どうしても一つだけと彼は思った
いや、なんだろうか。
人間の定義に関する結構いい話をしていたはずなのだが……。
女神の鞄の出てきた榊の枝がビニール製。
ぶち壊しである。
「いや、ちゃんと禊ぎを済ませてますから。ビニールですけど」
「それでいいんですか……?」
「いいんです」
良いらしかった。
しかし、まあなんというか。
天照様の言葉を疑う訳ではないが……見れば見るほど安っぽい。
七夕前後にスーパーで売ってる偽物の笹というか。
子供の日の前後にスーパーで売ってる柏餅をくるんでいるビニールというか。
「七夕も端午も神事の一種には違いないでしょう」
「……いや、あれは中国が発祥じゃ」
「そういう意味ではなく。季節の変わり目を祝うのは宗教において重要事項の一つでしょう。それが『ビニール製でも良い』と思われている以上ビニール製だって十分なチカラを持つのです」
「……そういうもんですか?」
「御影さん。百年使われたら――LED電球だって神なんですよ?」
信仰ってすげえ。
「とにかくいきますよ」
ぽんぽんぽん。
頭と右肩と左肩に榊がふれる。
「終わりです」
「終わりっすか」
……まあ、俺なんかにそんな強い加護がつくわけもないしな。
こんなものが妥当だろう。
「いや、今回はかなり強い加護を付与しましたよ?」
安定の筒抜けである。
「なにせ、リューイ神の方から要請がありましたので」
「要請、ですか?」
「ええ。あなたを切った邪神の分体――ステルス邪神と呼称しますが――を弾ける結界を付与してほしいと」
「結界……ですか」
リューイからの要請とな。
確かにステルス邪神とやらはやっかいな存在だろう。
今回は御影すら殺し損ねたがいつもそうとは限らない。
「現状、リューイ神の号令の元『ステルス邪神を認識できる世界』を大急ぎで調べているみたいですね。あなたに労災が降りた理由もそこですよ」
「はい?」
「トゥールリアの暴走を防ぐためあなたに加護を与える必要がある……みたいなことを言われたと思いますけど、逆に言えばそれ――エルード側からしたらどうでも良いことですよね?」
「……確かに」
無論、豊蘆原世界をトゥールリア世界が破壊したとなれば影響は決して小さくはないだろう。
ただ、エルードは絶賛邪神侵攻中の世界。よその世界同士のトラブルにそこまでリソースを割く余裕などないはずだ。
そこは両世界同士でなんとかしてくれとなってもおかしくはない、だろう。
「そうならなかった理由がこれですよ。この状況であれば我々も本気を出さない訳にはいかないですからね。リューイ神は知りたかったのですよ。豊蘆原世界が誇る『祓魔結界』――それは邪神に対しても有効か否か」
「祓魔結界……」
「閉じこもり引きこもり外敵を寄せ付けない――この土地がこの土地である以上逃れ得ないその性質が具現化した結界です」
「それは……強そうですね」
この土地には。
幾たびか門を閉ざしてきた歴史がある。
ここに暮らす全ての人の奥底に刻まれた過去。
その有り様は――神の奇跡すら規定する。
「無論、教義的な『清きと穢れ』の概念も混じってますが、要は我々『敵を阻む結界』技術には一家言あると言うことです」
「……天照様も引きこもっていますからね」
「それ言っちゃいますか」
とはいえ。
八百万ともいわれるこの世界の神々の中にもっとふさわしい神がいるのではないかという気がしないでもない。
それこそ戦神のような、もっと攻撃的な神の方が良いのではないかとか。
「いや、基本後方から出ないあなたに攻撃的な加護与えてどうするんですか」
「……そりゃそうでした」
「求められてるのは『ステルス邪神が通れない結界』なのですよ。故にこの天下の引きこもり神天照大神が動いたわけで」
「自分で言っちゃいますか」
「人々がそう信じるならそうなのですよ。最近人気ですからね。私の引きこもりエピソード」
そう言うと天照様は榊の枝を鞄にしまった。
……どうやらここで終わりらしい。
ああ。
ああ。
ああ。
ならばならばならば。
どうしても一つだけ聞きたいことがあったんだ。
「――天照様」
「何でしょう?」
「――俺は死んだ方がいい命ですか」
天照様は。
「なんでそんなこと聞くのだろう?」と言いたげだった。
皮肉でも何でもなく――純真な疑問。
だから――その答えは。
「御影さん」
どこまでも透明に――世界を切り裂いた。
「死んじゃいけない命なんて――どこにもないんですよ?」




