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第五話


 遣東使として旅に出てから二日目の夜。

 サトルは宿屋の一室、窓際に座っていた。


 窓、といってもサトルが元いた世界のように窓ガラスがはまっているわけではない。

 窓には木製の鎧戸がついており、サトルはわずかに隙間を開けて外をぼんやり眺めていた。


 と、ソフィア姫と護衛騎士のプレジアが眠るベッドを隠していた衝立てがわりの布が揺れる。


「サトルさん。ねむれないのですか?」


「姫様、起こしてしまいましたか?」


 現れたのはソフィア姫だった。

 寝間着らしきやわらかそうな素材の服に、肩からケープをかけている。


「いえ、サトルさんのせいではありません」


 隣のベッドで寝ていたプレジアを起こさないようにだろう。

 ソフィア姫は静かに窓際にやってきた。


「わたくしも座っていいですか?」


「おっと、これは失礼しました。それと香草茶でよければこちらに」


 ソフィア姫は王族でサトルは平民なのに、ソフィア姫が見下す様子はない。

 後ろ盾がない第八側妃の娘、という自覚のせいかもしれない。

 王族といえど、王宮内では自由に振る舞える立場ではなかっただろう。


 促されるままに、ソフィア姫は小さな丸テーブルを挟んでサトルの向かいに座る。

 サトルはマジックバッグからティーポットを取り出して、木製のカップに注いだ。


「熱いので気をつけてください」


「ありがとうございます」


 両手でカップを持って、ふーふーと熱を冷ますソフィア姫。

 鎧戸の隙間から差し込む月の光がソフィア姫を照らす。


「こうして見ると、なんだか普通の8歳の女の子のようですね。いえ、王族の方に失礼な言い方かもしれませんが」


「ふふ、かまいませんよ。わたくしたちは、これから長い旅をする仲間なのですから」


 ソフィア姫がニコリと笑顔を見せた。

 計算した言葉ではなく、心からそう思っているのだろう。


「……同室で申し訳ありませんでした」


「急にどうしたのですか?」


「俺がいるせいで眠れなかったのかと」


「いえ、そんなことはありませんよ。わたくし、なんだかねむれなかったのです。明日はどんなことがあるだろう、どんな景色が見られるだろうって楽しみで」


 ソフィア姫は、王宮から出るのもこの旅がはじめてなのだという。

 乗馬の練習さえ王宮内の訓練所でしていたそうだ。


「それにわたくし、野宿だってするつもりなのですよ? お母様からたいへんな旅だと聞いているのです」


 そう言って、ぐっと右手で拳を作る。

 やる気アピールらしい。


 サトルが、チラッと衝立てがわりの布に目を向ける。

 なんだか「むぐっ」と、まるで悶えた声を呑み込んだかのような音が聞こえたがきっと気のせいだ。変態の姿はない。


「姫様はいろいろと覚悟されてきたのですね」


「そうです! わたくし、遣東使をがんばるのです!」


 左手もぐっと握った。

 ダブルやる気アピールらしい。


「なぜです姫様? 『絶対に就きたくない役職10年連続No.1』で死亡率99.9%の遣東使ですよ?」


「わたくしは……お母様が泣いているのを見たことがあります」


 拳をほどいて、ソフィア姫が両手でカップを包み込む。

 うつむいたソフィア姫の青い瞳は見えない。


「まだ幼い頃、こうして眠れなかった夜のことです。わたくしはお母様の部屋に行きました。扉から中を覗くと、お母様は故郷から持ってきたキモノを手に泣いていたのです。やさしく、つよいお母様が」


 過去の遣東使は、日の本の国へたどり着いた。

 ソフィア姫の母親であるトモカ妃はその遣東使に連れられ、守られて、ティレニア王国に嫁いできたのだ。

 故郷ははるか遠い。

 もう二度と帰れないほどに。


「わたくしが近づくと、お母様はわたくしにそのキモノを着せてくださいました。まだ幼いわたくしにはぶかぶかでしたけど」


 8歳のソフィア姫が、幼かった日のことを思い出して泣き笑う。

 月明かりに照らされた金の髪がさらりと流れる。


「美しいキモノの柄は『さくら』という花だったそうです。お母様の故郷の花だと」


「サクラ。日の本の国にはサクラがあるのか……」


 しみじみと語るソフィア姫につられたように、サトルは目を細めた。

 二度と帰れない故郷を思って。


「遣東使のお話が出た時に、わたくしは思ったのです。お母様が帰れなくても、お母様のお手紙は届けられると。そしてわたくしがお母様の故郷を見て、お母様にお話しするのだと!」


