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第七話


 川原に現れたドラゴンが、グルルルルッと喉を鳴らしてサトルを見つめている。

 前脚の爪は地面に食い込んで、いまにも飛びかかりそうだ。

 口元からポタポタ垂れるのは白馬の血だろう。


「サトルさんが、レベル64?」


「そうです姫様。黙ってて申し訳ありませんでした」


「だ、だがサトル、無謀だ! たとえ本当にレベル64だろうと、ドラゴンは高レベルの者が()()()戦う相手だぞッ!?」


 ソフィア姫の疑問に答えることなく、護衛騎士プレジアの警告を気にすることなく、サトルはすたすたとドラゴンに近づいていく。


「それと……スキルも、黙っていて申し訳ありませんでした」


 サトルは振り返らない。

 濃いブラウンの革鎧、厚手のマント。

 左の前腕には円盾を固定し、右手には1メートル半ほどの杖を持って、悠々とドラゴンに近づいていく。

 構える気配はない。


「プレジアの固有(ユニーク)スキル【八戒】と同じように、俺も固有(ユニーク)スキル持ちなんです。それも、プレジアよりチートくさいスキルを」


 通常、レベル差が10以上あると対峙することもままならない。

 なんでもないように近づいてくるサトルを見て、ドラゴンは縦長の瞳孔を見開いた。

 自分に怯えない存在など、初めて見たのだろう。

 ドラゴンが逃げ腰になったように見える。


「下がれサトル、ここは逃げるぞ! いくら強いスキルを持ってたって、ドラゴンと()()()なんて! 高レベルのサトルと私なら姫様を連れて逃げ切れるはずだ!」


「そうです、サトルさん!」


 悲鳴じみたプレジアとソフィア姫の言葉に、サトルは唇を歪めて笑った。


「ははっ、大丈夫ですよ姫様、プレジアも。ドラゴンと()()()なんて、俺もごめんですから」


 ドラゴンとにらみ合う。

 サトルはチラリと、白馬の残骸に目を向けた。

 わずか一週間といえど、たしかに一緒に旅をしてきた白馬を見て。


 覚悟を決める。


「姫様、プレジア。これが俺のスキルです」


 ぐるっと杖をまわして、ついにサトルが構える。


「分身の術ッ!」


 杖を横に構えてポーズを決めるサトル。

 と、サトルが増えた。

 一人だったサトルが三人(・・)に。


「……うん? サトルが三人?」


「サトルさん? わたくし、恐怖で目がおかしくなったのでしょうか。サトルさんがたくさんいます」


 サトルの背後にいたプレジアとソフィア姫は小首を傾げる。

 相対していたドラゴンの瞳孔が見開かれる。


「ドラゴン相手じゃ三人は無理か」

「そりゃそうだろ俺。白馬の仇だし派手にいくべきじゃない?」

「オレイチに賛成。姫様とプレジアに初披露だしな!」


 サトルがサトルと話し合う。

 サトルはサトルの意見を採用してサトルに頷く。


「分身の術ッ!」


 ふたたび杖を構えてポーズを決めるサトル。

 今度は三人で違うポーズをしている。戦隊モノか。

 と、サトルが増えた。

 三人だったサトルが、9人()に。


 いや。

 まだまだ増えていく。


「プレジア、わたくしはもうダメなのかもしれません。サトルさんがたくさんいて、どんどん増えていきます。これは夢なのでしょうか。それとも実は、わたくしはもう死んでいるのでしょうか」


