第四話
「はあ。なんか今日はめっちゃ疲れた気がする」
遣東使の旅、二日目。
日が沈む前にサトルたちは宿場町に到着した。
サトルとソフィア姫、護衛騎士のプレジアは門番のチェックを終えて小さな宿場町に入る。
ぐったりと肩を落として、サトルはお疲れの様子だ。
殺人熊との遭遇と撃退と解体、教会から狙われそうなソフィア姫のスキル情報、護衛騎士であるプレジアのレベルとスキル【八戒】の内容。
一日で体験するには重すぎたようだ。
「大丈夫ですかサトルさん? わたくし、回復の魔法をかけましょうか? 疲れには効かないそうなんですけど」
「姫様はお優しくてまさに天使! 私に回復魔法をかけてください!」
「姫様、それには及びません。この町の宿や冒険者ギルドの場所を聞いてくるので少しお待ちください。プレジア、姫様の護衛を任せたぞ。すっげえ不安だけど」
プレジアの変態的な姫様ラブっぷりを聞いたサトルは、「さん」が抜けて「プレジア」と呼び捨てするようになっていた。
平民のサトルにタメ口で呼び捨てされているのにプレジアが気にする様子はない。王族の護衛につくエリートで貴族なはずなのに。
「うむ、任せろサトル!」
返事だけはいいプレジアに一抹の不安を抱えつつ、サトルは門前の小さな広場をキョロキョロと見渡した。
顔が見えないほど深くフードをかぶった男に近づいていく。
一言二言話すと、二人は物陰に消えていった。
それほど時間を置かずに、サトル一人が戻ってくる。
「お待たせしました姫様」
「むっ、速すぎないかサトル? せっかく私と姫様が二人きりになれたのだ。もっと時間がかかってもよかったのだぞ?」
「まずは冒険者ギルドに向かいましょう。殺人熊の件を報告して、そこで素材の買い取りもしてもらいます」
サトル、プレジアの要望はスルーである。
『八つの戒め』の内容を聞いて以来、扱いがぞんざいだ。
「わあ、冒険者ギルド! さっそく行くのですね! わたくし初めてで、どんなところなのでしょう!」
見たことのない景色を見る、知らない街を訪れる。
王宮から初めて出たソフィア姫は、目にするすべてが新鮮なようだ。
特に冒険者と冒険者ギルドは、ソフィア姫お気に入りの冒険譚に出てきたのだという。
サトルの提案に、年相応にキラキラと目を輝かせる。
「では行きましょう。ああ、プレジアは冒険者として登録してもらってもいいか?」
「わあ、うらやましいですプレジア! わたくしも登録したいのですけれど……」
「サトル、姫様がこう言っているのだ、なんとかならないか?」
「……スキルの問題もあります。しない方がいいでしょう」
白馬の手綱を引いてサトルが歩き出す。
ソフィア姫は白馬の上で、しゅんと小さくなっていた。
プレジアがなおも言い募るが、サトルは止めた方がいいの一点張りであった。
冒険者ギルド。
仕事を頼みたい・素材が欲しい・モンスターを討伐してほしい者が依頼を出して、「冒険者」が仕事を受けるギルドである。
全世界共通の組織ではないが、ティレニア王国とその周辺諸国には共通の冒険者ギルドがあった。
教会の勢力圏とほぼ同じである。
冒険者ギルドと教会、二つの組織に関連はない。
だが多くの冒険者は【神聖魔法】による回復を求め、また、修業のため【神聖魔法】の使い手が冒険者となることもある。
組織同士の関連はなくとも、一方が新たな街に進出すればもう一方も続くことで両者は発展してきた。
村や小さな町に冒険者ギルドの出張所と教会ができることは、発展の証しである。
「殺人熊の件は了解いたしました。お一人で討伐されるとは、さすが騎士様ですね。冒険者登録も歓迎いたします」
「ほう、わかってるではないか受付嬢よ! 私は強くなるために厳しい鍛錬を重ねてきたからな! 姫さむぐっ」
「ほらプレジア、向こうの石に手をかざして冒険者登録してこい。受付嬢さん、素材の買い取りも頼めますか?」
「はい、もちろんです」
サトルは、宿場町に入る前に用意した布袋をドンッとカウンターに置く。
布袋は血でにじんでいるが、冒険者ギルドの受付嬢は平然と受け取った。
