まさかあいつが?
「きゃあああああ!」
突然の悲鳴に、私は目を覚ました。
悲鳴の発生元は、昨日、事件の遭った応接室である。
私は咄嗟に部屋を飛び出し、応接室に向かった。そこには、腰を抜かして座り込んでいる小春の姿がある。
「小春、何か遭ったの?」
「ま、真理ちゃんが・・・」
小春は震える手で、部屋の中を指差す。
私は部屋に顔を向け、目に映る光景に驚愕した。真理愛が首を吊って死んでいる。
「小春、警察呼んで」
「うん、解った」
小春は頷くと、慌てて去っていった。
私は部屋に入り、真理愛の足元に在った紙を拾った。それにはこう書かれている。
『皆様、申し訳ありません。旦那様は私が殺害しました。殺害の動機は子どもです。実を言うと、私のお腹の中には旦那様の子どもが居ました。私はその事を旦那様に告げたのですが、全く相手にして貰えませんでした。だから私は、ついカッとなって・・・。お嬢様、ごめんなさい。そしてさようなら』
読み終えた私は、吊されている真理愛に触れた。
まだ弱冠温かい。30.5度くらいか。となると、彼女が健康な状態ならば通常体温は推定36.5度。人の体温は一時間に1度下がるから、死後六時間って所か。因みに現在の時刻は午前8時。真理愛さんは午前2時には既に亡くなっていたと思われる。
「お姉さん、何してるの?」
いきなり背後から声を掛けられ、ビクッとする私。振り向くと、そこには黒羽が居た。
「何だ、クロちゃんか。吃驚させんな」
「ごめん。それより、お姉さんが殺ったの?」
「ばっ!私が殺る訳無いでしょ!?」
そう怒鳴り付けると、私は黒羽に遺書を見せた。
「やっぱり榊原さんが犯人だったのね」
「否、それは否定するわ」
「どうして?」
「遺体を見て頂戴。遺体は机の真上に吊されてるから、一見自殺に見えるけど、よく見ると爪先から机まで結構あるのよ。正確な長さは不明だけど、大体1mくらいはあるわね。と言う事は、この高さで自殺するには、足場が必要なのよ。なのに、この部屋には足場になる様な物は一切見当たらない。つまり、自殺は不可能。他殺って事よ」
「正解よ」
「え?」
「貴方の力量を計らせて貰ったわ。対した洞察力ね」
その言葉に私は額にピキッと青筋を立てる。
「あんた解ってて態と?」
「うん」
「此処が屋上だったら突き落としてるわ」
「怖いこと言わないで。それより、早く降ろしてあげないと可哀想よ」
「言われなくてもそのつもりよ」
私は机に乗り、ロープを解いて遺体を降ろした。そこへ丁度、警察が到着する。
「ちょっとあんた、何してんのよ!?」
日奈菊警部補は入ってくるなり、いきなり私を怒鳴った。
「何って、仏さんが可哀想だから降ろしてあげたんですよ」
「勝手に降ろすな!そう言うのは我々警察がやるわ!」
「すみません。て言うか何で怒ってらっしゃるのです?」
「別に怒ってなんかいないわよ!そんな事より出てった!」
「はいはい」
私は嫌々部屋を出た。
「そこのちっちゃいのも!」
その言葉に黒羽が眉間を顰める。
「刑事さん、そんなにプリプリしてると頭の血管切れますよ?」
「うっさいわね!誰の所為よ!?」
やれやれ。もう無視しよう。
「クロ、此処は警察に任せて私たちは屋敷の住人に話しを聞きに行きましょ」
私はそう言うと、黒羽を連れてその場を離れ・・・ようとした。
「聡美」と小春がやって来る。
「小春、丁度良い所に来たわ」
「何?」
私は首を傾げる小春に直球を投げる。
「真理愛さんが妊娠してたって本当?」
「え、どう言う事?」
「何だ。小春は知らないのか」
「ごめん。あ、でも執事の鷹文なら知ってるかも」
「その鷹文って人、今は何処に?」
私が訊ねると、黒いスーツを着た私と同じ背丈の男が現れた。
「僕が鷹文ですけど、何か用ですか?」
私はその男の顔を見て頬を赤らめ、意識を奪われそうになったが、慌てて我を取り戻した。
「あ、あの、話しがあるんです。真理愛さんの事についてなんですが」
「真理愛さんについて、ですか」
「そう。鷹文さんは、真理愛さんが病院に通院されていた事ご存知ですか?」
「いえ、知りません。真理愛さん、産婦人科に通われてたんですか?」
「・・・・・・」
私は無言を回答に執事を見詰める。
やべえこの人。滅茶苦茶イケメンだわ。あんな汗臭い男捨ててこの人に乗り換えようかしら。
「あの、どうかなさいましたか?」
執事の鷹文は首を傾げ訊ねる。
「鷹文さん、現在お付き合いしてる方は!?」
バカ!私ったら何訊いてのよ!?
