一生ついていきますと彼は思った
神とは時間と場所を超越した存在であるらしい。
いつでもどこでもどこにでも、いる。
つまりはその辺の小さな社にも普通にいるので、大きな社に出向く必要はないっちゃない。
が、まあ、それはそれ、これはこれ。
世の中大事なのは儀礼である。
そんなこんなでやってきましたは飯田橋の東京大神宮。
まあ、東京で天照様を祀った神社と言えば此処なのだそうである。
新宿からは大江戸線一本。この交通費が天照様持ちなのは実に太っ腹だ。
「いや、その程度で太っ腹言われても困ると思うんですけど……」
なんかくうさんがあきれていたがそれはさておき。
神社に来たらとりあえずお参りである。これはもう絶対の真理。
速やかに手を清めて二礼二拍手一礼する。
やれやれ、これでノルマは終わりだぜと一息ついた御影の首根っこをくうさんがぐいっと引っ張った。
「こちらにもお参りしておきましょうね?」
目が笑ってないっすよくうさん……。
* * *
東京大神宮の境内には飯富稲荷神社なるお稲荷様の社があるのだそうだ。
つまるるところこちらにもご挨拶せねば角が立つのである。
「仲悪いんじゃないのかよ……」
「基本的には仲良いですよ。ただ上下つけられるのがお互いに気に入らないだけですね。元々きっちり上下つける信仰でもないですし」
「なるほど……」
まあ、確かに二柱とも偉大な神様である事には変わりない。
人間ごときの都合で上下を決められては不快だろう。
「では、行きましょうか。御影さん」
「……どこに?」
「ちょっと行った先の喫茶店で天照様待ってるそうなんで一人で行ってきてください」
「……は?」
いや、ちょっと。
いいんですかそれで。
せっかく飯田橋まで来たのに喫茶店て。
「いや、ここ結構狭いですし」
「まあ、明治神宮よりは込み合ってるけど!!」
「あと、お稲荷様も併設されてますし」
「微妙にアウェーってか!!」
「それに、御影さんがあんまり食べてなさそうだって言ったら是非ご馳走したいと」
「一生ついて行きます天照様!!」
こうして。
門上御影、天照様にお昼をご馳走されることになった。
* * *
「……ずいぶんとまあ買い込みましたね」
「育ち盛りなんで」
うーん。ちょっとやりすぎたか。
注文を終え席に着いた御影は思った。
いわゆるパンメインのチェーン系の喫茶店だったので欲が出たのである。
冷凍しておけば結構パン保つからな。
あとみんな美味しそうだったから……。
つまりはおなかすいてるのだ。
「……食べながら話しますか」
「ありがとうございます」
そういうことになった。
「……雑巾作るのお上手ですね」
「ありがとうございます」
今日の天照様は二十代後半くらいの落ち着いた女性である。
図書館司書や古書店の店主が似合いそうな雰囲気。
「特にこの赤い糸で丸く縫うところは難しかったと思うんですけど」
「難しかったです。最終的に刺繍枠を使いましたね」
「刺繍枠ですか……?」
「経費として請求させていただいたと思いますが。すみません、百均で売ってる刺繍枠はちょっと大きかったので手芸店行きました」
何が難しいって、丸く縫わないといけない上に中心にイラストが来るようにしないといけないことだ。
いろいろ試したのだが結局なにか枠のようなものを使わないと丸く縫えなかったので手芸店で小さな刺繍枠を買ってきたのである。
「刺繍枠の丸に合わせて縫ってるんですか……」
「そうですね」
「なかなかに器用なことしますね……。やはり軽作業系は強いのかもしれませんね」
「それに意味はありますかね?」
だってそれは――結局。
機械の下請けと言うことだろう。
高価な機械を作るよりも安価な労働力だと言うだけだ。
人間ですらない、歯車の代替物。
もちろん、門上御影とはそういう存在だ。
人間ですらない、機械より無価値な労働力。
いや、労働力ですら無い。
生きてることが無意味で、死んだ方が幸せな土塊だ。
「御影さん」
天照様が言った。
「タンポポの根の長さを知ってますか」
「俺は雑草じゃありません」
そんな上等な者じゃない。
「鰯の泳ぐ速さを知っていますか」
「俺は雑魚ではありません」
そんな強者じゃ絶対ない。
「ノミの跳ぶ高さを知っていますか」
「俺は虫けらじゃありません」
そんな高尚な存在じゃない。
「ならば――あなたは誰なんです」
紅茶のカップに優雅に砂糖を落として微笑んだ天照様を見て言葉に詰まった。
俺は――何だ?
雑草でも雑魚でも虫けらでもないこの俺は――誰なんだ?
「タンポポはシロツメクサでは無いのです」
くるくると銀のスプーンが回転する。
「鰯が鯖ではないように――ノミがテントウムシではないように」
続いて落とされたミルクは二つ分。
マーブルを描きながら溶け合っていく。
「御影さん」
お行儀悪く――しかし意志を持って。
銀のスプーンが俺を指す。
「あなたが世界を救える理由なんて――あなたがあなたであるだけで十分なんですよ?」
太陽神は断言する。
海の向こうでは太陽を悪魔とする土地があることを御影は唐突に思い出した。
ああ。その希望と絶望は――確かに太陽にふさわしい。
皿の上のパンはまだまだある。
太陽神と皿洗いの問答、あるいは戦いが静かに始まった。




