カルルットの休日
「神を信じないのではなく無力であってもいい存在と位置づけるとはなかなか興味深いね」
「左様ですか」
カルルット・デルルットは目を伏せた。
ただ、目の前で笑う男の顔を見たくなかったからである。
サレッカ・デルルット。
カルルットの父であり――七人しかいない長老の一人。
カルルットと同じ顔をした男。
若々しい――なんて言葉では足りないような「若さ」である。
最早数千歳にはなるはずなのに十代の少年のような若さーーいや幼さ。
第一世代のカルルットも相応に加齢は遅いがそれにしても異質な若さだ。
いや、最早。
この存在に加齢など語るだけ無駄なのだが。
この人が死ぬときは――人類が滅びるその時だけである。
「うん。実に興味深い概念だ。――未来神殿はどう思うんだろうね?」
「……神の御心など私には預かり知らぬことです」
にこにこにこにこ。
サレッカは笑う。
ああ、結局自分は。
この人には勝てないのか。
「……聞いておきます」
「頼んだよ」
最も加護厚き勇者カルルット・デルルット。
基本、立ち位置は中間管理職である。
* * *
ふかんぜんなせかいがありました。
ひとびとはいつもかみさまのきまぐれーー「なにがおこるかわからないみらい」におびえておりました。
それはとてもかなしいことでした。
ちょうろうさまたちはたいそうなげきかなしみかみがみをふうじることにいたしました。
ながきにわたるたたかいのはてに、ちょうろうさまたちはすべてのかみがみをふうじました。
こうしてこのせかいはかんぜんなものとなり、ひとびとは「なにがおこるかわからないみらい」におびえることはなくなったのです
――ルレット世界史序。
……まあ、こんなものを引き合いに出すまでもなく「そういう世界」がルレットだ。
確定した未来。
決定した明日。
失敗も別離も犯罪も裏切りも――最初から決まっていたことにすぎない。
失敗する人は生まれたときからそう決まっていたから失敗する。
別離する人は出会った時からそう決まっていたから別離する。
罪を犯す人ははじめからそう決まっているから罪を犯す。
決まっていることしかここにはない。
生まれることが決まっている。
生きることが決まっている。
死ぬことが決まっている。
ありとあらゆることが確定してる。
不確定な者など存在しない。
だから。
人類が絶滅する事もーー確定しているのだ。
* * *
とはいえそれは遙かなる未来のことである。
第一世代として長い寿命をもつカルルットですらすでに死んでいるだろう遠き未来。
一説によれば五千年とも一億年とも。
そんな遙かな未来に生きているものと言えば――長老衆だけである。
長老衆。
神を封じた人。
神を超えたる者。
そして――人が滅び去るその日まで人類を守り続ける守護者。
故に、人類が滅びし時が長老衆の終わりの時である。
彼らはそれが許せなかった。
それ故一柱の神の封印を解いた。
未来神ウェイバー。
権能は未来の不確定性。
* * *
「サレッカは元気じゃなあ……」
あきれたように嘆息するのが未来神ウェイバー。
白い衣の老人の姿である。
炯々とした目、血色のいい肌からはみなぎるような覇気を感じるが姿としては痩身の老人だ。
そう言うものであるらしい。
未来神ウェイバーは老人。
現在神ケロッドは青年。
過去神メイシャは少年。
時の流れそのままのその姿。
それが「時の三神」。
かつてルレット世界の時を司っていたもの。
「まあ、神など基本無力よ。そうであらねばならんというやつもおろう」
長い白髪を束ねながらウェイバー神は言う。
その足首には無骨な鋼色の足かせ。
長老衆がつけた拘束の一つである。
「ふーん……」
「ただ、神が無力であることと、人がそう思いたいかどうかは別の話じゃろうな」
「ふうん?」
にやにやと、いたずらっ子のように神は笑う。
「強き裁定者が欲しいと思ったことはないか? 絶対の正義が欲しいと思ったことはないか? まあそういう話なのであろうよ」
未来神ウェイバーは断定口調を好まない。
「未来は不確定である」。ただそれだけが教義の神であるが故。
――人類の絶滅を知った長老衆が未来神の封印を解いたのは。
その権能によって絶滅の未来を変えるためである。
愚かしい。
どれだけ未来を変えたところで絶滅を回避することなどできはしないだろうに。
どれだけ栄えたところで「いつかは」絶滅する。
それが摂理だ。
けれど、あの超越者たちはそれが許せなかったらしい。
自分たちが「救った」人類が絶滅することがどうしても。
……未来神の権能は強力だ。
「あり得たはずの可能性」はおろか「ありえない可能性」すら顕現させることができる。
だがそれ故に――世界そのものが不確定に揺らいでいく。
「……それはケロッド神のことじゃん?」
「あやつは性格悪いからのう……。まあ、多神の神なぞそんなものかもしれんのう……」
現在神ケロッド。
権能は「現在の一回性」。
どれだけ未来が不確定に揺らごうとも「現在」を一意に決定づける。
ウェイバー神がどれだけ「あり得ない可能性」を顕現させようがケロッド神が「現在」として決定してしまえばもはやゆらぎは発生しない。
そして過去神メイシャ。
権能は「過去の確定性」。
一意に決まった現在を過去として確定する。
この神の前では修正主義など存在しない。
この神の定めたる過去が唯一絶対の歴史である。
この三位一体のシステムが時の三神。
ルレット世界の時間システムである。
「……御影の話はしたじゃん?」
「あの皿洗いなあ……さすがにありゃケッタイじゃなあ……」
「……あんたは弱くてもいいっていわれたらうれしい系?」
「嬉しいとも」
即答だった。
不適な笑顔での即答だった。
「覚えておけよ、カルルット。必要なもの、強いもの、善いもの、美しいものだけが生き残る世界なぞそうそうない」
珍しいほどの断定口調でウェイバー神は言う。
「必要か否か、強いか否か、善いか否か、美しいか否か。そんなものは『現在』と『過去』が決めるのものよ。この未来神が頓着することではない」
揺るぎなき断定口調は――信念を語るが故だった。
たとえ未来がどんなに不確定でも断言しなければならないもの。
この神をもってしても――そう言うものはあるらしかった。
「そっか……」
「そうじゃ」
……未来神ウェイバーとカルルット・デルルット。
この一人と一柱の目的は「メイシャ神とケロッド神の解放」だ。
さすがにカルルットとて不確定に揺らぎ続ける世界をほっておくことはできない。
現状、長老衆傘下の観測魔術師が「観測」して揺らぎを押さえ込んでいるが長くは保たないだろう。
時の三神とは三柱そろってこそのシステムなのだ。
分断すればそれ故のゆがみで世界が滅ぶ。
そこまでは良い。
それ故に勇者となってまで異世界で働いている。
それは良い。
問題はその後。
時の三神がそろい、揺らぎの問題がなくなった後。
その時カルルット・デルルットはどちらにつくのか。
神を超えたる父か。
復権を目指す神か。
すべてが決定した現在か。
不確定そのものの神代か。
その答えをまだカルルットは出せずにいる。
もしかしたら。
死ぬまで出せないのかもしれないと――最近思うようになった。
答えを出せないまま――どちらにも見放されて。
ぼろ雑巾のように捨てられて死ぬ。
そんな未来は――もう、すぐそこまで迫っているのかもしれなかった。