「すみません。そうじゃなくて、どうして産婦人科である事をご存知なんです?私は病院としか言ってませんが」
私がそう訊くと、鷹文はしまったと言う顔をした。
「ご存知なんですね?妊娠の事」
「・・・はい、知ってます」
「では、真理愛さんのお腹の中に居るのが小春の腹違いの弟か妹だってのもご存知ですか?」
「聡美、それどう言う事?」
「これ見れば解るわ」
言って私は小春に遺書を渡した。
「鷹文さん、ご存知なんですか?」
「ええ、知ってます。この前、真理愛さんから聞いた時はとても吃驚しました。僕たちは未だやってもいないのに子どもが出来るのかって。でも違った。子どもは旦那様のでした」
「鷹文さん、真理愛さんとはコレだったんですか?」
私は小指を突き立てて見せる。
「そうです」
「では小春のお父さんを殺す動機、十分にありますね」
「一寸待って下さい!あなた、僕を疑ってんですか!?」
「だってそうでしょ!?真理愛さんが妊娠させられて、貴方は相当恨んでる筈よ!」
「た、確かに僕は旦那様を恨んでましたけど、殺してなんかいませんよ!それに、殺害の動機なら奥様にもあります!」
「奥様って小春のお母さん?」
「そうです。連れて来ましょうか?」
「お願いします」
私がそう言うと、鷹文はダッシュで去り、女性を抱き抱えてダッシュで戻って来た。
「お嬢様のお母様です」
女性は頭を下げた。
「初めまして。小春の母の春子です」
「春子さん、小春のお父さんの事聴かせて下さい」
私が言うと、春子は顔を顰めた。
「あんな男の話しなんてしたくないわ」
「あんな男?」
「あんな男はあんな男よ。昨日、警察にも話したけど、あの男、私が居るのにあんな女と不倫してたのよ!?」
「あんな女?」
「あの女よ!メイドの榊原 真理愛!」
私は春子を訝しむ。
「春子さん、貴方にも動機がありますよね。旦那さんを殺害する」
「はっ!私は殺してないわよ!」
春子はそう言うと、バカバカしいと口にして去っていった。
「・・・・・・」
間違いない。あの二人の内のどちらかが犯人。しかし、証拠が無い。どうしたものか・・・。
私がそう考え事をしていると、背後から髪の毛を強く引っ張られた。
「ちょっとあんた、勝手な真似しないで頂戴!」
と私を睨みながら怒鳴りつける日奈菊警部補。
「ちょっ、痛いから放して下さい!」
私の言葉に、日奈菊警部補は嫌々髪の毛を放した。
「まあ良いわ。で、あんた何訊いたの?」
「亡くなった真理愛さんの妊娠について」
「妊娠?」
これです──と小春が日奈菊警部補に遺書を渡す。
「何よこれ?」
日奈菊警部補は渡された遺書を読んで頷く。
「成る程。仏さんは自殺なの」
「ちょっ、あんたどんだけ洞察力低いのよ!それでも刑事!?」
「はあ?じゃあ貴方はこれを他殺だって言う訳?」
私は「はあ」と溜め息を吐いて肩を竦める。
「他殺の理由は、現場の状況を見れば一目瞭然。と言っても、遺体は私が降ろしちゃったから解らないけど、私が部屋に来た時、遺体の側に足場となる物は無かったわ」
「そんなの後で片付ければ良いんじゃないの?」
「・・・あのね、自殺した人間がどうやって足場を片付けるって言うの?」
「それもそうね。でも、だからって他殺・・・」
そこまで言い掛けた所で、黒羽が遮る様に言った。
「痕」
「へ?」
「首に手で絞められた様な痕があったわ」
「それじゃあ真理愛さんは別の場所で殺されて此処に運ばれたって事?」
「そう言う事」
私は小春に向き訊ねる。
「小春、真理愛さんの部屋を教えて」
「真理ちゃんの部屋なら反対側にあるよ」
小春はそう言って応接室とは反対側の方向を指差した。その先に、ドアが小さく見える。
「あそこが真理ちゃんの部屋よ」
「有り難う」
言って私はそこへ向かって歩き出す。
途中、秀次が現れて声を掛けてきた。
「聡美、何してんだ?」
「あ、汗男」
「うぉい!?」
「気に入らない?」
「当然だろ!」
「あ、そ。て言うか、真理愛さんが亡くなったわ」
「え、真理愛さん殺されたの?」
「そう。で、今殺害現場に行く所」
そう言った瞬間、私は気が付く。
秀次は何故、真理愛が殺された事を?
まさか──そう思った私は悟られない様に気を付ける事にした。
「えっと、じゃあ私、もう行くわ」
そう言い残し、通路を駆けて真理愛の部屋に飛び込む。
*
黒羽は部屋で志狼と二人きりになっていた。
先程から何かを考えている黒羽。
「クロ」
唐突に志狼が声を放った。
「先刻、トイレ借りた時にこんなのを見付けたんだけど」
言って志狼はポケットからテグスを取り出した。
「この釣糸、何処で?」
「洗面所のゴミ箱。密室のトリックに使えないかなって思って」
「それ貸して!」
黒羽は半ば強引に奪取してそれを見詰める。
「シロ、解ったわ。密室のトリック。そして真犯人も」
真理愛も殺害されてしまいました。
そして謎が解けたと言うクロ。
次回、クロの推理お披露目です。