ジャイニーブの休日
ここからしばらく勇者・スタッフの休日編です。
彼らはエルードにいないときに何をしているのか。
4・5話ほどの予定です。
――ガラン族長会議
「とにかく、学校の建設が平和原則に反していないことを証明してもらいます」
「ふむ、証明義務が我々猿の方にあるという認識でいいのかな? 狼殿」
討伐世界ガラン。
長く邪神と戦ってきたこの世界の今最もホットなトピックスは学校の建設の可否であった。
獣人。
獣型の人間。
その神髄は融和と協調にある。
魚と鳥が手を結べること。
ウサギとオオカミが共に歩めること。
自然界ではあり得ないその連携が可能になることこそ獣人を作る意味がある。
魔法制御に難のある狼。
非力にして魔力も多くない猿。
即効性にかける呪術使い狐。
味方にすら毒を振りまく蛇。
それぞれは欠点だらけでも手を取り合うことで邪神すら退ける戦力になることをガラン人は証明して見せた。
それ故に破ってはならないのが平和原則。
ガラン世界絶対の法。
全ての種族は平等であり協調する義務を負う。
ただそれだけの、しかしそれ故に難しい原則である。
「当然でしょう。学校が有益な施設であることは皆承知しているが、そのデメリットの大きさもまた周知。それをあえて押し進めたいというのであればそれ相応の理由を提示するのが筋と言うものでは?」
「ふーむ。現状の荒廃具合を見てもそう言うのかね? 学校はかなり確度の高い解決策であることは間違いないのだよ?」
「それが理由であるとの認識で正しいですか? 猿殿」
「他に何か必要かね? 平和原則が重要なのは百も承知だがここで復興に舵を切らなければ絶滅さえあり得るのだよ?」
――「学校」が獣人社会で毛嫌いされるのには理由がある。
結局のところ「学校」というのは「同じ知識・技術を持った人間」を量産する施設だと言うことだ。
無論、そのメリットの大きさは言うまでもないが、獣人とは「種族ごとに出来ることが違う」人類である。
魚は鳥のように飛べないし鳥は魚のように泳げない。
それが根幹にして根底。
だからこそ手を組めるというメリットがバカにならないというのが存在意義である。
そして。
だからこそ、序列や優劣を決めてはならないというのが大原則だ。
故に。
同じ施設に子供達を集めて同じ内容を教えることは効率が悪いのだ。
どれだけがんばったって魚は飛べるようにはならないし鳥は泳げるようにはならない。いや水鳥とかは除くが。
少なくとも、序列づけのリスクを犯してまでやることではない。
そもそも。
種族ごとに教える内容を変えるのであれば個別指導の方がもはや効率がいいぐらいにガラン人は数を減らしてしまった。
邪神との戦いで失われた知識技術がここまで多くなければ「学校」など選択肢にも上がらないのが現状だ。
「……猿がそう言うのであれば兎は反対する」
「……理由はなんだね? ものすごくいやな予感がするが」
「先ほど連絡があった。火山帯南西部にて邪龍の卵が見つかった。よって兎は応援を要請し、復興へ舵を切るのはまだ早いと結論づける。少なくともまだ未探索の火山帯南半分の探索を急がせるべきだと進言する」
「「おい、とっとと応援部隊を編成しろ!!」」
邪龍の卵。
先頃までガラン世界に蔓延っていた邪龍どもの置きみやげである。
これが見つかったとなれば――もはや話し合っている場合ではない。
これが討伐世界ガラン。
邪神を滅ぼした世界のその惨状である。
* * *
「やあ、ジャイニーブ」
「……ルルシャーチ殿、何か?」
族長会議が解散になって戻ろうとしたジャイニーブは声をかけられた。
リグシェーラ・ルルシャータ・ルルシャーチ。
学校推進派の猿の族長にして――ジャイニーブの恩師の甥である。
猿。
賢者の種族。あるいは本の種族。
その加護は「ガランに存在する全ての言語に対する習得能力向上」。
ガランで唯一製紙・製本技術を持つ天性の記録屋である。
猿はその博識さ故に時折他種族の家庭教師として雇われることがある。
ジャイニーブの家庭教師だったザジシェーラ殿もそうだった。
というか、戦闘能力が低い猿は邪神討伐戦時代にはかなり肩身が狭く、狼や蛇など戦線に立つ種族の家庭教師をかって出ることでようやっと存在を許されていたようなものだった。
――だからこそ、彼らは一日も早い復興を望んでいるわけだが。
その加護は、平穏の中でこそ真価を発揮する。
「ふむ、リグシェーラと呼んでくれないことは若干寂しいが――エルードの件がどうなっているか聞こうかと思ってね」
「――報告した通りですが?」