「そう、ですね。トモカ妃は、きっと喜んでくださることでしょう」


「それに! わたくしが遣東使をして、日の本の国と行き来できるようになれば! お母様へのお手紙や贈り物が届いたり、後ろだてを得ることもできるでしょう!」


「行って帰るだけでなく、交易ルートを開拓したいってことか。なかなかハードルが高いような」


「そうすればお母様は、きっとお父様ともたくさんお話しできるようになると思うのです!」


「そこまで考えてらっしゃるのですね。……8歳なのに王族すげえ」


 決意を語るソフィア姫を前に、サトルはたじたじであった。

 高レベルでチートクラスのスキルを持っていて30歳のおっさんなのに、レベル11で8歳の女の子に。小物か。


「立派な決意です姫様! このプレジア、我が身に代えても姫様を日の本の国に送り届け、そしてふたたびティレニア王国へお返しすることを誓います!」


「プレジア? お、起きていたのですか?」


 ガバッと跳ね起きたプレジアが、衝立てがわりの布を飛び越えてくる。

 だーっと涙を流してソフィア姫の前で跪く。

 そっと手を伸ばし――


「おい待て。『八つの戒め』の四は『自分から姫様に触れない』だろ」


 ソフィア姫の手を握ろうと伸ばされた手は、サトルにインターセプトされた。


「むっ! 忠誠を誓おうとする騎士の手を止めるとは!」


「その、プレジア? わたくし、何度も誓われたことがあるのですけれど」


「ですよね姫様。ほら戻れ。気持ちはきっと伝わったから」


「むっ。レベル32の私の手を押し返す、だと?」


「ぐ、ほんと力強いな。なんだこれ」


「問われたからには答えよう! 私にはオークの血が流れているのだ!」


「…………は?」


 押し合っていたサトルの手から力が抜けた。

 が、プレジアはソフィア姫の手を握るつもりはなくなったらしい。

 跪いたまま右手を床につき、左手を胸に当てる。


「この私、プレジア・サングリエは貴族である母とオークである父の娘なのだッ! ゆえに、生まれつき人間よりも強い力を持っている!」


「『なのだッ』って、ええ……? その、あんまり聞いちゃいけない気がするけど、それ大丈夫なの?」


「気にするなサトル、母は父を愛している! 一目惚れだったそうだッ!」


「…………は? 人間が? オークに?」


 純愛らしい。

 美女と野獣である。

 理解できなかったのか、サトルがポカンと口を開ける。


「うむ! 私も幼い頃は自分に自信を持てなかった。ハーフだなんだと蔑まれ、よく落ち込んで泣いていたものよ!」


「そりゃなんとなく想像はつくけれども。貴族ってそういうところ大事にしてそうだし」


「だが、お披露目のパーティ(デビュッタント)から逃げ出した私は、そこで運命的な出会いを果たした! 誰もいない王宮の物陰で涙する私に、幼い姫様が声をかけてくださったのだ!」


「は、はあ」


「『はーふじゃなくて、()()()っていうんです。おとーさまとおかーさまのいいところをもらってるんですよ?』と! 私の頭を撫でてくださった!」


「そうか、ティレニア王国と日の本の国と、姫様も『()()()』だから」


「その夜、私は誓ったのだ! 幼くか弱い、けれど優しく賢い姫様を守ると! 以来、この身に流れるオークの血を活かして鍛錬してきたのだ!」


「話だけ聞くと立派なんだけどなあ。『八つの戒め』の内容がちょっと……」


「遣東使がいかに厳しかろうと、私は覚悟ができている! 必ず姫様を守るのだ!」


 感極まったように涙して誓いを新たにするプレジア。

 ソフィア姫は頼もしそうに護衛騎士を見つめている。『八つの戒め』の内容は知らない。


 遣東使として旅に出た二日目の夜。

 サトルは、ソフィア姫とプレジアがやる気な理由を知ったようだ。


「オークと人間の純愛……異世界はすげえなあ」


 ポツリと呟いたサトルの独り言は、月明かりに溶けていった。



 それぞれの思いを抱えて、旅は続く。




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