第三話 趣味に勤しむ姉とその妹
5月28日日曜日、朝。空は晴れ晴れとし、心地いい風、今日なんかは洗濯物も乾きやすいだろうし、何より絶好の運動日和であると言える今日。
その条件がぴったり合う部活動に所属しているうちの姉は、昨日とは打って変わって、何故か部屋に引きこもっていた。理由を聞くと、
「今日は学校がしまってる日だから、部活が休みなんだ」
まあ合理的な理由を述べた。じゃあ天気も良いし、買い物に行かないかと私にしては珍しく誘うと、
「深夜アニメの消化とラノベの新刊チェックと読破、積みゲープレイで忙しいからいいや。あ、買い物に行くなら野菜ジュースとチョコ、いつもので良いからよろしく」
あっさり断られてしまった。
チラッと覗いた姉の部屋には、テレビはアニメの録画リストが写し出されており、本棚の近くには買ったばかりであろう本が積まれてあり、すぐにゲームが出来るようにの準備だろうゲーム機がテーブルに置いてあり、その近くに姉が座っていた。両手にそれぞれゲームソフトを持って難しい顔をして。
ここまで言っておいて、今更ながらだが、姉はちゃんと眼鏡をかけていた。無論、今の姉はオタクモードの方である。
「分かった。じゃあ行ってくるから、インターホン鳴ったらちゃんと出てよ?」
「…………分かった、イヤホンは外しとく」
つまり、聞こえるようにしとくらしい。一応は。
姉の部屋の戸を閉めて、私はエコバックを持って玄関に行く。1人で、か。
「はあ、なんなのよ」
昨日、オタクモードの姉の方が幾分イケメンモードの方よりましだと思っていたが、こっちになったときの姉には1つ欠点があった。
それは、必要が無い限りは人と関わろうとしないコミュ障であること。私にすらこの対応である。まあ今はオタク活動中のせいでもあったが。まあ、まあこればかりは我慢するしかないのだろう。あっちよりこっちが良いと思ったのは私の勝手であるのだし。だけど、
「あのコミュ障バカ姉が!珍しく私が誘ってるのに、いつもは部活があって一緒に外に行ったりしないのに!こんなにいい天気なのに!」
いつもお姉ちゃんと言っている私が、さっきから″姉″と呼んでいるのは、さっきの態度の文句や怒りや、少しの、ほんの少しの寂しさがあってである。
昨日に対して、今日は全然関わってくれない。それは普段に比べたら、ましであり幸運であるのかもしれない。だが今日の姉の興味が、私よりアニメやゲームの趣味の方が大事であると思うと、なんでだろう。姉が、お姉ちゃんが離れてしまったようで、寂しい。話すときとか、目も見ずに答えていた。もう、ずるいよ、いつもはそんなことしないくせに、急にするなんて。
「そんないきなり対応出来るわけないじゃん……」
外を歩く天気は晴れ晴れしているのに、私の心は暗く、冷たい風が吹いているようであった。
「ただいま、」
いつもより遅いペースで歩いたのと買い物に集中出来なかったせいで、帰ってきたときには昼を過ぎていた。ああ、2時間以上も経っている。
くつを脱ぎ、玄関を上がり、ドアを開けたリビングはさっきと変わらず誰もいな………あ、
「あ、おかえり。遅かったね、大丈夫だった?」
姉、いやお姉ちゃんがリビングにてソファに座り、テレビを見てくつろいでいた。あ、あれ、なんで、
「お昼、なに作るの?ボクも手伝うよ」
いつもの、お姉ちゃんだ。
「ん、 嘉織?どうしたの?」
私の方に近づいてくるお姉ちゃんは、髪が少しボサボサで、眼鏡で、その眼鏡の奥の目は、いつもの、優しい目で、それは、さっきと違うちゃんとこっちを見る真っ直ぐな目で、目、で、
「…………!!」
ドサッ
「うわぁ!ほ、ホントにどうしたんだ?嘉織が、嘉織から抱きついてくるなんて、」
その場に買ってきたものを置き、いやもう落として目の前のお姉ちゃんに思いっきり抱きついた。
「お姉ちゃん!バカ!もう全部バカ!」
「…………いつもよりヒドイ、ボクそこまで成績悪くないって、」
「う、確かにそうだけど。でも今日はバカ!」
「ええ、そんな理不尽な、」
納得してなさそうな声を出してるのに、私の勢いを受け止めてくれたお姉ちゃんは、やっぱりいつものお姉ちゃんで優しいお姉ちゃんだった。
「…………ちなみにいつ解放してくれる?」
「あと10分したら、」
「ええ!!いやもう恥ずかしいから離してよ!」
「ごめんね?」
「いや絶対そう思ってない!今の絶対反省していない!」
いつかのお返しと、
たまには、妹の理不尽にも付き合ってね、お姉ちゃん。
「で、ハァ、何かあったの?」
仕返しのハグを10分たっぷり堪能し、やっと解放されたお姉ちゃんは、珍しく顔を真っ赤にして息を荒らしていた。
まあ、その原因は私なのだが。
「自分の心に聞いてください。」
「?」
私の返事に、お姉ちゃんの顔はとぼけたような表情だった。
「で、お姉ちゃんは? もう気が済んだの?」
埒が空かないので話を切り替える。
「ああ、まあやりきってはいないんだけど、」
「けど?」
その続きを、お姉ちゃんは右手の指で頬をかきながら、
「嘉織がなんか暗かったから、ちょっと心配になっちゃって、集中できなくなった、かな」
「ふえ?」
あ、あまりにも予想外の返事で思わず変な声が。
いやいやいや、まって今目の前の人はなんと言った?暗い?私が?
つまり私を心配してくれたんだ。
………………いや、ちょっと待った。
今のは若干、私を心配をしたせいでオタク活動が妨害されたって心の中で言っているようにも…………
「暗くなってて悪かったわね!」
「は、はい!?なんか怒ってる?」
「私のことなんかほっとけば良かったじゃない!自分の事を優先していれば……」
「そんなのダメだよ」
「……え、」
自分を卑下した私の言葉に、お姉ちゃんの鋭い言葉が刺さった。
もしかして、お姉ちゃんも今日と言う日を大事に思ってくれて………
「もしかしたら何かのトラブルに巻き込まれてて遅くなっているならって思うとそんなことしているわけにはいかないだろ。ボクには嘉織しかいないんだから」
「え、そ、そっか」
単なる心配だったらしい。なんだ、期待してそん………違う違う。
「じゃあお姉ちゃん、私は大丈夫だからもう戻っていいよ?」
「うん?ああ、そっか…」
やっと趣味に戻れるはずのお姉ちゃん
は、下の方を向きながら微妙な返事をした。
「いや、もうお昼作る?」
話を変えた!
「そうだね、だってお腹空いたでしょ?」
「じゃあ、ボクも手伝うよ」
「え、珍しい…」
「たまにはね、いつも任せちゃってるし。こんなオタクなボクでも、恩返しくらいさせてくださいよ」
「う、うん」
お姉ちゃんが眼鏡をかけ直して台所へ向かった。お姉ちゃんと料理、か.....ちょっと良いかも。
天気が良い日に外に出ず、部活のないお姉ちゃんとの昼食作りは、まあこれはこれで良いのかもしれない。今日位はと私は今を楽しんだ。