ダウンジャケット欲しいなあと彼は思った
313の世界から325人の勇者を含む3769人を召喚した終焉世界エルード。
その大量すぎる人員を支える技術こそデドフォートの至宝怪盗ガレディーテの取り替えっこである。
「あ、ヴァルさんそのセット違いますよ」
「マジか……」
「カロフ世界さんとこは基本肉セット三つと基本野菜セット四つなんで」
「これ基本野菜セットじゃねえの?」
「それは穀物抜きセットです」
「マジかよ……」
訂正。
スタッフのみなさまの箱詰め作業である。
ディーさんの取り替えっこは強力だが器に入っていない限り何の役にも立たない能力である。
いや、無論無理すればどうにかならなくもないのだろうが毎日の食事で無理させるわけにもいかない。
つまりは根性で箱詰めするしかないのだ。
「おーい、穀物抜きセットが余ってるならこっちににくれー。こっちに入れるぞー」
「ギグルさん、その箱じゃないです。隣の箱です」
「あれ?」
しかもこの作業、皿洗いほどではないが出来るだけ魔法を使わないように行わなければならない。
やはり勇者が直接口にするものである。異世界の魔法は極力かかってないに越したことはないのだそうだ。
つまりは強い魔法使い=勇者ほど苦戦する。
「……もうやだ、魔法使いたい」
「解析は使ってるでしょうが。なんとか頼んます」
「やだー! やだやだー!」
「ほらほら、みんな見てやすよ。デンザの勇者ともあろうものがそんなんでいいんですかい?」
「……畜生」
純正魔法使いのヴァルさんはこの有様である。
昼食は個々のセットにまとめられて五月雨式に厨房から持ってこられるのだが、その厨房スタッフが駄々っ子ヴァルさんをガン見している。
顔色一つ変えないのは流石といったところか。
しかし、ヴァルさんいくつなんだろう?
言動が結構幼いというか。見た感じは俺より若干若いぐらいなのでそこまで違和感はないのだが。
いや、流石に駄々っ子は引いたが。
というか、寿命の概念年齢の概念ってどうなっているんだろうなあ……。
寿命千年世界の100歳と寿命100年世界の50歳はどっちが年上と言うことになっているのか。
果てしなく謎である。
「あー、そう言うのめんどくさいから純粋に実力主義だぞ。ちなみに俺は19」
「あ、年下なんすか」
「……お前、考え読まれたら多少は驚けよ」
そうはいっても。
もう慣れちゃった。
「まあ、妻子持ちかどうかは結構気にするけどなあ……一人モンは肩身狭えよ」
「無駄口叩いてないできりきり働け。手が止まってるぞ」
「すいません。俺も手伝えれば良かったんですが……」
現在、右手負傷中の門上御影は注文書片手に案内係だ。
流石にこの手で箱詰めは出来なかった。
「いや、普通にわかりやすい。魔法の使えない皿洗いは伊達ではないな」
「あ、穀物のみセットがねえぞ。誰か持ってこい!!」
「あの、ヴァルさんが手に持ってるのが穀物のみセットです」
「……お前、魔法使えないと本当にポンコツだな」
「うるせえ!!」
そんなこんなで。
無事箱詰めは終了した。
* * *
「疲れたー」
「すいません。俺のせいで」
「……いや、お前のせいではないだろう」
「へいへい。ご苦労さんでした。あっしらも昼飯といきやしょう」
そういうわけで、お昼ご飯である。
「え! みんな皿ないんですか!?」
「ねえよ」
「ないな」
「ないでやすねえ」
まさかの皿なし勇者三人組である。
三人とも御影と同じ標準セット。
堅いパンと筋張った肉と酸っぱい果物のセットである。
てか、そうか。ギグルさんは馬具の神具を代わりにもらってるんだったか。
ヴァルさんは……神様からしたら養子みたいなモンなんだろうし、色々あるんだろう。
ディーさんも怪盗だしなあ……公序良俗とかあるんだろう。
「つーか、皿持ってない勇者も結構多いしなあ……」
「神具としては規格外だからな。武具防具のたぐいならほぼ全員が持ってるだろうが……」
「あっしはそれも持ってないでやすがね……」
まさかの武具防具<皿。
……ああ、でもそうか。
武具なんてそれこそ――核兵器振りかざしてるのと変わらないのか。
そんなもの――70年も前に人類が通った道に過ぎない。
生かす力――それこそが。
神の神たる由縁であるのか。
「……え、そのディーの持ってるナイフって」
「あ、これはあっしが16の時に小遣いで買ったナイフでして」
「……まあ、確かになんの神秘も感じられないなとは思ったが」
そんな御影の思考はよそに勇者衆はディーさんのナイフの話題で持ちきりである。
怪盗ガレディーテ結構な庶民派。
……。
…………。
さて。
後から思えば。
いや、後から思うまでもなく。
ここが一つの分岐点だった。
ラズベリーカラーのウルトラライトダウンジャケット。
履き古したストレートージーンズ。
二十歳ぐらいの特徴のない、アジア系の顔。
何の前兆もなく現れたその男はこう言った。
「ステルス邪神とは良い名前だ」
ディーさんがナイフを構えた。
ギグルさんは抜剣する。
ヴァルさんの手元で剣呑な光が集まっていく。
彼我の距離、わずかに5m。
「しかして、俺のことはこう呼んでもらおう」
そして御影は――大きく手を振りかぶって。
「ゴンとおおおおおおおおおおおおおお!?」
目の前の何もない空間をぶん殴った。
決め顔のゴン、吹っ飛んだ。
これがエルードにおける祓魔結界のデビュー戦にして。
皿洗い門上御影と邪神の分体ゴンの奇妙な友情の始まりである事など御影は知る由もなく。
今はただ。
「ちくしょー!! 覚えてろよー!! また来るからなー!!」
と叫んで逃げていくゴンの後ろ姿を見送るのだった。
(あー、俺もダウンジャケットほしいなあ……でもあの色はイヤだなあ)
最早、御影にすらダウンジャケット以下の認識を食らったゴンの背中に哀愁が漂っていたとかいなかったとか。
本日の教訓:ラズベリーカラーに気をつけろ。




