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 十八時五十分


「あ・え・い・う・え・お・あ・お・あ・え・い・う・え・お・あ・お」


 大きく口を開けながら、顔の筋肉を意識して発声練習。それから首をゆっくり左右に伸ばして。


「よし」


 と頷き、目の前のピラミッドに足を掛けた。


 もしかしてもしかすると最初にこのスタジオに来た時とか、そういう気持ちを思い出すのかとも思ったけれど。

 意外と普通にいつも通りに、少年はすたすたと階段を上る。


 すると向かい側から世界を呪う様な顔をした相方の頭がひょこひょこと上がって来て、二人特に目を合わせることもなく、横目でスタッフブースの中を覗いて、小さなテーブルの向かい側に腰を下ろす。

 ペラペラな台本を目の前に置く。

 それからマイクの高さを調整し、適当に喋って、WEB担当の『OK』を聞いて。


 ちらりと前を見ると、相方がぶつぶつと最初の数行を練習している所だった。


 ピラミッドの上から、劇場を見回す。

 ガランとした客席の向こう、若干高くなった舞台の上で私服になった世織さんがのほほんとしていた。

 いつもはいないその人を見て、ああ最終回なんだ、とちょっと実感。プロデューサーは来てないなあとか思っていると、ディレクターから三十秒前の合図。


 なんだか不思議だ。いつもはもっと皆で喋ってる内に本番になるのに。


 笑った。意外と皆最終回なんて意識してないなと思ったら、本当は相当意識してる。心のどこかが、ざわついてる。勿論、恭平自身も。


 最終回もいつも通りなんてとても格好いいけれど。多分、自分達には。この番組では無理なんだろうなって。六回しかやっていないのにいつも通りもクソも無いし。

 きっと無様に、みっともなく、終わるの嫌だなあとか言いながら終わるんだろうなって。


 ああ、でも、もしかしてそれがいつも通りなのかと。


 全部で六回。先週も来週も見栄も恥も何もなく、今この瞬間、思った事を思うままに全力で喋るのが、この万遍マンデーだったのかも――。


 そんなことを、少しにやにやと考えながら。


 オープニングの陽気なフリー音源に、軽く肩を揺さぶって。


「……んじゃ、まあ」


 ディレクターの指が格好つけて窓から伸びるのを、目の端で捉え。


「いきますか。」


「ん。」



『「時刻は七時になりました! 雑ヶ谷情報局月曜日、万遍マンデー。長江恭平です!」


「尾張ユリカです! この番組は雑ヶ谷の魅力を万遍なくお伝えする番組です、っと! なあキョーヘーよ!」


「なんだい尾張さんよ!?」


「終わるなっ、この番組! 今日で!」

「まあまあ、そうね、リスナーはびっくりしてるかもしれないけど――」


「うんうん。で、どうするよ、来週?」

「来週?? ああ、この時間てこと?」


「そう。だってさあ、二か月位? もう毎週このためにやってきたじゃんか?」

「一分一秒も無駄にせず」


「そう! だから来週絶対なんか変な感じになると思うんだよな、私は」

「あー、ベタに言うと、間違って来ちゃったりとか?」


「それな。で、『……あ、誰もいないんだ……』ってなるパターン」

「はいはい、あれね。尾張さんの誕生日パーティーみたいな」

「おぉぅぁああっ! バカバカやめろ! それはまた過呼吸になるから!」


 笑った。手を叩いて。


「うわごめん。俺、尾張さんを舐めてたわ~。まさかホントに――」

「無いわ! 冗談に決まってるだろ。これがパーティーなんかする顔に見えるか、えぇ?」


「いやいやそんな喧嘩腰に言わなくても……そういうところが嫌われる原因なんだと思うよ、俺に」

「いいの! 例え私は世界中に――え? お前も?」


 ひっくり返った相方の声に、恭平が笑うと、ユリカは両手を振り上げて。


「もういい! そう言うのはいいから! 来週の話をするの! 私は!」

「わかったわかった。じゃあ俺はお勧めのシュークリームの話をするね。……ハイ! ねえ、外はカリッとしてるのに、中はふわっとしてて――」