「そう堅苦しく話さないでくれてもいいのだけどね。――邪神は討伐できそうかい?」
「……」
別にジャイニーブとて堅苦しく話したくて話しているわけではない。
言語習得の加護を持つ猿と違い、狼は知能系の加護を一切持たない。
そのためガラン共通語の拾得に難があるのだ。
ザジシェーラ師にスパルタで鍛えられたジャイニーブとて猿を前にサシで話すときに変に砕けようとは思わない。
どんななまりが出てしまうかわかったもんじゃないのだ。
というか。
いかに恩師の甥とはいえ狼を預かる身としては容易く猿に気を許そうとは思わない。
天性の賢者であり天性の策略家が猿である。
とはいえ。
「……わかっているだろうが現状は厳しい。君のエルードでの任務が上手く行くことを前提に何とかなっているようなものだ。問題があるならすぐに言ってくれ。全力でバックアップする」
この言葉を疑おうとは思わない。
長く邪神と戦ったガラン世界の疲弊は相当なものだ。
現状、邪神討伐ノウハウをエルードに切り売りして凌いでいるようなもの。
ここで下手を打てばせっかく邪神討伐に成功したガラン世界は滅亡してもおかしくはないのだ。
猿にしろ蛇にしろ謀略が好きな種族はいくつかあるが……ここで仕掛けてきたりはしないだろう。
「……問題というか、不確定要素が一つありまして」
「例の皿洗いかい? 処分しておけばいいのでは?」
「決定権はこちらにはありませんので。豊葦原とエルードが決めるべきことです。ただ逆を言えばーー」
「向こうが判断を誤った時には、ということだね。そこは任せておいてくれたまえ」
――ジャイニーブからすれば、エルードの未来などどうでも良い。
豊葦原もしかり。門上御影など羽虫も同じである。
狼の族長であるジャイニーブが気にかけるのはガラン世界と狼の未来だけである。
究極、引き出せるものさえ引き出せるならエルードが邪神に侵略されてもかまわないし、御影が死のうがどうしようが心底どうでも良い。
ただ。
「……ただ、こちらの定石が一切通じないのが不気味ではあります」
「……ずいぶんとその皿洗いを気にかけるのだね?」
「ここまで強く動かれたこと自体想定外も想定外でしょう。ならばさらなる大番狂わせを視界の端に入れておくべきかと。あの皿洗いは我々の常識の外にいます」
ガラン世界の常識が一切通じない。
そのことに、想像以上に困惑している自分がいた。
猿より低い身体能力に皆無の魔法能力。
魔法防御だけは高いが、この召還まで一切の加護を持たず神にあったことすらなかったという。
そんな生き物が――人間を名乗ってたまるかという話である。
……意外と自分は弱者に耐性がなかったのだなと改めて思う。
ガラン世界は強者絶対の世界だ。邪神と戦えぬなら死あるのみ。
だから、強者のバラエティには非常に寛大であれたのだが。
弱い、ということに関しては。
自分は――こんなにも弱かったのか。
「うーん。なかなかに理解しがたいというか……。いやはや奇妙な世界もあったもんだよ」
「向こうからすればこちらこそ奇妙なんでしょうがね」
「違いない」
くつくつと賢き猿は笑った。
強き狼は無言でそれを見る。
賢者の種族。
その目にはいったいなにが写っているのか。
あるいはーーガラン世界最強の賢者をもってしても。
その全容を理解することは叶わないのか。
ああ、だから異世界という奴は気にくわない。
「ルルシャーチ殿、アルデニギ殿。ここにいたのか」
「やあ、サシャギタリ殿。我々を捜していたということは状況に変化が?」
「最悪の上にも最悪の知らせだ。……子龍が出てきた」
「孵化したのですか!?」
「いや、別件だ。おそらく兄弟だろう」
――全くもって最悪だった。
「アルデニギ殿のエルード行きは明日だったね」
「ええ、なのでデボリルリ殿に封印呪術の要請を出しておきますので」
「何かあったら愛妻にか。了解した」
……ここでリスタに押しつけるのは気が引けるが、邪龍が出たと言われれば仕方ない。
狐の呪術で卵の方を押さえてもらうしかない。
「では、私は要請に向かいますので」
「了解した」
「こちらでも手は打っておくよ」
その言葉を最後まで聞かずにジャイニーブは身を翻した。
そのまま転がるように走り出す。
邪龍が出た以上ことは一刻を争う。
狼のお家芸身体強化魔法を駆使してジャイニーブは駆けるのだった。
* * *
これがガラン世界。
邪神と戦い撃退した世界。
なれど平穏の日々はまだ遠い。
それでも。
彼ら彼女らは前に進み続けるのだ。
それがガラン世界である。




