楽しくはあったのだと彼は思った
弾かれたようにゴンは飛び出した。
その手には――御影を刺した果物ナイフ。
物理的戦闘能力においては御影に並ぶと言われるイヨル・キウダ。
そのナイフは易々とその白い肌を切り裂――かなかった。
「ま、これも神具の一種なんでな。これぐらいの芸当は出来る」
白い肌。
その数ミリ上。
そこでナイフは止まっていた。
鈍く鈍く宝玉が光る。
どこで見たことがあると御影は思う。
そうだ、あれはカルルット氏の――
「……ッチ」
ゴンは舌打ちしてナイフをしまう。
随分とその力は弱まっていたらしい。
おそらく――もう長くはない。
流石に。
流石に――かすかに心が動いた音を聞く。
少なくとも――楽しくはあったのだ。
それだけだったけど――それだけだったとしても。
楽しくはあったのだ。
「……何の用だ。イヨル・キウダ」
「いやなに随分と後ろ向きなことを言ってる奴がいたのでな」
「え、俺?」
てっきり、ゴンに用があったんだと思っていたが。
いやでも、この人が今更ゴンに語る言葉など持たないか。
「ああ、あまりにも世界の終わり初心者っぽい発言を聞いたのでな。思わず出てきてしまった」
「世界の終わり初心者って……」
「デフォル世界ほど世界の終わりに近い世界など今回召還された中にはないからな」
「はい?」
いや、なにを断言してるんだこの人。
え? え? え?
世界の終わりって上級者と初心者があるようなものなの?
「デフォル世界……邪神ですら避ける不毛の地か」
「そうだ。創世から今まで終わりに終わりが続いてきた。いや――始まることすら出来ていなかったのかもしれない」
生命の生まれない海。
海を育めない大地。
人になれなかった人形。
天にあれなかった眷属。
世界の残骸――まさしくその通り。
「おそらくデフォル人は20年とかからず絶滅する」
不敵。
そんな笑みすら浮かべながらイヨルさんは言うのだった。
「だが、それがどうしたと言う話だ。子が死ぬ孫が死ぬ妻が死ぬ親が死ぬ――けれどそれでも世界は終わらない」
それが福音だと思えぬなら生物を名乗るなよ。
くつくつといっそ楽しそうにイヨル・キウダは言う。
そこには――誇りすら感じられた。
「終わらんよ。人が死に子が産まれなかったぐらいで世界は」
だって、山が残る海が残る日が残る月が残る。
何を伝えられなかったところで。
何が繋がらなかったところで。
また新しく始めればいいだけだ――!
ああ、そうだ。
『米を食べるより早く、着物を着るより早く、この国が生まれるより早く――ただ空を見上げた目が合った』
それが天照大神という神の始まり。
それが豊葦原という世界の始まり。
彼女は――そういっていたのではなかったか。
なにが移ろっても、なにが滅んでも、そこにただ恒星以上のなにかを見る誰かがいるなら――そこが。
そこがきっと――豊葦原だ。
「ま、それだけの話だ。初心者」
上級者は――そう言って立ち去った。




