第三話
サトルたち一行が山岳連邦を旅すること一週間、王都を出立してから二週間が経った。
順調に『冒険者街道』を進むサトルたちは、山岳連邦のルガーノ共和国を旅している。
「予定より早く到着したな」
「順調だなサトル! これなら東の果てもすぐではないか?」
「さすがにそれはないぞプレジア。旅のスピードが上がったのは確かだけど」
「ふふ、それもベスタさんのおかげです。がんばってくれてますよ」
「なんたってアタシはドラゴンですからね! 馬より速くて最強でいえなんでもないですサトル様だから叩かないでくださいでも軽くなら叩いてもらいたくてですね」
予定よりも早く旅程が進んでいるのは、馬に変化したドラゴンのおかげだ。
動きは常歩なのに、普通の馬では考えられない速度が出ている。
しかも山道を苦にすることなく、時おり現れるモンスターを蹴散らすことも可能だ。
というか休憩の時にはサトルの分身と一緒に消えて、周辺のモンスターを排除していた。
口を血で濡らして帰ってくるあたり、安全確保兼食事なのだろう。
「まさか、またここに来ることになるなんてなあ」
一行は、次の街が見える高台の上で立ち止まった。
街を見下ろしたサトルがぽつりと呟く。
「サトルさんはあの街に来たことがあるのですか?」
「ええ、姫様。この場所も、あの街も」
後ろを振り返るサトル。
その目はソフィア姫やプレジアではなく、何もない場所を見つめていた。
どこか懐かしそうに、どこか寂しそうに。
街を見下ろす高台と、眼下に見える街。
12年前、普通の高校生だったサトルがこの世界で最初に目にした思い出の景色、思い出の地である。
「さすがに見知った顔はいないか。あー、受付嬢さん。おっさん、おっと、『傷だらけの禿頭』って冒険者はいますか?」
山から流れる川を横手に、外壁にぐるりと囲われた小さな街。
高台を下りて街に入ったサトルは、迷うことなく冒険者ギルドへやってきた。
石造りの冒険者ギルドの中に入ると一度酒場を見まわして、カウンターの受付嬢に話しかける。
この街を知っているらしいサトルの行動に、ソフィア姫と護衛騎士のプレジアは大人しくついてきた。
まあツアーコンダクターのように、これまでの旅もサトルが先導していたのだが。
ベスタと名付けられた馬、もとい、ドラゴンは冒険者ギルドに併設された馬房で待たされている。
「すかーへっど、ですか……?」
「ああン? また懐かしい名前だなおい」
受付嬢は小首を傾げたが、心当たりのある人がいたようだ。
ズカズカと近づいてきて、サトルの顔を覗き込む。
「コイツは驚いた、新人じゃねえか! ひさしぶりだなおい!」
「おっさん、俺はもう新人じゃないって。何回やらせるんだこのやり取り」
「ははっ、その返しも懐かしいなサトル! ――待て待て待て。まさかと思うがサトル、そのお嬢ちゃんたちはパーティメンバーか!? あの『ぼっちの踏破者』が!? さてはお前サトルじゃねえな!?」
「その二つ名はやめろっておっさん。俺がぼっち道を極めたみたいになってるじゃん。あとひさしぶりなことより俺に同行者がいる方に驚くってどうなの――は? ギルド職員の制服?」
「おう、俺も冒険者を引退したのよ。いまじゃ立派なギルド職員さんだ」
ニヤリとサトルに向けて笑いかける男。
サトルに声をかけてきたのは、歴戦の老戦士といった風情のゴリマッチョだ。禿頭で、頭や顔に古傷が残る凶悪な面相である。
「お知り合いですか、ギルドマスター?」
「ああ、古馴染みだよ。『ぼっちの踏破者』『孤独を貫く男』『最強の臆病者」
「やめろおっさん、なんか辛くなってくる。違うから。俺はコミュ症じゃなくて好きでソロだっただけで」
「サトルさん……だ、だいじょうぶです。わたくしは遣東使の仲間ですから」
「くうっ、姫様はなんとお優しいのか! 安心しろサトル、私だってサトルのことは認めている! 大事な旅の仲間だ!」
「おうおう、よかったじゃねえかサトル。べっぴんさんたちがこう言ってくれてんぞ? 友達とも恋人とも言ってねえがなあ」
「ぐっ。せっかく来たのにヒドいなおっさん。俺が初めて冒険者ギルドに来た時はあんなに心配してくれたのに」
「はは、悪い悪い。そんでどうした? 冒険者に復帰するのか? サトルなら歓迎するぞ?」
カウンターを挟んでサトルと気安く会話する男。
『傷だらけの禿頭』と呼ばれた男は、サトルがこの世界に来た初日に冒険者ギルドで声をかけてきた冒険者だった。いまでは引退しているようだ。
サトルは、凶相なのに面倒見がいいこの男に会うために、冒険者ギルドにやってきたらしい。
昔話にダメージを受けながら、サトルは楽しそうだった。
18歳の時にこの世界にやってきて、二年を過ごした街。
短い期間だったが、それでもサトルはこの街の冒険者と親しい関係を築けたようだ。決してずっとぼっちだったわけではない。決して。