知られれば、教会はソフィア姫を亡き者にしようと狙ってくるだろう。
冒険者時代のサトルを知る人間がギルドマスターと聞いて、サトルはいろいろお願いすることにしたようだ。
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「この街を通った遣東使たちはこの先で足取りが途絶えた、か」
「何かあったのでしょうか……」
「心配いりません姫様! 何があろうともこの私が姫様をお守りいたします!」
けっきょく一泊ではなく二泊して、サトルたちは街をあとにした。
あまり長居しなかったのは、10年前のサトルを知る人たちから暴露される黒歴史が恥ずかしかったのかもしれない。あと、必ずプレジアかソフィア姫との関係を冷やかされるのが。初心か。30歳のおっさんなのに。
ともあれ、周辺の情報や地理を教えてもらえたのは僥倖であった。
サトルたちは迷うことなく山岳連邦・ルガーノ共和国を進み、この山を越えれば連邦内の別の小国、ボーデン公国に入る。
最近はモンスターが少ないという山道を通っていたときのこと。
険しい坂道の先に人影が見えた。
道の真ん中に一人たたずんでいる。
何かあったかとサトルが注視する。
人影は背に陽光を受けてシルエットしか見えない。
不意にサトルたちに声がかけられた。
「あなたは神を信じますか?」




