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第一話


 小川の脇の街道を、かっぽかっぽと馬が歩いていた。


 手綱を引いて先頭を行くのはサトルだ。

 冒険者時代から愛用している濃いブラウンの革鎧と厚手のマントを身につけて、右手には1メートル半ほどの棒を持っている。

 手にした棒でウォーキングポールや登山杖のように地面をついているが、いざという時には武器にするつもりなのだろう。

 大型リュックを背負い、くくりつけた円盾が背面を守っている。


 ちなみにサトルの大型リュックの中に入っているのはマジックバッグと、リュックをふくらませるためクシャクシャにした布や服だ。

 見た目をパンパンにすることで「中からいろんな物が出てきてもおかしくない」と思わせるつもりらしい。

 サトルはまだ、ソフィア姫と護衛騎士のプレジアにマジックバッグの存在を明かすつもりはないのだろう。


 サトルが手綱を引いて歩かせている白馬は、ソフィア姫のためにトモカ妃が用意したものだった。

 美しい毛並みの白馬は穏やかな気質らしく、ソフィア姫を乗せて悠々と歩いている。

 野営用のテントをはじめとした荷物を乗せてもモノともしない立派な馬体は、さすが王族から賜った馬である。


「うわあ、うわあ! 街の外はこんなに広いんですね! わたくし、王宮を出るのは初めてなのです! プレジア、あれはなんですか?」


 白馬に乗ったソフィア姫は、王都の外に出てからずっとはしゃいでいた。

 豪華なドレスではなく乗馬用のズボンとシャツを着てローブをまとい、すっぽりとフードをかぶっている。


 ソフィア姫は王宮内の練習場でトモカ妃に乗馬を習ったらしく、馬が荷物を乗せていなければ襲歩(ギャロップ)で走らせることもできるのだという。

 あるいはトモカ妃は、こうしてソフィア姫が遣東使となることを予想していたのかもしれない。

 本来であれば、王族の女性の移動は馬車を使うものだ。


「年相応にはしゃぐ姫様の姿とはなんて貴重な! ああっ、遣東使となってよかった!」


「プレジア? どうしました?」


「いえなんでもありません姫様! はあ、あれですか、確かになにかいますね。サトル、何かわかるか?」


 ソフィア姫が乗る白馬の横をご機嫌で歩いているのは、護衛のプレジアだ。

 170cmちょっとと、女性にしては大柄な体にプレートメイルを身につけた騎士は、遠目では女性とわからないかもしれない。

 鎧ごとふくらんだ巨大な胸部装甲を見なければ、だが。

 背中には両手剣とタワーシールドを背負い、まるでサンドバッグのようなシンプルなズタ袋を片方の肩に引っかけている。

 敵に対処する場合はさっと荷物を下ろすのだろう。


 ティレニア王国の王都を出発して、三人と一頭は山岳連邦へ繋がる街道を北上していた。


「なんでしょう、群れてるし犬ですかね。いや、この距離なら犬にしては大きい。グレイウルフか」


「わあ、あれがグレイウルフなんですね! あんなにかわいいのにモンスターだなんて!」


「サトル、私が先行して片付けてこよう! 姫様を頼むぞ!」


「心配いりませんよ、あそこは牧場みたいですし……ほら」


 グレイウルフはモンスターだ。

 少人数であれば旅人を襲うこともある。

 サトルはグレイウルフの群れを見ても、焦ることなくのんびりしていた。


「ほら、牧場の警備が出てきましたよ。ああ、グレイウルフが一頭()られてあっさり逃げていきましたね」


「まあ! 騎士や兵士、冒険者でなくともモンスターを倒せるのですね!」


「はい姫様。この国の民はタフですから。特に農村や街の外では」


「くっ! 姫様にいいところを見せる機会だったのに!」


 グレイウルフが狙っていたのはサトルたちではなく、街道ぞいにある牧場の牛だった。

 だが、モンスターが出る世界の牧場である。

 とうぜん、モンスターに対抗するための人員は存在していた。


 馬に乗った牧場の従業員がさっそうとあらわれて、長柄のハンマーを振りまわす。

 一頭のグレイウルフがぽーんと飛ばされた。ポロの誕生である。違う。

 あっさり一頭殺られて、劣勢を見てとったオオカミの群れはさっと逃げていった。

 牛は気にせず草を食べている。


「次の街でいちおう門番に報告しておきましょう」


「なるほど、そうして第三騎士団が出動するのだな! 各地に駐屯するモンスター討伐の専門部隊が!」


「どうですかね、ひょっとしたら冒険者に任せるかもしれません。相手はグレイウルフ程度ですし、騎士団を動かすにはお金がかかりますから」


「サトルさんは物知りなのですね! わたくし、もっといろんな話が聞きたいです!」


 はるか東の果て、日の本の国を目指す遣東使の初日。

 まだ王都からそれほど離れていない初日の午前は、こうして平和に過ぎていくのだった。

 サトルの予想外だったのは、王宮で接した時よりもソフィア姫が無邪気で親しみやすいことだろうか。

 初めて王宮から外に出たという8歳の女の子は、年相応の好奇心で目を輝かせていた。




「まさかこれほど快適な旅ができるとは! 有能と評された文官なだけあるな!」


 昼休憩を終えてふたたび歩き出した一行。

 護衛騎士のプレジアは午前中と同様にノリノリだ。

 遣東使として日の本の国を目指すこの組の予算管理・物資の手配はサトルの仕事だった。

