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第九話


「なんだか担いで運ばれてる気分だ……」


 目を閉じたままサトルが呟く。

 前屈のようにお腹のあたりで体を曲げて、手足はぶらぶらと垂れ下がっている。


「それに揺れてる気がする……」


 サトルはうっすらと目を開けた。

 灰色っぽい馬のお腹と脚が見える。

 横に流れていく地面も。

 

サトルは()()()()に運ばれているらしい。


「なんだこれ。俺、気絶する前は川原で寝てたのに」


 ぼそりと呟く。


 サトルはスキル【分身術】を使ってドラゴンを倒した。

 その後、分身の「死」を6回追体験して気力が尽きて寝ていたはずだ。

 命乞いするドラゴンに適当なことを言って、生き残りの分身とソフィア姫、護衛騎士のプレジアに対処を任せた。

 サトルの記憶はそこまでである。


「おおっ、サトル、目覚めたか!」


「サトルさん! わたくし、心配で、何度も回復魔法をかけて、でも効果がなくて……よかったです……」


 サトルの独り言が聞こえたのだろう。

 プレジアの声と、涙ぐむソフィア姫の声がサトルの耳に届いた。


「姫様もプレジアも無事ですか、よかった。……ところでこの状況は?」


 馬に運ばれるまま問いかけるサトル。

 体を動かすのが億劫だとばかりに、チラッと目線だけで周囲を確かめる。


 サトルを乗せた芦毛の馬は山道を登っていた。

 ソフィア姫とプレジアは馬の背後、少し離れた場所を歩いている。

 サトルの分身が一人、馬と二人の間を歩いている。


「川原から出発したのか。……ドラゴンはどうしたんだ? 殺してレベルを上げた?」


 6回の死を追体験したサトルは、まだ気力が戻ってないのだろう。

 ぐでっと馬に体を預けたまま、ソフィア姫とプレジアに問いかける。


 なぜか、サトルを運ぶ馬の体がビクッ! と震えた。


「あー、俺になんて説明したらいいか……まあいいや、俺を吸収すれば何があったかわかるから、俺」


「そうだな、そうするか」


 サトルとサトルが言葉を交わして、サトルがサトルに触れる。

 サトルの分身の術が解除され、サトルは馬に乗せられた一人だけになった。


 サトルのスキル【分身術】。

 解除すると、分身が体験したケガも死も、上がったレベルも消費した体力や魔力も吸収する。


 ()()()()()()()()()()


 遣東使として旅をはじめてから、時おりサトルが分身を先行させたのはこの能力のためだ。

 先行偵察の結果は、報告されずとも簡単に受け取れるのである。


 サトルが気絶していた間、分身が見聞きした記憶が流れてくる。


 サトルは目を見開いた。


「……そうか。本当に、()()()()()のか」


 だらんと垂れ下がった手を持ち上げて、ぺちんと馬を叩くサトル。

 軽く叩いただけなのに、芦毛の馬はビクゥッ! と大げさに反応した。


「そう、私も信じられなかったのだが! 姫様の優しさが奇跡を起こしたのだろう!」


「そんな、プレジア、わたくしは何も」


 馬の後ろを歩く主従はあいかわらずだ。

 ただ、ソフィア姫が自らの足で町の外を歩くのは珍しい。

 二人とも警戒しているのだろう。


 文官だと思っていたのに実はレベル64で、ソロでドラゴンを倒すほど強力なスキルを明かしたサトルを。

 いや違う。


 二人が警戒しているのはサトルではなく、()()()()()()()()()()()


「ひっ!? ごめんなさいごめんなさいもうニンゲンを襲いませんから許してください」


「ああ、馬になっても話せるのか」


「ごめんなさいアタシなんかが人語を話してごめんなさい白馬のかわりをしてつぐないますからどうか命だけは」


 腹這いになったサトルの下で、ドラゴンが変化(へんげ)した馬はぷるぷると震えている。

 サトルの分身に囲まれてボコられて、すっかり心が折れたらしい。


「サトルさんが目を覚ましたらどうするか決めようと思っていたのです。白馬が殺されたのは辛く悲しいですが、こうして償っていただけるなら、わたくしは」


「姫様はなんと慈悲深い! サトル、姫様がこう言っているのだ、生かしてフランシーヌの分まで働いてもらおうではないか!」


「誰だよフランシーヌって。すまん白馬、ここまで一緒にがんばって旅してくれたのに」


「ティレニア王国では、罪を犯した者は犯罪奴隷となり、過酷な労働を経て悔い改めれば解放されることもあります。ドラゴンさんは白馬を殺したことを悔いているのです。殺すのではなく役務に就かせることで」


「おいドラゴン」


 ソフィア姫の考えを最後まで聞かずに、サトルはドラゴンに呼びかけた。

 サトルがぺしっと軽く馬体を叩くと、馬はぴたっと足を止める。


「ななななんでしょうなんでも聞いてくださいアタシなんかに答えられることならなんでも」


「人を殺したことはあるか?」


 サトルが問いかける。小役人らしからぬ冷たい声だ。

 馬の腹に当てた手に力を込めて、指先がやわらかな腹を押す。


「ありません! 一度もありません! アタシいままで洞窟にすんででニンゲンはアタシに食べ物をくれてだからニンゲンを襲ったことはなくてさっきだって馬がおいしそうだっただけでニンゲンを襲う気はなくて」


