普通の人って何だよと彼は思った
「ところで、このマント動きづらいんで脱いで良い?」
というなりヴァルさんはおもむろにマントを脱ぎ始めた。
赤い裏地のついたいかにもな黒マント。
それを脱いでしまった下には丸首の黒の長袖と黒の長ズボンというめっちゃふつうの服装があった。
「……というか、そのマントは一体……いつもはそんなものつけてなかっただろうが」
「なんかリューイが『これ着ていったら御影君が喜ぶよ』って言ってくれた」
「リューイ……」
ヴァルさん、まさかの吸血鬼コスであった。
つーかリューイはなにしてんだ……。
「で、まあ、マントの話は置いといてだな。吸血鬼という言葉に心当たりはあるか?」
「……直近で言うとルーイックさんが戦っていたような気がします」
「ああん?」
ぎろり。
ヴァルさんが御影をにらみつける。
どう見ても怒ってる。
「ヴァルの旦那ー。そらあ無茶ってものでさあ。吸血鬼なんざあっしらからみりゃみんな同じでさあね」
「偏見だ!!」
「まあ、私も人を食わない吸血鬼がいるとは思わなかったしなあ……」
「偏見だっていってんだろ!!」
……ふむ。
つまりはエネミーでない吸血鬼とエネミーの吸血鬼の二種類がいる……みたいな話だろうか。
豊葦原には該当する語が吸血鬼一つしかないから区別できてないが、ヴァルさん的には別のものなのだろう。
多分あれだ。
ドイツ語だとタコもイカも同じ単語みたいな現象が起きてるのだ。
「……あー、御影の旦那は『界渡り』って言葉はご存じですかい?」
「エルードに来て初めて聞きましたね」
「そっからかよ……」
ヴァルさん、げんなり。
うーむ、やはり御影の魔法的知識は最低辺のようだ。
「……ドラゴンとかフェアリーとかそう言う言葉は知ってやすかい?」
「それは知ってますよ。豊葦原に居たかどうかは諸説ありますが」
特にドラゴン――龍に関しては『恐竜』を含むのかどうかでかなりその辺変わるだろう。
こういう話の時に忘れてはならないのがお互いに翻訳魔法を挟みながら会話していると言うことだ。
つまりはドイツ語では(略
「……ふうん。なら居たのか」
「あ、ヴァルの旦那。あっし要請来ましたんで抜けまさあ」
「私も着替えてこよう。流石に板金鎧は寒い」
「じゃあ、着てくんなや!!!」
「いや、リューイが『これ着てくと御影君が喜ぶよ』と……」
「リューイィイイイ!!」
驚きのコスプレ率。
そしてリューイのコスプレ伝道師化がとどまることを知らなすぎである。
「……も、こっちは適当に進めとくわ」
「すぐ戻りまさあ」
「了解した」
そう言って立ち去る二人を見送って――御影とヴァルさんは二人きりである。
……がぶっとやられたりしないだろうな。
先ほどの話から察するにどうもヴァルさんは「エネミーでない吸血鬼」なのだろうが……。
「……どこまで話したっけ?」
「界渡り云々の所までです」
しかし、こう普通に話してる限りは普通に人っぽい。
いや、普通の人って何だよって話だが。
「そうだ。えーっと……界渡りってのはその名の通り一つの世界に定住せず世界から世界に渡る生き物だ」
「……流浪の民みたいなもんすか?」
「元々の故郷が消滅してるからな。流浪せざるを得ない民といった方が近いかもしれない」
そこでヴァルさんは少し視線をさまよわせた。
「故郷の世界がどういうものだったか知ってる界渡りはもういない。ただ、分かっているのは――彼らは異世界侵略用に創られた生体兵器だってことだ」
「生体兵器、ですか」
「まー、多分それがばれて故郷世界は神ごと消滅させられたんだろ。だが、住人たる彼らは生き残って今もなおさまよい続けている」
「それが――吸血鬼ですか」
そういう話なのだろうと御影は合点した。
世界から世界を渡る生体兵器。それに対抗する為に生み出された魔術が元素魔法だとかそう言う話に違いない。
しかし、ヴァルさんは首を振る。
「厳密には四種類な。大気改変兵器龍、土壌改変兵器土妖精、植生改変兵器木妖精、そして――魔力改変兵器吸血鬼だ」
「魔力、改変……」
「そう、彼らの固有能力にして侵略能力ーーそれが魔力改変だ。世界に満ちる魔力そのものを書き換える規格外の能力だよ」
え、それヤバくない?
完全にフリーズした御影の後ろから声がした。
「そしてその人喰いの化け者どもが使う魔法が元素魔法と言うわけだ」
振り向くと。
皮鎧に着替えたギグルさんがいた。
……いや、ぶっちゃけそんな暖かそうじゃなくない?
そんな御影のつっこみはともかくとして。
「偏見だってんだろ」
「どうだかな」
講師二人の間で静かに火花が飛び散った。
――いや、マジでディーさん早く帰ってきて。
御影が天に祈ったのは言うまでもない。




