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第三話


 殺人熊(マーダーグリズリー)を倒して、サトルとソフィア姫、護衛騎士のプレジアは街道を歩いていた。

 解体した素材はサトルのマジックバッグにしまわれて、一見荷物は増えていない。

 旅の路銀が増えたとサトルはほくほく顔である。

 通常、レベル25のモンスターとなれば騎士団に討伐を頼む大ごとなのに。


「そういえば、さっき姫様はケガを治してましたね。【神聖魔法】のスキルを持ってるんですか?」


「むっ。サトル、それは」


「よいのですプレジア。わたくし、サトルさんにお教えしようと思います。長い旅路を共にする仲間なのですから!」


「人を信じる純粋なお心が素晴らしいです姫様! サトル、この件は秘密だぞ!」


「誰にも言いません。ついついスキルを聞いてしまって失礼しました」


「サトルさん。わたくしが持っているスキルは、【神聖魔法】ではないのです」


「え? でも先ほどプレジアさんの傷を〈治癒(キュアウーンズ)〉で治して」


「ケガを治す魔法は使えるのです。ですがわたくしが持っているスキルは【神聖魔法】ではなく、【回復魔法】というのです」


「はあ、スキル【回復魔法】。名前の通り回復させる魔法が使えるスキルってことですね。……ん? 〈治癒(キュアウーンズ)〉をはじめ、回復の魔法は【神聖魔法】のスキル持ちじゃないと使えないって話じゃ」


「ええ、そう考えられていました。ですがお母様が言うには、日の本の国は【神聖魔法】ではなく【回復魔法】のスキルが存在して、人々を癒やしていたと」


「つまり日の本の国では、教会に属して後天的にスキルを得なくても癒やし手になれたし、先天的な【神聖魔法】スキル持ちのように教会に取り込まれることもなかったと」


「はい。そう聞いています」


「教会は『回復の魔法は神の奇跡であり、神の存在証明である』って……う、うわあ。ヤバいことを聞いちゃった気がする」


「うむ、だから姫様はこのスキルを秘密にしておられたのだ! 知っているのは陛下とトモカ妃、姫様本人、姫様付きの侍女と私の5人だけだったのだぞ!」


「日の本の国では宗教体系が違うからかなあ。言えない。これ教会が勢力圏内じゃぜったい言えない」


 サトルは頭を抱えた。


 ケガを癒やす〈治癒(キュアウーンズ)〉の魔法。

 レベルが上がればより重いケガを癒やしたり、また別に病気を治す魔法を覚えるのだという。

 それは神から授かった奇跡であり、神が存在する証拠であり、だからこそスキル名は【()()魔法】なのだと教会は主張していた。


 ソフィア姫は、その主張をくつがえす【回復魔法】スキル持ちらしい。


 スキル名が違うのに〈治癒(キュアウーンズ)〉が使える。

 つまり、回復系統の魔法は教会が言う「神から授かった奇跡」ではない。

 神を信仰していなくても治癒の魔法を使える。

 神と治癒の魔法に関連性がないのなら、教会が考える「神」はいないかもしれない。


「狙われるでしょ。これもしバレたら教会関係者がなかったことにしようとしてくるでしょ」


「そうだサトル、ゆえに陛下とトモカ妃はこのことを秘匿したのだ! サトルを信用した姫様の純粋な心と信頼を裏切るなよ!」


「ぜったい言いません。……落ち着け、落ち着け俺。言わなきゃバレないし教会の勢力圏を抜ければいいわけだし、それにほら、回復役がいるって大事で」


 プレジアから念を押されて、サトルははるか前方を見据えながらブツブツ言う。現実逃避である。決して「もしバレても俺が姫様を守ります」とは言わない。頼りがいのないおっさんである。


「姫様が言ったのだ、私も教えよう! 私のスキルは【()()】だ!」


「【八戒】? それも聞いたことがないような」


「そうなんですサトルさん! プレジアのスキルはすごいんです! お父様もお母様も、魔法省の人も聞いたことがなくて、固有(ユニーク)スキルじゃないかって言われてるんです!」


