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20 夏風邪

『♯3 ふふふふふっふ、ふふっふふーーー!!』



 次の週。

 プロデューサーこそ顔を出すことが無かったとは言え割と順調に思えた矢先、尾張ユリカが風邪を引いた。


 いつもの様に「うぃーっす」と言いながらスタジオに現れた尾張ユリカのその『うぃーっす』が何かおかしくて、世代こそ違えども童貞生まれと言う共通点を持つ者同志で『クラスの可愛い女の子をあーしたいこーしたい』と妄談していた恭平達が振り返ると。


「ケホッ、コホッ」


 とわざとらしい位に咳き込んだ尾張ユリカがそこにいた。顔にはマスク、前髪の向こうにはぺたりと貼るタイプの巨大な熱さまし。


「さすがにそれはおかしいでしょうよ」


 いつもの様に客席の奥側からピラミッドを上ってきた相方の額を指差して恭平が言うと、相棒は。


「あ~つらいわ~、しんどいわ~」


 と確かにいつもより血色のいい頬に手を当てとぼけて見せた。


「いやいや、そんなの学校でしてなかったじゃん」

「当たり前だ。だって、学校でしてたらみんなが私を心配しちゃうじゃないか」

「やっぱり頭おかしいんじゃないかって?」

「うっさいボケ。だからお前は女子から嫌われてるんだよ」


 驚愕と絶句。そして心に残るは微かな希望。


「え? 全員!?」


「……ふ」


 恐らく彼女が言う『女子』の筆頭に当たる少女の顔を浮かべた恭平に、そのご友人は悪い笑みを浮かべると。


「ああ、すまんすまん。風邪のせいで歯に着せてる布が――ケホンケホン」

「あれ、尾張さん? 嘘だって言ってくれないの? ね、嘘でもいいからさ」


「コホコホ」

「頼むよかんざしさん!」

「尾張じゃボケェ。お前な、いい加減にしつこいぞ」


「じゃあ『御園志桜梨はいつも長江君てちょっと可愛いよね』って言ってるって言えよ」


「嫌だ。私には友達を売るような真似は出来ない」

「言ってよぉ~! かんざしさ~ん! 俺このままじゃ本番できないよ~」


 机に突っ伏して駄々をこねる長江恭平(高校一年生)。


「はいはいわかった。御園志桜梨はいつも『長江君てちょっと臭くて可愛いよね』って言ってるぞ」

「マジで!? ぃやったぜ! 尾張さんありがとう! 俺テンション上がって来たよ!」


 椅子の上で渾身のガッツポーズを決めた恭平に、台本に落としていたユリカの顔が上がる。


「……あ、うん、マジか。臭くてもいいのか、キョーヘーは?」

「問題無いね! だって御園さんは鼻にティッシュ詰めたって可愛いし!」


 かすれた声で、ユリカは笑った。


「成程、そうか。男子はいいな、単純で」

「おうともよ! 実際御園さんに彼氏がいても、俺にお早うって言ってくれたらそれでいいし!」


「……あ、うん」


「目を見て尾張さん! そこは『いないぞ』って言って純粋なファンを安心させてくれよ~!」

「コホコホ」


「頼むよーお婆ちゃーん、俺テンション下がっちゃうじゃん~!」


「誰がお婆ちゃんじゃ! 私は今病弱な令嬢なの! ったく、勝手にテンション下げてろ童貞野郎。しーちゃんはアイドルじゃないっつうの」


「ひどいよ尾張さ~ん! ゆ~りかちゃ~ん」

「……あんまり息をするな。うつるから、童貞が」


 そんな折、ブースの中から顔を出した空気の読めないチャラ男ことオレンジ頭にヘッドフォンをした音響担当宵原ヨイトがこう言った。


「なんか、今日のユリカちゃんの声セクシーじゃね?」


 ――というわけで。


「こんばんは。こちら雑ヶ谷放送局、月曜日。万遍マンデーの……ダンディー長江です」

「んふぅ~~ん、セクシー尾張でぇすぅ」

「おいおいどうしたんだいセクシー? 今日は一段と『セクスィボイス』じゃないか?」


 サ行の所でマイクに吐息を掛ける様にした恭平に、何故か両腕でむぎゅっと胸を寄せながら喋る相方は。


「そんな事ないわよぉ~。ンハー、私はぁ、もともとぉ、こう言う感じよぉハー」

「おぉいセクシー、フッフッ。マイクに、息がフッ掛かってるぜ?」

「ダンディこそンハー。相変わらずフッおっきくて素敵なマイクだわフッフッ」

「ボボボボボおっぱいボボボボ」

「あははは! 馬鹿だ! 馬鹿がいるぞ!」


 と、オープニングからマイクを面白く吹く対決をスタッフの笑い声が無くなるまで続けていたら、急きょ掛かった盆踊りの間に『あのさ~あ』と顔を出したヨイトさんからかなり本気で怒られた。


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