「いや、だから、この際来週も全員来ちゃってさ、もう一回やっちゃえば――」

「そう、二層の! カスタードと生クリームの二層の奴がたっぷりつまってて、持つと『えっ?』てくらい重いの。ね~、ディレクター。ね~、おいしいのぉ~」


「おおおおい! お前らぁ! 私の話を聞けって! シュークリームより可愛い女子が喋ってるだろうがっ!」


 椅子の上でぴょこぴょこ揺れるおかっぱに、スタッフからも笑い声。


「ごめんごめん。で、みんな来ちゃうって?」

「いやいい。もう私一人でやる。お前らは打ち上げとか行けばいいじゃん。みんなでさ、また『ユリカちゃん家のパーティーは行っちゃ駄目』ってメール回せばいいんだよ」


 しょんぼり顔で呟くラジオガールを笑いながら。


「いやいやごめん、ごめんて、尾張さん。わかったからさ。じゃあほら、来週スペシャルウィークやろう! ね!?」

「えぇぇ……すぺしゃるうぃ~くぅ~?」


「そう! 地上波ラジオが聴取率を取るためにゲストとかプレゼントとか特別企画をやるという、あの! スペシャルウィークを! 来週!」

「いいよもう、とかいってどうせお前らは来ないんだろ?」


「題して『尾張ユリカ生誕祭』!!」

「生まれてない!」


 クリアな高音で突っ込む少女に、恭平は目を丸くして。


「……まだ!?」


 相方は軽く吹きだしながら。


「まだじゃない! まだじゃなくて、もう生まれてるけど、まだなの!」

「? え、ごめんごめん、どういう事?」


「わ~か~るだ・ろ~! だから、私はもう生まれてるけど、まだなの!」

「? え? まだちょっと濡れてる位?」


 疑問顔で尋ねると、ユリカは頭を揺らしながら。


「そうそう、羊水がまだ乾いてない……じゃなくて! わかるじゃんかぁ~も~相方の安いボケで話が進まないぃ~」


 恭平の中で『楽しいからもう少し続けようよ』と囁く天使と『尾張さんの困った顔は最高だな』と言う悪魔の間から、ラジオの絶対神こと『御時間様』が三波春夫でございます。


「ごめんごめん。じゃあ時間なんで、尾張さん今夜の予定をお願いします」


「はぁ? 何も喋ってないじゃん! もー! はいはい、じゃこの後またフリートークで、二十分位から雑ヶ谷情報のコーナーでーす。ええと……で、ここが大事なんですが! 今日からこの番組でもメールが使えるので、リスナーの皆さんからのメールを募集します!」


 適当に合いの手を入れつつ、相方が読み上げて行く台本を見て。


「おっ! やったぜ尾張さん! じゃあメールアドレスがあるわけだ!」

「その通り! 『今から読むアドレスに私達に聞きたいこととか、番組の感想』? まあそういうのを送ってください!」


「後生です!」


「ザツガヤアットマーク…………――んで、今日から始まる新コーナー『雑ヶ谷駄洒落探訪』も、まだまだ絶賛募集中ですよっと」


「ねぇ、皆さんに愛された新コーナーも、ついに今日で最終回という事で――」


「ほんとにな。まだ始まってもいないのに」


「とても残念ですけれど……じゃあここで一曲。そんな僕らの悲しみを歌った歌です。『雑ヶ谷音頭』」


 はああああ~、とご機嫌なナンバーが大和魂を揺さぶる中、チューチューとストローを咥える相方と目で笑い合っていた恭平に、小窓の中からディレクターが声を掛けてきた。


「キョーヘー、これこれ。曲開けに、読んで」


 差し出された紙を見れば、


「っ!?」


 それは。待望の。


「メールだ!! 尾張さん! メール!」

「んんっ!?? ホントか!? メール!? 嘘だろ!? ホントに送る馬鹿がいるの!? 」


「ンメーーーーーッル!!!!」

「メエエエエエエッル!」


 原稿を掲げて叫ぶ少年と、雄叫びを上げる少女。そろそろ物ごころも着き始めたお年頃なのに、喜びに奇声が止まらない。


 そして、そのまま放送は再開して。



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