「姫様、お気を確かに! サトルは『スキル』だと言っていましたからこれはきっと! いやそんなスキルがあるんだろうか……」


 増殖するサトルを見て、姫様はふらっとしてプレジアに寄りかかった。

 抱きとめたプレジアは、愛しの姫様に興奮することなくサトルを見つめる。


「あー、プレジアの言う通り、これはスキルだ。俺の固有(ユニーク)スキル、【分身術】の」


 スキル【分身術】。

 増えたサトルも本体のサトルと同じ格好をしている。

 ちなみに杖を構える必要はない。厨二病の残滓である。


「分身。つまり身を分かつということか? サトル、ではレベルは? 戦闘力や魔力は? 分散されてるのではないか?」


 ソフィア姫を胸に抱きながら問いかけるプレジア。

 意外に冷静なのは、騎士として訓練と実戦を重ねたゆえか。

 サトルたちに驚いて目を丸くしたドラゴンがプレジアに視線を送り、サトルたちに視線を戻す。

 プレジアの質問を理解して、ドラゴンも答えを求めるかのように。


「スキル【分身術】は、装備してる武器防具も含めてそっくり俺と同じ分身を作り出す。だから……分身のレベルも64だ」


「な、なんだそれはッ!? ではここにいるサトルたちは全員レベル64だとッ!? つ、強すぎるではないか!」


「まあデメリットもあるんだけどな。その辺はまたあとで」


 あまりにチートくさいスキルに、プレジアはちょっと引き気味である。

 あとドラゴンもサトルからちょっと体を離そうとしている。


 30人()のサトルが、わらわら川原に広がって逃げ腰なドラゴンを半包囲する。


「一緒に旅してきた白馬の仇! あと俺にこのスキルを使わせた怒り! いくぞ俺たち!」

「正面は任せたぞオレイチ!」

「逃がすな、まずは翼を封じるぞオレニジュー」

「右の翼は任せろ! 行くぞオレック!」

「オレッシ勇敢かよ。俺もいくぞ!」


 サトルがサトルに指示を出し、サトルたちがドラゴンに飛びかかった。


「……サトル? その、分かつ身はそれぞれ名前が決まっているのか?」


「いや、適当だ」


「は? だがそれで通じるのか? ドラゴンに勝つには事前の作戦と息の合った連携が必要だと言われて――」


「分身でも俺だからな。その辺は心配ないぞ」


 本体らしきサトルはドラゴンと戦うことなく、プレジアとソフィア姫の前に戻ってきた。

 二人の護衛を務めるつもりなのだろう。


「推定レベル40ちょい! イケるぞ俺たち!」

「話に聞くドラゴンより弱い気がする! このまま押し切るぞ俺サン!」

「オレ30、援護する! 伸びろ如意棒!」


 ドラゴンの正面にいるサトルは力任せに杖を打ちつけ、下半身を川に浸したサトルがドラゴンの爪を円盾で受け流す。

 横に回り込んだサトルが、ドラゴンの脇腹に杖を突き込む。

 川原でしゃがんだサトルは、サトルの足場になってサトルを飛ばせ、ドラゴンの翼を封じようとしている。


「サ、サトルさん? なんだか杖が伸びているように見えるのですが」


 ドラゴンに群がる29人のサトル。

 現実離れした光景である。

 ソフィア姫は目の前の光景が信じられないようで、質問の口調もおそるおそるだ。


「ああ、これはダンジョンで見つけた魔法の武器、マジックウエポンなんです。思い通りに伸び縮みして便利なんですよ。打撃武器ですから、硬い敵にも効果的ですしね」


「ドラゴンの鱗を通してダメージを与える……そんなマジックウエポンなど国宝級ではないか!」


 サトルのスキルのみならず、武器にも驚愕するプレジア。

 サトルの武器である1メートル半ほどのまっすぐな棒は、ダンジョンを踏破した際に手に入れた武器だ。

 単なるウォーキングポールや登山杖ではない。


 暴れるドラゴンと戦うサトルたちをよそに、なんだか平和な会話である。


「しまった! 避けろオレイチ! オレジューク」

「間に合わない! くっ、勝てよ俺たち!」

「オレイチーッ!」


 ドラゴンが大きく息を吸い込んだのを見て、サトルたちが騒ぎ出す。

 ドラゴン最大の武器。

 ブレスの予備動作である。


 ドラゴンと戦うのは初めてとはいえ、その有名な攻撃は知っていたのだろう。


 正面を受け持っていたサトルが、自らドラゴンの口に飛び込んだ。

