パンとかあげたいと彼は思った
心臓が痛い。
握りつぶされるような圧迫感。
いつものことだと御影はぼんやり思う。
内蔵がひっくり返ったように痛むことがある。
正常な呼吸ができなくなり喉かきむしった事もある。
でも、まあ、そんなの気のせいなのだ。
だって、この世界は平和で。
だって、この世界は豊かで。
だって、この世界は安全だ。
だから、気のせい。
激しい紛争地帯に住む人もいるのだから。
もっと貧しい所に住む人もいるのだから。
もっと危険な所に住む人もいるのだから。
だから、この痛みは気のせいだ。
それがルール。それが正義。
平和な人間に痛む権利はない。
豊かな人間に苦しむ権利はない。
安全な人間に悲しむ権利はない。
それら全ては気のせいだ。
と。
そこで門上御影は目を覚ました。
「……起きた」
2月6日。月曜日の事である。
* * *
ひどい夢を見たような気がする。
夢も希望もなにもない真っ暗な夢。
「みかげー、おきたのだー?」
とそこでリンの声。
耳を澄ませばてしてしとリンが扉を叩いている。
「起きたよー」
まあ、とりあえず。
不吉な夢は置いといて。
御影は朝食をとりにリビングへ向かうのだった。
* * *
「体調悪そうだな」
「まあ、手がこれなんで」
「いたそうなのだ……」
イヨルさんの言葉に御影は手を掲げて見せた。
白い布にゆるキャラヤタガラスのマークがプリントされた奴に包まれた右手である。
……何でもこの布には天照様の加護が付与されており傷が治るのをちょっとだけ促進してくれるのだとか。
あと鎮痛効果もあるらしい。
つまり、マークダサすぎじゃね?とかいってはいけないのだ。
「……えらい脆いな、お前」
ジャイニーブさんににらまれた。
戦闘種族は辛辣である。
「みかげをいじめもがっ!!」
「まあ、単なる皿洗いなんで。そりゃ脆いですよ」
リンの口をふさいでごめんごめんと頭をなでてやる。
生まれたばっかのリンは結構空気が読めない。
「み、みかげ……」
あ、なんかリンがガーンってなってる。
耳ぺたんだ。可愛い。
「ごめんなー。いじめられてないからな」
「ふにい……」
やべえ。
ふにいにゃんこ可愛い。
パンとかあげたい。
余談だが、今日の朝ご飯全部小さくカットされている。
片手で食べやすいようにという配慮であろう。
ありがたいことである。
なのであげるのは簡単なのだが……リン食べちゃって大丈夫か?
これはあくまでも御影用に調整された食べ物のはず。
リンが食べて大丈夫という保証はない。
「……!」
とそこで。
御影の胃が縮みあがった。
「……どうした?」
「み、みかげ!?」
ジャイニーブさんとリンの言葉に応える余裕などない。
体が勝手に食べたものを吐き出そうとする。
それを抑えるので精一杯である。
「……ふうん?」
ごくりと。
無理矢理に無理矢理を重ねて嚥下する。
思わず胃を抑えて椅子にもたれかかった。
「……あー大丈夫っす。時々こうなるんで」
こういう自分の無駄な繊細さが御影は嫌いだった。
今のも別に食べたものが腐っていたとか喉につっかえたとかではないのだ。
純粋なコンディションの問題である。
右手を怪我した事がこういう形で出てきただけだ。
単なる、気のせいである。
「……まあ、脆くはないんだろうな」
俺だったら今頃死んでる。
イヨルさんは断言した。
「みかげ~……」
ああ、しょぼんなリンも可愛い。
よしよしと頭をなでてやる。
強くなりたいとは思わないけど。
脆さの全てをなくしたい。
痛みも苦しみも何も感じなくなれば――きっと。
それが一番強いのだ。
壊れて狂って麻痺してしまえば――きっと。
それが一番強いのだ。
――なんとか食事の全てを嚥下して。
門上御影、朝食終了。




