働きたくねえと彼は思った
働きたくねえ……。
門上御影がそう思うのも無理はなく、この世の中住所不定無職とは食い物にされるだけの存在だ。
御影のところにもちょくちょく「儲け話」がやってきたがまあだいたい犯罪であった。
いや、無論世の中には人の役に立つ仕事があるのも知っているが、そういった仕事に住所不定無職がつくのが難しいことも知っているのだ。
だったらまあ、働かなくて良いんじゃねえ?とか思う今日この頃。
というか、死にかけるレベルでそういう話を断ってきた身としては働いて罪を犯すぐらいなら割と切実に死にたい。
「……全力で後ろ向きですね」
「いや、そんなもんでしょう」
「んー、でも、こっちとしてもただで就職させる気はなくてですね」
「というと?」
「ちょっとしたチート?をつけようかなと」
「……はい?」
「ですから。働いてくれるならそれにあうチートを差し上げますよ」
「はいい!?」
門上御影。
チーターへの誘いが来た。
* * *
「で、結局それは加護とは違うんでしょうか?」
「違いますね」
とりあえず、まずはこれを聞かなければならない。
と意気込んで聞いた割にはあっさりした答えだった。
「小銭と紙幣ぐらい違います」
「……つまりは量の差だと」
「ですね。この惑星はいくつかの世界に分かれますから『何が加護か』に関しては量的な物も含めて厳密に規定しておく必要があるのです」
なるほど。
かつて裁判で争われたという「トマトは野菜か果物か」みたいな話なんだろう。
違う文化が衝突するとき定義できる物は厳密に定義しておいた方が摩擦が少ないというわけだ。
「まあ、ですからそのレベルだと所有権の主張も出来ませんし、そういうのが好きな神は結構ほいほいあげますよ」
「……なるほど」
「私はあんまりあげないほうなのでレアです」
「……で、結局どういったものがもらえるんですか?」
「私の一押しは――」
至高の太陽神、天照大神。
加護でないとはいえそれが直々に与える力とは――
「『割り箸で瓶ビールの王冠を開けられる』ですね」
戦慄のしょぼさであった。
* * *
割り箸。
使うときに割って2本にする杉・竹製などのはし。下端から中ほどまで縦に割れ目が入れてある。
瓶ビール。
茶褐色のガラス瓶にビールの入ったもの。
王冠。
瓶の口金。
……うむ、こうして定義を並べてみると『割り箸で瓶ビールの王冠を開けられる』なるチートの凄さはよく分かる。
物理法則を無視したと言っても過言ではないだろう。
……で、それがなんの役に立つのだろうか。
それが全く分からない御影であった。
「いや、居酒屋で働いたらすごく便利じゃないですか。ワンチャンホストとかもめざせるんじゃないですか?」
「いや、接客業はちょっと……」
ていうか、仮に居酒屋で働いたとして割り箸で王冠が開けられたら便利なのか?
居酒屋ってそういうところなのか? 行ったことないけど。
「酔っぱらいはそういうの好きですよ。どっかんどっかん大爆笑間違いなしです」
「いや、酔っぱらいの世話って言うか、俺酒ダメな人間なんで酒が絡まないのがいいなあと」
「では、何かやってみたい仕事とかありますか?」
「データ入力でしょうか……」
とかいいつつ。
タイピングには全く自信がないのだが。
個人でPCを所有したことのない御影である。
そのあたりの経験不足を埋めるようなチートが欲しい。
「タイピング系だと……『Caps Lockキーをうっかり押さなくなる』『親指シフト入力が出来るようになる』『一太郎が使えるようになる』の三択ですねえ……」
「しょぼい通り越して古すぎでしょう!!」
一太郎はともかく親指シフトって何だよ!?
そんなもん本でしか読んだことねえぞ!?
つーか今時一太郎使ってる職場になんぞ就職したくないわ!!
ていうか現役で使えそうなのが唯一『Caps Lockキーをうっかり押さなくなる』だけっていう……。
もうCaps Lockキーは怒って良いと思うんだ……。
「というかですね、御影さん」
「なんでしょう」
「タイピングとボールペン字に自信がない時点で事務系はあきらめましょうよ……」
「ぐ、ぐさっとくることをいいますね……」
いや、なんとなくそんな気はしてたんだ……。
ぶっちゃけ俺事務系で自信あるのお茶くみぐらいなんだ……。
お茶くみは女性オンリーとか言われたら出来ることがないんだ……。
と、そこで。
背後に気配を感じる。
いや、気配というか――ブリザードを。
「……チートを与えるときは事前に提案書を提出することになっていたと思いますが?」
上司だろうが太陽神だろうが言うことは言う事務職の鑑。
元ハローワーク勤務のくうさんが鬼の形相で立ってましたとさ。
親指シフトに関しては活動報告に補足があります




