羨ましすぎるだろうと彼は思った
2月3日に労災が降りると言って一日おいて2月5日。
新宿の御影の部屋にリューイが来た。
「ごめんなさい」
いきなりの土下座である。
驚きの現地文化の理解度だ。
「君の労災についてクレームがあっちゃこっちゃから来ました」
土下座したままリューイは言う。
主神代行の威厳0である。
「……それはどう言うことですか?」
底冷えする声の主は偉大なる太陽神が眷属のくうさんである。
ブリザードが俺の隣で吹き荒れている。
「まさか、こちらに加護を与えるよう強制したあげく放り出すなんて事は――」
「しませんしませんしませんすんません!!!」
縮みあがって床に額を擦り付ける様はさながら契約をドタキャンした会社員のよう。
界畜と言う言葉が今まさに生まれようとしていた。
「えー、とはいえですね。皿を洗えなくなった皿洗いに報酬がでるとは何事かと、そういうご指摘があるわけでして……」
「負傷して戦線を離れた勇者に報酬が払われた例もあるでしょう。――皿洗い風情にには適応できないと?」
「えー……勇者の方とそれ以外の方では契約内容が違うわけでしてね?」
「そもそも、報酬の出所はトゥールリア世界な訳でしょう。よその世界がくちばしをつっこむことではないと思いますが」
「おっしゃるとおりでございます!!」
ついにリューイひれ伏した。
くうさん、めっちゃこええ……。
「……えー、まずですね。こちらも払わないとか雇わないとかそういうことを言ってるわけではないわけでしてね?」
「ならば――何を?」
くうさんはそこでにっこり笑った。
目が笑ってなかった。
「……あのですね。『研修』を受けていただけないかと思いまして」
「研修?」
「業務をしてないのがまずいというなら――業務をしてもらえばいいではないかと思いまして」
「……とりあえず、内容を聞きましょうか」
「もちろんでございます!!」
再びひれ伏したリューイの語るところによるとつまりは。
ルーイックさんの提案した護身術教室、あれを正式な研修にしようという話であった。
「研修」であれば研修費を出すのに何の問題もない。
様々な世界の勇者が入り交じる独特な召喚事情のためどの勇者も研修の一つや二つ受けたことはあるからだ。
「御影君の現状の魔法知識じゃあなんやかんや限界ではありまして。今回の件だってナイフだったからいいようなもののこれが魔法だったら腕一本千切れていてもおかしくないわけで」
「逆に言えば――研修時の警備体制に関して自信があるとでもおっしゃるので?」
「ありますあります!! めっちゃがんばります!!」
リューイ曰く。
ステルス邪神を認識できる勇者を大至急再編成。
特務チームを組んで警戒に当たっているのだそうだ。
「リンも結構頑張ってくれててね。イヨル君にかくれんぼ特訓とかしてるよ」
「リンとかくれんぼだとう!!」
羨ましすぎるだろう!!
俺だってしたことないのに!!
「……おお、予想を超える怒髪天リアクションをありがとう」
「……御影さんは何しにエルードに行ってるんですか?」
すげえドン引かれた。
モフラーじゃない奴はこれだから……。
「で、まあ、話を戻しますと特訓の成果でそれなりに哨戒力上がったんで大丈夫かなと」
「それなりに、ですか?」
「かなりです!! かなり上がりました!!」
リューイの威厳のなさが怖い。
「い、いや、まあでも、うちも戦争してるんで。豊葦原並の安全性を期待されても困るのでして?」
「……まあ、良いでしょう。で――研修費の方はいかほど?」
「ろ、6000円で……」
「へえ~……」
「いや、業務って事になると講師の方にも費用払わないといけませんし……」
「怪我の治療費もかかってるんですよねえ。エルードに行くってなると今までの治療計画では間に合いませんし? 治癒速度を上げようとすると天照様に動いてもらわないといけないんですよね。当然、今からほかの神々に根回ししなくちゃいけないわけですけど?」
「1万円だします!!」
くうさん……。
もう、リューイのライフは0だよ……。
そっとしといてあげようよ……。
とは思ったものの、お金がいっぱいもらえるに越したことのない御影は口を閉ざすのであった。
地獄の沙汰も金次第なのだ。
回想終了。
そんなわけで2月6日。
門上御影の元素魔法研修第一回(全五回)へ御影は向かうのであった。
「よう、旦那」
「よろしくお願いする」
「よろしく」
会場はディーさんの職場である総合炊事の片隅。
講師は階層世界デドフォートの勇者ガレディーテ、吸血世界デンザの勇者ヴァル、封建世界ブグルレの勇者ギグルの三名である。
要はディーさんと顔色悪い犬歯の人と馬具の人なわけだが。
なんかめっちゃ片づけ中だった。
掃き掃除とかしてる。
まあ、朝食終わってすぐのこの時間はディーさん的には朝の仕事が一段落したお片づけタイムなわけで。
それをヴァルさんとギグルさんが手伝っているようだ。
なんか迷惑だったかな……。
ディーさんって絶対に忙しいし。
「あっしのことなら気にしないでおくんなせえ。こいつは旦那との顔合わせも兼ねてますんで」
「といいますと?」
「いやあ、リューイの旦那から御影の旦那が使えるようならあっしの仕事を手伝ってもらえるようにするって言われましてね。こっちも下心あってやってることなんで」
「そ、そうですか……」
配送業務か……。
お歳暮とか年賀状しかやったことないけど大丈夫だろうか……。
ドラゴンの生肉とか運ばされたりしないだろうか……。
まあ、言ってることは理解できる。
食事の箱詰めとかそういうのをやってくれる人が居れば便利だろう。
ディーさんの能力は強力だし色々応用がきく。
食事の配送に忙殺させたくはないだろう。
「ちなみに俺は『魔法の使えない人間』ってのが見てみたかったんだ」
「私は――貴様が我が神具を預けるに値するか見定めさせてもらいに来た」
と、風切り音。
どうやらギグルさんが俺の首もとに刃を突きつけたらしい。
怖くて視線すら動かせないのではっきりしないが俺の右肩直上に刃があるらしい。
「左様ですか。よろしくお願いいたします」
なんとかそれだけ言った。
最早微動だに出来ないので頭は下げられなかった。
つーか視線すら動かせねえんだから早くどけてくれ。
「……旦那、妙な所で肝座ってやすね」
「おい、さっさとどかしてやれよ」
「……失礼した」
「いえ、こちらこそ」
刃を納めたのを確認してからようやくお辞儀。
……すげえなこの人フルプレートメイルってやつだよ。
全身で騎士ですって言ってるよ。
怒らせないようにしよう。
「さて――色々あったが早速研修を始めよう。第一回目の今日は体調も考えて座学――元素魔法の歴史から入る」
そう言ってヴァルさんはその辺の箱に腰掛けた。
「そもそも――思ったことはあるだろう?」
その背にひるがえるは黒のマント。
「どうして――違う世界で同じ魔法が使えるのかと」
そう笑った口元にきらめくは鋭い犬歯。
「どうして――魔法がないはずの豊葦原に魔法の概念があるのかと」
けれどその頬はあくまで青ざめている。
「全ての謎の答えは一つの種族が握っている」
それはまるで――
「吸血鬼、と言う言葉を聞いたことが――あるだろう?」
吸血鬼そのものの姿でヴァルさんはそう言った。