 わたくしの護衛騎士はすごいんです、とばかりにソフィア姫がサトルにアピールしてくる。

 プレジアは、本来ならば騎士団が対処するはずの推定レベル25の殺人熊(マーダーグリズリー)を一対一で倒した。

 すごいことは確かなのだろう。


「俺も知らないスキルです。それで、どんなスキルなんですか?」


「うむ、この【八戒】というスキルは、自らに『八つの戒め』を課し、それを守り続けることで徐々に身体能力が上がっていくのだ!」


 ソフィア姫の言葉とサトルの反応に気を良くしたのだろう。

 プレートメイルをガシャッと鳴らして、プレジアは拳を振り上げた。


「はあ、つまりバフが継続して、しかも積み上がってどんどん強化されるのか。強すぎてチート(ずる)スキルくさい」


 サトル、自分のスキルを棚に上げた発言である。

 自身の【分身術】をチートスキルだ、と言っていたくせに。


「そう、プレジアは強いのですよ! ちーと? が何かはわかりませんが」


「お褒めの言葉ありがとうございます姫様!」


「プレジアさん、それで『八つの戒め』はどんな内容なんですか? 知らないで破らせちゃったら弱体化しちゃう可能性が」


「うむ、よくぞ聞いてくれたサトル!」


 八つの戒めを守っているうちは強いし、徐々に強くなる。

 それを聞いたサトルが戒めの内容を聞くのは当然だろう。

 たとえば「肉は食べない」といった戒めの場合、調理するサトルが把握していなければ、知らずに破らせてしまう可能性もある。


 聞かれたプレジアは、なぜかソフィア姫の横を離れてサトルに近づいてきた。

 サトルとガシッと肩を組む。

 密着してやわらか……くない。プレジアはプレートメイル着用なので。むしろ固い。


「私の『八つの戒め』を教えよう! いいか、これは姫様にもナイショだぞ?」


「はあ、わかりました」


 サトルの耳元で、小声で叫ぶ器用さを見せるプレジア。

 圧力に押されたのかサトルは引き気味である。


「私が定めた『八つの戒め』は……一、姫様を害さない。二、姫様を裏切らない」


「ああ、戒めの内容は(あるじ)に関係するものなのか。さすが護衛騎士」


「三、姫様に見蕩れない。四、自分から姫様に触らない」


「……ん? ま、まあ護衛としては必要な戒めなのか? 王族と友達感覚なのも問題だろうし。それにしても姫様ラブすぎるだろ」


「五、姫様の着替えを覗かない。六、姫様の湯浴みにご一緒しない」


「おかしい。なんかおかしいこと言い出したこの護衛騎士」


「七、姫様のベッドに潜り込まない。八、姫様の匂いを嗅がない」


「変態だー!!!! 途中まで護衛騎士の(かがみ)と思ったオレをぶん殴ってやりたい」


「これが私の『八つの戒め』だ! これを守る限り、私はどんどん強くなるのだ!」


「フツーに守れるだろ。むしろ破るヤツの方がヤバい。待て、『戒め』ってことは、心の中では望んでるけど破らないように気をつけてるってこと?」


「うむ! 残念ながら、昨日は五つ目の戒めを破ってしまった!」


「五つ目……着替え覗いてんじゃん。なにこの護衛騎士。危険な旅の初日に弱体化してるんですけど」


「私はレベル32だからな! 姫様を守るのに不足はない!」


「はあ、じゃあ推定レベル25の殺人熊(マーダーグリズリー)との戦い、思ったより危なかったんじゃ」


「私は生まれつき力が強いからな! なんとかなると思ったのだ!」


「護衛騎士が想像以上に脳筋だった件。猪武者ならぬ猪騎士って大丈夫かこれ。すっげえ不安になってきた」


「だがもう油断はしない! 旅の間はちゃんと『八つの戒め』を守ってスキル【八戒】で身体能力を高め、姫様の護衛を務めよう!」


「あと護衛騎士が姫様ラブすぎる件。いや守れるだろ。侍女がいないから五つ目の『着替えを覗かない』が危ないぐらいで気をつけてたら守れるだろ」


「むっ。サトルは知らないだろうが、姫様はすごくいい匂いがするのだぞ?」


「ダメだコイツ。もう二度とプレジア()()って敬意を持って呼べない。呼びたくない」


「ちなみに姫様はレベル11だ! 幼くか弱い姫様を、レベル32の私が守らねば!」


「プレジアの魔の手から守る護衛が必要な気がする……まさか、俺?」


 戦慄するサトル。

 ソフィア姫はプレジアの【八戒】の内容を知らないのだという。

 ソフィア姫は純粋に護衛騎士のプレジアを信じているらしい。危ない。


「はっ、ははは。ただでさえ死亡率99.9%の遣東使で、三人って最少人数の組なのに、難易度の高い任務が加わったみたいです」


 サトルが遣東使として旅立ってから二日目。

 敵はモンスターだけではなく、姫様は教会からも狙われる可能性があって、あと護衛騎士からも守らなければならないらしい。


 前途は多難である。

 上司と後輩の板挟みはなくなったのに、おっさんの苦労は続く。


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