 サトルが初日のお昼に用意したのは、食事処のおっさん店主と店員ちゃんに持たされたサンドイッチだ。


 だがプレジアが喜んでいたのはそれではない。

 いや、サンドイッチも「おいしい」と喜んでいたが、それより琴線に触れたのは、サトルが大枚をはたいて購入した魔道具・水洗トイレだった。

 絶対買うからと、大家のおばちゃんに手配してもらった魔道具である。


 座面に穴が空いたイスのような形状のそれは、使用後に汚物を消し去るのだ。

 亜空間を作って物を出し入れする「マジックバッグ」を人の手で作る研究から生まれた魔道具らしい。

 ダンジョン産ではない人工マジックバッグの完成より早く、「入れた物を取り出さなくていい」水洗トイレやゴミ箱は実用化された。


 魔力を通すとざっと水が流れ、水ごと汚物を消す。

 王宮にある「水洗トイレ」と同じ仕組みで、旅用に小型に改良されたタイプだった。


 サトルがこの高価な魔道具(マジックアイテム)・水洗トイレと、目隠しのための大きな布を用意していたことが、プレジアのお気に召したらしい。


「プレジア。その、わたくしの護衛だということはわかるのですが、布は枝にかければよいのでは……?」


「何を言うんです姫様! それでは私が姫様のあられもない姿を見られ……姫様から離れて何かあったらこのプレジア、死んでも死に切れません!」


「……大丈夫かこの騎士。初日にして問題を発見した気がする」


 サトルがぼそりと呟いた。

 ソフィア姫とプレジアには聞こえていない。


「だがまさかサトルがマジックバッグを持っていたとは。それにあの魔道具も高価だっただろう? 遣東使に支給される予算で足りたのか?」


「マジックバッグはたまたま手に入れる機会がありまして。トイレは……その、そこは俺が妥協できなかったんで自腹で」


「まあ! プレジア、わたくしは、サトルさんにお金を渡したほうがいいと思うのです」


「姫様はなんとお優しい! サトル、私も姫様の意見に賛成だ! 遣東使に支給された金額から魔道具分のお金を」


「いえ、ムリですよ? 水洗トイレはともかく、このマジックバッグを買おうと思ったら全額いただいても足りません」


 護衛騎士のプレジアはトモカ妃からマジックバッグを下賜された。

 だが容量は小さく、ソフィア姫とプレジアの服を入れただけでいっぱいなようだ。

 サトルが持つ肩掛けカバンのマジックバッグは大容量で、支給された金額ではとても購入できない。


「まあこれは私物ですから。帰還しても返しませんし、俺の物ということで」


「わかった。サトルの心遣い、ありがたく旅に役立ててもらおう! そしてサトルよ、姫様の次だが私が守ってやる!」


「旅の資金は限りがあってとうぜんですのに、気付かなかったなんて……わたくし、せつやくします!」


 旅を快適にするために身銭を切った、ともとれるサトルの言葉を聞いて、護衛騎士は感動したのか拳を握って宣言した。

 ソフィア姫はソフィア姫でなにやら決意を新たにしている。

 実際は、サトルが不潔で不便な旅に耐えられなかっただけなのだが。


「マジックバッグを使えば、荷車も運搬人も必要ありませんからね」


「なるほど、それで他の遣東使たちは馬車で旅立っていったのか!」


「はいサトルさん! わたくし、船旅を選んだ者たちもいるって聞きました!」


「そうですね、大荷物となれば船も選択肢に入るでしょう。ですが遠洋にはモンスターがいて、船は逃げ場がありません」


「うむ、私も海上で姫様を守りきる自信はない! だからこのルートに賛同したのだ! 姫様の水着姿は見たかったが」


「……護衛、なんだよな?」


 プレジアがモゴモゴ言った言葉は、サトルの耳に届いたようだ。

 サトルのツッコミが小声だったのは、まだ旅の初日で二人と打ち解けていないからだろう。

 もっとも、平民のサトルと、王族と護衛騎士という身分ある二人と打ち解けられるかは別の話だが。だてに女性慣れしていない素人童貞ではない。


「それに……モンスターが出る船旅は運任せだし、日の本の国が日本と同じ場所にあるならどこかで陸路に切り替えなきゃ大回りすぎる」


「サトル? どうしたブツブツと?」


「ああいえ、なんでもないです。とにかく、まずは山岳連邦を目指しましょう。そこからも基本は陸路で行こうと思ってます」


「わかりました、サトルさん。お母様も船を使ったのは最初だけと言っていましたから」


 今年の遣東使は10組が任命された。

 3人なのはサトルたちの組だけで、ほかの組は5人から10人、中には貴族のバックアップを受けた30人以上の大所帯もいる。

 サトルたちに先行して旅立った組も、ルートはさまざまだ。


 ひとまずサトルたちは、ティレニア王国の半島の付け根に向かい、山岳連邦で山を越えるようだ。

 サトルのおぼろげな地理の知識、それにソフィア姫が母親であるトモカ妃から聞いたルート。

 実はサトルたちの組は、ルート選定の時点で有利なのかもしれない。



 遣東使として旅をはじめたサトルたちはティレニア王国の北に向かう。

 最初の目的地は山岳連邦。

 サトルが異世界転移してきた地であり、冒険者として活動してダンジョンを踏破した連邦国家である。




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