「あー、たしかに、俺たちを襲おうとはしてなかったか。まあトモカ妃、王族から下賜された白馬を襲ったってだけで普通は死罪だけど」


「ひっ!? ごめんなさい許してくださいアタシ馬にでもなんでもなりますから」


「サトルさん、待ってください。ドラゴンさん、『ニンゲンはアタシに食べ物をくれて』ですか? プレジア、サトルさん、このあたりにドラゴンの情報はありましたか?」


「さすが姫様、冷静で賢いです! いえ、騎士団にはそんな情報はありませんでした! 人とドラゴンが馴れ合うどころか、このあたりにはドラゴンの目撃情報さえありません!」


「たしかに、おかしいですね姫様。先行させた分身も何も言ってませんでした。この先の砦までの情報を集めさせたんですが」


「ほ、ほんとうだ! ほんとうなんだぞ! ニンゲンはアタシに食べ物をくれて、もうすぐオトナになるからお酒でお祝いしてくれるって!」


 人語を理解できるドラゴンは、疑われていると思ったのだろう。

 焦ったようにニンゲンたちの会話に口を挟む。


「お祝いのあとは村が豊かになるからどんどん食べて大きくなるんだぞ!って! だからアタシはニンゲンを襲ったことも殺したことも食べたこともないぞ! えっと、村のまわりのモンスターを倒して食べたりしてたけどそれは大丈夫ですよね?」


「『村』だと? 姫様、やはりそんな話は聞いたことがありません!」


「……サトルさん、わたくし、なんとなく考えてることがあるのですが」


「ええ姫様、俺もです」


 ドラゴンと共存する村。

 護衛騎士のプレジアいわく、騎士団にはそんな報告は上がっていないらしい。

 ソフィア姫とサトルは、目を合わせて頷きあう。


「モンスターを喰わせて村の安全を確保する。成長してきたら酒に毒を入れて殺す。ドラゴンを殺せばレベルが上がるし、牙も爪も角も鱗も、肉や血も、ドラゴンは全身が高値で売れる素材だから」


「わたくしもそんなことを考えました。しかも、国や騎士団にナイショで」


 サトルとソフィア姫は、ドラゴンの言葉からそんなストーリーを推測したようだ。


「な、なんと危険なことを! 大変です姫様すぐに報告しなければ! 村一つの被害ではすまないかもしれません!」


「落ち着けプレジア、もう終わった話だ。ドラゴンは()()にいて、下級とはいえ官吏の俺と、姫様がその村の話を知った」


「わたくし、民を危険にする村を放置できません!」


「姫様、この山を登れば砦と町があります。国境の守護たる第二騎士団、モンスター対策に第三騎士団が詰めているはずですから、そこで報告しましょう」


 いきり立つ姫様をサトルがなだめる。

 サトル、黄門的なトラブル解決には向かわないらしい。

 一行の目的は諸国漫遊ではなく、東の果ての国へ行って帰ってくることなので。


「じゃ、じゃあアタシは騙されてたのか? ニンゲンたちのいいようにされて殺されるところだった?」


「確定じゃないけどな。まあ村人から騎士団にも役所にも報告がないんだ、なにか企んでたことは確かだろう」


 目を丸くするドラゴンにサトルが補足する。

 推測にすぎなくても、少なくともその村人とやらはティレニア王国の国民としての義務を怠っている。

 調査の結果次第では、村がまるごと消えてなくなるだろう。


「あのそれでアタシはニンゲンを襲ったことなくてむしろ騙されててだからみなさまもアタシを殺さないですよね? こうして馬になったりなんでもしますから!」


「サトルさん、わたくしからもお願いします」


 ソフィア姫がサトルに頭を下げる。

 プレジアはソフィア姫が決めたことに何も言わない。

 ドラゴンが化けた馬は頭を下ろしてサトルをチラ見する。


「……ちっ。姫様とプレジアのレベルを上げるいい機会だったのに」


 そう言って、サトルはベチッと馬を叩いた。

 それだけで、馬はビクッと体を震わせる。


「人間を襲ったことがなくて、馬として働いてくれるんならいいんじゃないでしょうか。便利だし、元はドラゴンなわけできっと頑丈でしょうから」


 ぺちぺちと馬の腹を、尻を叩きながらサトルが言う。

 サトルはなんとなく叩いているわけではない。

 どちらが上か教え込んでいるのだ。

 しつけである。


「ところでドラゴン、元の姿に戻って飛べないのか? そうすると旅がすごくラクになるんだが」


「ごめんなさいアタシはまだオトナじゃなくてちょっと浮くのが精一杯でとてもみなさんを乗せて飛べなくて」


「そううまくはいかないか。それに、姫様とプレジアのレベルを上げとかないとなあ。まさか、このドラゴンが裏切るわけないだろうけど」


 サトルはいままでより強く、ベチンッ! と音を立てて馬の尻を叩いた。

 もしドラゴンがその気になれば、サトルはともかくソフィア姫とプレジアが危ない。

 しつけである。


「ごめんなさい馬としてがんばりますから殺さないでください、叩かれるのはガマンします、でもあんまり痛くしないでください、ちょっとぐらいなら痛くされるのもかまわなくてなんだか気持ちよく違うぞアタシそうじゃない」


 囲まれてボコられて心を折られて上下関係を叩き込まれたドラゴンは、何かに目覚めたのかもしれない。


 サトルたちが遣東使として旅をはじめてから一週間。

 白馬は失ったものの、かわりに強力な馬? を手に入れたようだ。



 三人と一頭の旅は続く。

 間もなくティレニア王国最後の町と国境の砦が見えてくるだろう。

 一行はようやく、二カ国目に入るようだ。


 ところで、三人と一頭とカウントするかどうかは怪しい。

 なにしろサトルは何人にでも分身できて、馬はドラゴンなのだから。


 …………とにかく。

 奇妙な遣東使一行の旅は続く。




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