 ミスリルをも穿つドラゴンの牙がサトルの体に喰い込む。


「ぐはっ。の、伸びろ、如意棒……」


 捨て身の攻撃だったらしい。

 口内で伸ばされたマジックウエポンが喉に刺さってドラゴンがのたうちまわる。

 サトルは自らの命を捨てて、ブレスを防いだようだ。


 我が身を犠牲に周囲のサトルたちを守り、背後のソフィア姫とプレジアとサトルを守るサトルの献身である。


「オレイチ! いくぞ俺たち、オレイチの死をムダにするな!」

「よし! 右の翼は破ったぞ俺たち!」

「よくやったオレシチ! 左の翼は俺24と俺十三に任せろ! 根元から折ってやる!」


 サトルの自己犠牲に、ドラゴンと戦うサトルたちが勢いづく。


「サトルさん! わたくしのスキル【回復魔法】でいま回復を!」


「ダメなんです、姫様。ここから動かないでください」


「どうしてですかサトルさん!? サトルさんがあんなに血を流して! サトルさんがあんなに傷付いて!」


「分身は回復できないんですよ。魔法でもポーションでも、薬でも、休憩してもダメでした。……それどころか、魔力も体力も回復しないんだよなあ」


「そんなっ!? で、では、わたくしたちを守るために、サトルさんがケガをして、たくさんのサトルさんが死んで」


「姫様……なんとお優しい……」


「待てそれより姫様があっさり分身を理解したことに驚けよ護衛騎士。あー、俺のスキル【分身術】はチートくさくて強力ですが、デメリットもデカいんです。だからいままで秘密にしてたわけで」


 サトルとソフィア姫とプレジアが話している間に、戦いは決着に近づいていた。

 我が身を犠牲にしてドラゴンのブレスを防いだサトルのおかげである。


 ドラゴンの翼は折られ、攻撃を受けた無数の鱗がひび割れている。

 口に刺さった()()()が、ブレスを許さない。

 ダメージが蓄積して動きが遅くなったドラゴンの背に、首に、頭にサトルが取り付いてちまちま攻撃を重ねる。


 ズンッと音を立てて、ドラゴンが倒れた。


「よっしゃいまだ! 囲んでボコれ俺たち!」

「これは白馬の分! これはオレイチの分! そしてこれが俺の分だ!」

「目だ、目を狙え! 行くぞオレック!」

「なあこっちの世界の龍って逆鱗があるタイプ? たしか弱点だったよなオレッパチ?」

「俺が知らなかったら俺が知るわけないだろ! いいから攻撃しろ俺イレブン!」

「口、目、逆鱗。あと弱そうなところはどこだ? 鱗がない方が……あ。尻尾の裏の」

「やめろ俺トゥエンティワン。それはさすがに俺も引く」


 倒れたドラゴンたちをサトルが囲む。

 容赦する気はないらしい。

 いちおう、とある場所に杖を突き刺すことはやめたようだ。


 ボコられ続けるドラゴンの動きは次第に緩慢になる。

 刃物の場合、よほどの名剣でなければドラゴンの鱗で防がれることを考えると、武器の相性もよかったのだろう。

 ドラゴンの硬い鱗も分厚い筋肉も、衝撃が積み重なればダメージを受けるようだ。

 高レベルゆえの地力とマジックウエポンと人数による力技である。


 ついにドラゴンは抵抗をやめた。

 地に伏せたままピクリとも動かない。


 サトルは一人二人とドラゴンから離れ、後方のサトルを見つめる。


「よし。プレジア、その剣はドラゴンの鱗を斬れるか?」


「さ、さあ、どうだろうか。試してみないことには」


「ちょっとでもダメージが入るなら、プレジアと姫様に攻撃させよう。レベルは上げておいた方がいいからな」


 サトルたちがドラゴンから離れたのは、慈悲ではなかったらしい。


「サトルに騎士道精神はないのかッ!?」


「その、サトルさん、わたくし、さすがにドラゴンがかわいそうになってきました」


 護衛騎士とお姫様、サトルの所業にドン引きである。


「いやそこは高潔な精神より安全第一だろ。あれ? 冒険者パーティや貴族や兵士、騎士なんかはやってることなんじゃないのか?」


 ずっとソロで冒険者をしていたサトルは、みんなパワーレベリングしているものだと思っていたようだ。

 10年働いたのは小役人としてであり、そのへんの常識は知らなかったらしい。

 ぼっちの哀しさよ。




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