興奮を隠せないソフィア姫とプレジアを押さえて、冒険者ギルドのカウンターで話を進めるのはサトルだ。
サトルの指示に大人しく従い、プレジアは魔道具である石に手をかざして冒険者登録の手続きをはじめる。
ソフィア姫は好奇心をあらわに、じっとその様子を見つめていた。
「ではまず、こちらが騎士様の冒険者証です。そちらのお嬢様はまだ幼いようですが、貴方は登録されないのですか?」
「ええ、俺は事務方ですから。この子は8歳なのでちょっと」
10年前に引退したとはいえ、サトルはいまも冒険者として登録されている。
冒険者ギルドで使われている魔道具は重複した冒険者登録を弾く。
サトルは新規の冒険者として登録できないし、冒険者であったことも明かす気はないらしい。
「これで私も冒険者だな! モンスターを討伐すればお金が手に入るとは! 快適な旅のために路銀を稼ぎますからねひめさむぐっ」
「プレジア、落ち着けって。あ、査定が終わったみたいですね」
「はい、こちらが買い取り金です。内訳はこちらに」
「問題ありません。よし、じゃあ行くぞ」
一行が遣東使で、プレジアが騎士であるあることは冒険者ギルドの受付嬢にも明かした。
だが、一緒にいた8歳の女の子が王族でお姫様だということは言っていない。
ボロを出さないようにと、サトルは冒険者ギルドからさっさと二人を連れ出すのだった。
「遣東使の旅の成功を祈っております……あれ? あの男の人、さっきも見かけたような?」
サトルたちを見送った受付嬢は、なにやら首を傾げていた。
「申し訳ありません姫様。この宿場町には貴族が宿泊するような高級宿はないようで」
「いいんですサトルさん。わたくし、気にしていませんから! せつやくは大事です!」
「姫様と同室……姫様がすぐ隣のベッドで……姫様の寝姿……」
宿の一室でサトルが頭を下げる。
ここは王都から数えて二つ目の宿場町だ。
馬車を使う貴族は、この宿場町に泊まらず通り過ぎて王都に向かう。
小さな宿場町にあったのは、徒歩で旅をする行商人や冒険者が使う宿だけだった。
「安宿なら空いていたのですが、どうも信用できないとウワサが流れてまして……その、一室しかなくともこちらの方がと」
「かまいませんよ、サトルさん。それにしてもサトルさんは詳しいですね! この宿場町に来たことがあるんですか?」
「えっ、ああ、まあそんな感じで」
愛想笑いでごまかすサトル。
スキル【分身術】を明かしていない以上、「分身を先行させていろいろ調べてました」とは言えない。
サトルはただ黙々と、四つ並んだベッドの間に目隠しの布を張っていた。
旅の二日目。
三人は同じ部屋に泊まるらしい。
荷物の大半はマジックバッグに収納していて危険は少ないが、馬は厩舎に預けなくてはならない。
サトルが元いた世界の日本ほど治安がよくないこの世界では、信用できる宿に泊まるのは大事な自衛策である。
たとえそのせいで男女同室、しかも王族と同室になったとしても。
男女三人なのに同室なのは、信頼できる宿には一室しか空き部屋がなかったからだ。
『八つの戒め』を聞いて、ソフィア姫とプレジアを一室に押し込める危険性を感じたわけではない。決して。
「あー、プレジア、いい加減戻ってきてほしいんだけど。それとも布で隠さなくていいか? お湯で体を拭いたり着替えたりするんだろ?」
「はっ! そうだサトル! これでは私の『八つの戒め』を守れな」
「いや守れ。大丈夫だ、危なくなったら俺が止める」
「ふふ、ひとつの部屋にお泊まりするのは、なんだか楽しいですね!」
プレジアの邪な戒めは知らずに、お姫様は無邪気に笑う。
昨夜はプレジアの魔の手を逃れたらしい。
まあ「着替えを覗かない」という戒めは破られたそうだが。
ともあれ。
遣東使として王都を出立してから、二日目の旅が終わった。
遅々とした歩みだが、旅は順調に進んでいるようだ。
「分身して見張りを立てた方がいいか。でもそうすると明日が辛いんだよなあ」
まだ二日目なのに、サトルの苦労はどんどん増している気がする。
下級官吏として上司と後輩の板挟みにあっていた30歳のおっさんは、旅に出ても苦労がなくならないらしい。